「いい夫婦ってなんだろう」をテーマに、さまざまな角度から夫婦のあり方を切り取る今回のオピニオン特集。
「一緒にいても楽しくない」。そんな一見、些細な不満にも思えるような夫婦間のすれ違いが、離婚問題にまで発展しているケースがあります。最新著書『夫のLINEはなぜ不愉快なのか』(文春新書刊)で、夫婦間のすれ違いの実態やその対応策について提言している家族問題カウンセラーの山脇由貴子さんに、表面化しづらい夫婦問題の解決のヒントについてお話を伺いました。
人生100年時代をこの人と一緒に過ごせるか
——「夫婦でもっとコミュニケーションしたい」と思いながら、なかなかうまくいかない夫婦が多いようです。山脇さんには実際、どういった相談が寄せられますか?
山脇さん:
妻が主導して来談するパターンが多いですね。妻から急に離婚を切り出され、「離婚が嫌ならばカウンセリングを受けて」と言われ、何がなんだかわからないまま連れてこられる、という男性もいます。
妻に詳しく聞いてみると、「もうこの人と一緒にいるのは嫌になった。一緒にいても楽しくない」と言うんです。食事を作っても黙って食べる、お礼を言われたことも一度もない、会話もほとんどない、と。それを聞いて、「そんなことで!?」と驚く夫もいます。実際、わたしのところに来て初めて妻の本音を知った、という方は多いですよ。
—— 離婚を考えるほど思いつめているのに、そのことを夫は知らないとは…。それほどまでにすれ違ってしまうのはなぜでしょうか。
山脇さん:
それは、性差と生育環境の違いが大きいです。よく言われることですが、女性は男性に比べてコミュニケーションに喜びを見出します。一方、多くの男性にとって、コミュニケーションは情報伝達が主。夫が送ってくる「用件のみ」のLINEに妻が苛立つ、というのはそういう理由です。
そこでわたしは、来談者に心理テストをしてもらっています。そうすると、面白いぐらいに夫と妻の違いが出るんですよ。客観的に見ることで、「ああ、こんなに違うんだ」と互いの性質を理解することができるんです。
—— 一方で、もう夫婦関係を諦めているという人もいます。「稼いできてくれたらそれだけでいい」とか「パパとしては100点だから」と言ったあきらめの声もよく聞きますが。
山脇さん:
でも、今は人生100年時代です。今はそれで良くても、子どもが巣立った後はどうなるでしょう。お互い仕事も育児も終わりました、じゃあここから仲良くしましょうと言っても無理な話ですよね。
「働いてくれればいいや」で済ませていると、相手に対する関心がどんどん減っていくんですよ。そうなると最後に残るのは要求と文句だけ。それではぜんぜん楽しくないですよね。
育った環境が違うもの同士、意思は1つずつ言語化するべき
—— 相手に関心があるからこそ腹が立ってくる、という場合もありますよね。そういうときはどうしたらいいのでしょうか。
山脇さん:
そうですね。絶対にやめてほしいことは相手にはっきり言う必要があります。このことは、夫婦カウンセリングでも伝えています。夫側には相手が絶対嫌だと言っていることはしないように、と。そして妻側には「察してほしい」は通じない、と。
女性は「言わなくたってわかるでしょ」ですが、男性は「言ってくれなくちゃわからない」なんです。「こうしてくれるとうれしい」とか「これはやめて」とか、ひとつひとつ、具体的に伝えていかないと伝わりません。にもかかわらず、女性の多くがすぐに叱っちゃうんですよね。「なんでできないの?」って。「なんで」って聞いても、理由なんて本人だってわからないんですよ。
—— 具体的に、ひとつひとつ…ですか。子どもならわかるのですが、夫に対してとなると、ちょっと絶望的な気持ちになりそうです…。
山脇さん:
でも、楽しく一緒に暮らしていきたいのなら、伝えることを諦めないほうがいい。ひとつひとつ、できそうなことから話していくんです。
たとえば致命的に片付けができないなら、代わりの家事をやってもらえばいい。お風呂洗ってもらって、代わりにわたしが片付けをやるよ、とか。「大人なのにこんなこともできないなんて」と思うかもしれませんが、生育環境によって、教わってきたことは全然違います。そうなると、自分のなかの判断基準も違うし、「やるべき」とされてきたことも違うはず。そこは、「一緒にこのルールでやっていきたい」と、一つずつ伝えていくしかないんですよね。
—— 確かにもともと違う家庭で育った他人なのだから、互いにもっと意思を言語化して伝えるべきなんでしょうね。実際に価値観の違う夫婦が相談に来た場合は、どんなプロセスでお話しされるのですか?
山脇さん:
まず、どこのポイントでぶつかっているか、ですね。「夫に片付けてよって言ったら怒り出した」「いや、あとで片付けようと思ってたんだ」みたいなこと。そういうときは、「どう改善していくのが納得いきますか」と、お互いの妥協点を探っていきます。「あとでやる」を「すぐやる」に切り替えられるのか、「あとで」と言われたら待てるのか。あるいは、「ここに置いてある書類がグチャグチャで気になるけど、自分のエリアじゃないから見ないことにしましょう」とか。そういった妥協点を探っていきます。
—— 特に“ここだけはすり合わせるべき”というポイントがあれば教えてください。
山脇さん:
子育て観だけは、よくよく話し合って絶対一致させてください、と伝えています。夫婦喧嘩を目撃することも虐待の一部。間違いなく子どものトラウマになりますから。
究極的には「この人を喜ばせたい」と思えるかどうか
—— 現状、夫婦で十分なコミュニケーションができなくなってしまっているという人も多いと思います。そういった悩みを持つ人に向けて、アドバイスをお願いします。
山脇さん:
近著にも書きましたが、わたしは“人間のなかには愛情で満たす器がある”と思っています。コミュニケーションのとれない夫婦は、お互いの器が乾いているのもしれません。もしそれに気づいたなら、まずは、相手に優しく話しかけてみるのはどうでしょう。「今日お昼は何食べたの?」とか「今忙しいの?」とか、そういう些細なことでいいんです。まずは気づいた側が優しく話しかけてみる。そうやって、相手に関心を向けてみるんです。
あとは、相手の好きな料理をつくってあげたり、買ってきたりするのもいいと思うんですよね。「食べたがってたから買ってきたよ」って、そういうちょっとした気遣いが少しずつ届くと、相手もほどけてくるんじゃないかなと思います。
——たくさんの夫婦を見てこられた山脇さんの考える「いい夫婦」とはなんでしょう。
山脇さん:
お互い関心を持ち続けられることと、相手の嫌がることをしないこと。究極的には、“相手を喜ばせたいと思えるかどうか”でしょうね。「パートナーが喜んでくれる料理をつくるのが、朝から楽しみで仕方がない」という人もいるんですよ。会話が多いから、お互いをよく知っているんです。
うまくいっている夫婦はよくしゃべるし、よく聞いています。最近は、食事中もずっとスマホを触っている人が多いでしょう。もしかすると、スマホをお互いにいじっているから穏やか、みたいなところもあるかもしれないけれど、本当にしたいことはそれじゃないですよね。
特に女性はもっと、自分の幸せに貪欲になっていいと思います。それを、SNSや友達とのランチに求めるんじゃなくて、目の前の夫に伝えて、実現していってほしいと思います。
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PROFILE 山脇由貴子さん
1969年、東京都生まれ。横浜市立大学心理学専攻卒。大学卒業後、東京都に心理職として入都。都内の児童相談所に心理の専門家として19年間勤務の後、現在は家族問題カウンセラーとして活動。TV出演、寄稿・執筆等も多数行う。近著に『夫のLINEはなぜ不愉快なのか』(文春新書/2020年)。office-yamawaki.net
取材・文/八田 吏(mugichocolate株式会社)