パワーコントロールの構造から抜け出すために

——モラハラやDVの相談を受ける際、中村さんはどのようなアプローチをされるんですか。

 

中村さん:

モラハラやDVの当事者(加害者・被害者双方)にとっては、「コントロールしない」「コントロールされない」関係を築くことが大きなテーマです。だから、カウンセリングにおいてもコントロールしないことが重要なんです。相手の話を聞き、出てくる感情や価値観をひたすら受けとめます。そうやって信頼関係を築くなかで、「自分の場合はこういうふうにやっているんだけど、どうかな」と提案する感じですね。

 

クライアントに寄り添うことを大切にする姿勢は自身の体験から来ている。「自分自身、受け止めてもらうことで変わったんです」と中村さん。

 

——相手の価値観や言い分を聞いていて、「えっ!?」って思うことはないのでしょうか?

 

中村さん:

もちろんありますよ(笑)。でも、それはその人が生きてきたなかで培ってきたものだから、最大限尊重しています。「そうか、それで殴りたくなっちゃったんだ」って。そうやってわかってもらうと、ふっと心の防御が解けるんですよ。そこで、「まあ、ほんとに殴っちゃったのはまずかったよねえ」って話になると、「そうなんですよね」と、受け入れられる。「自分は悪くない」とバリアを張っているうちは、どんな言葉も届きませんからね。このままだと辛い、変わりたい、その自覚が第一歩。そこから、少しずつ変わっていくようなメソッドをいろいろやっていくわけです。それをいきなり、「殴っちゃダメだろ、これから俺の言うこと聞いて変われよ」って押しつけてしまったら、パワーコントロールの再生産になってしまいます。

 

パワーコントロールは連鎖しやすいんです。虐待を受けて育った人が自分の子に虐待をしてしまうという世代間連鎖はよく知られていますが、DV加害者が会社のパワハラの被害者だったり、嫁いびりの被害者が同時にわが子を支配する毒親でもあったり、現在進行形の連鎖も少なくないことは覚えておきたいですね。

 

「お前はモラハラしたダメな人間だ」と責めること自体がモラハラになる。それは、「モラハラ」「DV」という言葉が一般化することの危険な一面でもあります。

 

——加害者が被害者になってしまうのですね。逆に、被害者が加害者になってしまう場合もありますか。

 

中村さん:

あります。これは大事なことなのですが、被害者のなかにも“加害性”があります。例えば、ひどい言葉でいじめられていた人が耐えかねて相手を殴ったとしたら、どちらが加害者でしょう?極端に言えば、被害を受けているときに「殺してやりたい」と心のなかで思うのも加害性ですし、暴力や暴言を受けていた側が「あいつDVなんだよ。今度離婚するから応援してね」と言って周囲を巻き込んだら、今度は一転して自分が相手をコントロールできてしまうんです。大事なのは、そうしたパワーコントロールを軸とした構造からいかに抜け出すかということです。

 

被害者も加害者も、親や学校、社会から受けたパワーコントロールの体験が根底にある場合が多いです。そうやって押し込められてきたものが、自分を責める方向に出るのか、相手を傷つける方向に出るのか、最後にどちらに発動するかという違いだけで。

 

——押し込められてきたものを、カウンセリングで受け止めていくんですね。

 

中村さん:

最初は「相手にこんなことされた」っていうことから始まって、だんだんそのときの感情が出てきます。自分の価値観も出てきます。そうやって話していくうち、それを否定されずそのまま受け止めてもらううちに、どん底まで落ちていた自己肯定感が回復していくんです。そしてふとした瞬間に、「そうだ、わたしは本当はこうしたいんだ」って気づく。それを「エンパワメント」と言います。パワーコントロールとは異なるアプローチです。

 

今話題になっている映画『鬼滅の刃』に登場する鬼の存在は、DVやパワハラの加害者に近いものがあると感じています。最初から悪になりたくてなったわけではなく、止むに止まれぬ事情があった鬼がほとんどなんですよね。彼らはフィクションのキャラクターですが、その思いを理解しようとする姿勢が大事だと思っています。

 

価値観の「線引き」が、より良い夫婦関係の鍵

——中村さんが考える「いい夫婦」とはどのような関係でしょう?

 

中村さん:

たぶん、それぞれの夫婦で決めごとがいろいろあると思うんです。そのなかでお互いが同意できていているもの、心地よいと感じているものが多ければ、いい夫婦って言えるんじゃないかなと思います。

 

「夫婦の会話は多いですか?」との問いに「普段から雑談ばかりしています。答えのない雑談をしていると、すっきりしてくるんですよね」と中村さん。

 

そうやって話していくと相手と違う価値観が必ず出てきますから、そこで相手と自分との間に線を引けるかどうかがすごく重要だと思っています。

 

わが家ではよく夫婦でインターネット配信のアニメを見るんです。ところが、ぼくと妻では見方が全然違う。ぼくは1つのセリフも逃さないように集中したい、でも妻は「今のシーンさぁ」などと話しかけてくるんです。「えっ、何で集中しないの?セリフ聞き逃すじゃん」ってモヤモヤします(笑)。

 

——邪魔しないで!と(笑)。

 

中村さん:

それもありますが、自分の好きな作品だと特に、この作品を1つのセリフすら逃さずに楽しんでほしい、込められた思いを知ってほしい、っていう気持ちがあるんですよ。でも妻に聞くと、妻は別にそういう見方をしたいわけではないんですよね。同じ作品を見て、「あそこが良かった」「ここが好き」とお互いに感じたことを言い合って、相互理解を深めるツールのひとつになれば満足。だから、自分と同一の価値観に引きずり込まないことが大事なんです。もちろん、妻の価値観に自分が引っ張られることもない。急に話しかけられても、集中したい時には集中して見ていればいいんです。日常生活のなかで、そういった線引きを積み重ねていくことが大事だと思います。

 

それが、自分も相手も尊重するということだと思います。「尊重」というと、相手の言う通りにすることだというイメージをもつ人もいますが、それは違う。「あなたはそう思うんだね。それはそれでいいと思うよ」でいいと思うんです。従うかどうかは別問題。でも、決して否定はしません。

 

——それでもモヤモヤしてしまうことってありませんか?

 

中村さん:

もちろんあると思います。そういうときはいったん、相手の問題じゃなくて自分の問題にするんです。問題といっても欠点や改善点という意味ではなくて、“問い”です。例えば、先ほどの話に出たカサンドラ症候群の人の“問題”は“孤立”でしたね。その人が悪いのではない、でも解決できたら少し楽になる、そういう意味での“問題”その1、その2…という捉え方です。

 

実際のやり方としては、「相手がこんなことするから自分がモヤモヤした」ではなくて「モヤモヤするのは、相手の行動を自分がどう見ているからなんだろう?」っていう転換をしてみるんです。

 

相手を見ているようでいて、本当に見ているのは自分の影だということも多いです。そこを丁寧に掘り下げていくと、意外なトラウマや自分の行動規範に気づいたりもします。ですがそれも、無理に向き合わなくていいんですよ。向き合える時に向き合って、自分なりの答えを見出せばいいんじゃないかな、と思います。

 

 

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PROFILE 中村カズノリさん

1980年生まれ。自身のモラハラにより妻に去られた体験をきっかけに、日本家族再生センターにて修復的対応を根幹としたメンズカウンセリングを学ぶ。現在、Web開発系エンジニアのかたわら、カウンセラーとして被害者、加害者双方の支援活動を行っている。現在は再婚し、1児の父。

 

取材・文/八田吏(mugichocolate株式会社)