島根県・石見銀山で、体験型の宿を営みながらライフスタイルを提案している松場登美さん。夫と同じ町内で「なかよし別居」を始めたのは約20年前。3人の子どもたちが皆自立して、登美さんは53歳になった頃のことでした。

 

11月オピニオン特集で取り上げた「

“いい夫婦”の関係を続けるための『なかよし別居』という選択

」では、「いい夫婦の関係」をテーマに、夫・大吉さんとふたりでインタビューを受けてくださった登美さん。今回は、いくつになっても挑戦する気持ちにあふれる登美さんに、自分らしい生き方について伺いました。 

 

人生、後半戦。「女も旅立つ季節」かもしれない

──夫婦でアパレルブランド「群言堂」を運営されている登美さんが、前向きに大吉さんと別居することを決められた当時の心境を教えてください。

 

登美さん:

当時、娘に「ワクワクしてるね」と言われたので、子どもはよく見ていますね(笑)。主婦業に専念していたわけではありませんが、別居するまでには、子育てや介護、ご近所との付き合いなど…さまざまなことを経験しましたから。私の中では、ひと段落した気持ちがありました。

 

別居のきっかけは、古民家を再生して宿泊施設を営むことになったことです。それまで服をデザインする仕事をしていましたが、暮らしをデザインすることにも興味があって。衣食住を自分の手でつくり上げて、そこにお客さまをお迎えしたいという気持ちがあったんです。

 

そんなときに夫が、ここ(宿)に実際に住んでお客さまをお迎えするといいんじゃないかと提案してくれて。別々に暮らすという形をとることになりました。ついに、いままでやりたかったことができる!と、すごく嬉しかったのを覚えています。

 

登美さんは今も洋服のデザイナーとして活躍中。

 

──53歳からの起業と別居。何かを新しく始めることをあきらめてしまう人も多い年齢かと思いますが、迷いなどはなかったのでしょうか?

 

登美さん:

夫がたまたま(?)私の枕元に置いていた、五木寛之さんの『林住期』という本に勇気づけられました。この本では、人生を4つの時期に分ける古代インドの考え方に基づいて、5075歳を「林住期」と位置づけています。後半生こそ、みずからの生き甲斐を求めて生きる季節だと書かれていたんです。

「林住期には、恋人でも、夫でもない一箇の人間として相手と向きあう。それが可能なら、バラバラに暮らしてもいいではないか。二人の結びつきは、さらに深まっていくかもしれないのだから。(略)林住期とは、女が旅立つ季節でもあるのである。」(五木寛之・著『林住期』より)

これを読んで、いまこそ家を出て、人生のやりたいことをできる時期だと感じました。夫に申し訳ないという気持ちがなかったわけではないですが、この本のおかげで、家を出ることを後ろめたく思わずに済んだと思います。

 

女性はもっと成長できるチャンスがある

──これまで家族のために使っていた時間を、自分のために使えるのは人生第2章の幕開けとも言えます。実際にひとり暮らしをするようになって、気づいたことはありますか?

 

登美さん:

それまでは、そんなに自分の時間がほしいと思ったことはなかったんです。けれども実際にひとり暮らしを始めて、自分だけの自由な時間を持ったときに、自分にはこういう楽しみもまだ残されていたんだという発見がありました。

 

いまは本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たり…。知らなかったことを知ることによって、自分が成長できるなぁと感じられることが多いです。

 

本を読むことで今まで知らなかったことに出会ったり気付いたりできて、もっと知りたいという意欲が湧いてくるんです。新しいことを知ることの楽しさや面白さが、自分の成長にもつながっていると感じます。それに、映画を観ると一つの人生ドラマを体験した気持ちになりますよね。未経験なことを擬似体験することができると、経験値が高まるような気がして。

 

女性は家事や子育て、介護など、家のことで時間が取られることが多いでしょう。昔から、その時間がもし自分だけのために使えたら、女性ももっと成長できるチャンスがあるはずだと考えていました。だから実際に自由な時間ができたときは、違う自分に出会えるような気がしたんです。

 

何かと私を当てにしていた夫も、別々に暮らすようになってからは自分で料理や掃除をするようになりました。いまでは孫たちに食事を振るまったり、食器を洗ったり…。夫のそんな姿を見ると、まるで別人のようで感慨深いですよ(笑)。

 

古民家でひとり暮らしをする登美さんの自宅の一室。

 

──お互いが、離れて暮らしたことで成長し続けているということですね。登美さんは数々の著書や、講演会など多方面で活躍されていますが、女性の意識を高める活動もされてきたと聞きました。

 

登美さん:

40代後半から、女性のためのひな祭り「鄙(ひな)のひな祭り」を開催してきました。都会では見つけにくい、田舎の価値に気づいていただくのが目的で、「田舎に暮らす女性の意識を高め、より豊かな暮らしを考える」がテーマのイベントでした。

 

夜に大宴会があるのですが、裏方で応援してもらうのは男性たち。お料理の準備から片づけ、お酒つぎまでエプロン姿で参加してもらいました。とても好評で、10年間も続いたんですよ。普段と立場が逆になることで、男女共に新たな発見があったんじゃないかなと思います。

 

──地方の保守的な環境にいながらも、活動を広げるパワーがすごいです。新しいことに挑戦する秘訣はありますか?

 

登美さん:

私の世代だと、結婚したらこうあるべきとか、女性はこうするべきみたいな意識が社会にありました。女性へのそういう風潮がまだまだ残っていた時代です。

 

そういった環境でも、自分が固定観念に縛られないようにする努力は必要だと思いますね。何もしないで文句を言うだけでは何も変わりません。なんでもいいから、自分から何か行動を起こしてみる。

 

それで物事が一気に変わるわけではないかもしれないけれど、行動したり訴えたりすることによって、誰かの意識が変わっていくことは十分あり得ると思います。自分を一切変えることなく、周りにだけ変化を望むのではダメ。自分から動くことが大事だと思います。

 

それは夫婦もそうですね。血縁があるわけではないから、お互いのすべてを分かり合うのはとても難しいこと。でもそこで自分から努力をしたり話し合ったりすることで、うまくいくこともきっとあるんじゃないかなと思います。

 

同居していても、精神的自立をお互いに心がけることが大切。お互いに認め合いながらも、頼りすぎない関係が良いと思います。

 

 

現在は71歳という登美さん。これからもまだまだこんなことがやってみたいと希望にあふれた姿勢は、実際の年齢よりもずっと若々しく見えました。何かに挑戦するのに年齢制限はない、そう感じさせてくれるインタビューでした。

 

 

Profile 松場登美さん

「石見銀山生活文化研究所」代表取締役。1949年三重県生まれ。大学在学中に大吉さんと出会い、結婚。1994年にアパレルブランド「群言堂」を立ち上げる。現在は、武家屋敷を改修した宿泊施設「暮らす宿 他郷阿部家」も運営し、実際に暮らしながらライフスタイルを提案している。『なかよし別居のすすめ 定年後をいきいきと過ごす新しい夫婦の過ごし方』(小学館)など著書多数。写真右は夫の大吉さん。

 

取材・文/大野麻里