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世の中の女性の多くが毎日のようにメイクをします。そしてまた多くが自分に似合うメイク法を学び、雑誌やSNSなどで最新のカラーやトレンドをおさえようと日々努力しています。

 

そんな世の中を見ていると、多くの方が”周りの人から見て自分がどう見えるのか”ということを気にしながら生きていることに気付きます。メイクというものが、自分のためではなく、誰かのためのメイクであることはありませんか?

 

今回はそんな「メイク」をテーマに取り上げたドラマ『だから私はメイクする』*の原案となるエッセイ集『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房刊)の編著者である劇団雌猫メンバーのひとりである、ひらりささんにファッションやメイクについてお話を伺いました。

*動画配信サービス1Paraviにて2020年10月2日より配信

「身だしなみ、メイクをして一人前」そんな環境が苦しかった

── ひらりささんはメイクをテーマにエッセイを書かれていますよね。メイクには元々興味があったのでしょうか?

 

ひらりささん:

私は自分が10代のころファッション誌などはまったく読まず、二次元コンテンツに没頭して育ったオタクでした。

 

そのまま大学へ入学し、卒業後に社会人になり、その中で「身だしなみ、メイクをして一人前、それができない人はスタートラインに立っていない」という扱いを受けるので、やむを得ず「社会のため」に嫌々メイクをしている状況でした。

 

── そこからなにか変わったキッカケはありますか?

 

ひらりささん:

20代半ば頃からオタク現場を「晴れの舞台」として目一杯メイクをしている友人や、高い熱量でコスメを語る友人などができ、またインターネットでも「美容・コスメ垢」と呼ばれる人たちが、誰かのためではなく自分がやりたいからという理由でコスメ・美容を語っているのを見るようになりました。

 

私も「こうやって楽しむことができるなら、もう少しコスメやメイクと仲良くしてみようかな」と考えるようになったんです。そこからメイクレッスンやパーソナルカラー診断を受けるうちに、次第にコスメを買うことが楽しくなりました。

 

そこで出会った自分の周りの人たちが「どうしてコスメにハマったのだろう?」「みんななぜ屈託を持たずに向き合えているのだろうか?」そして「屈託があるならその話を聞きたい」と思うようになり、最初の同人誌『悪友DX 美意識』ができました。


── ご自身がメイクへの興味が薄かった経験から、興味を持つようになった経験が作品に生かされているのですね。

 

ひらりささん:

おかげさまで多くの方から反響をいただき、「メイクやコスメに関わる本を作らないか」という話をいただいたんです。

 

それならこの同人誌『悪友DX 美意識』を私のような「元々メイクに興味がなかったオタクの関心」からさらに広げて、オタク・非オタクは問わず、さらに多くのひとが日々抱えている葛藤や思いをすくい取れる本にできないか、と考え劇団雌猫メンバーと話し合いました。

 

その結果15人の、仕事も立場も年齢も違うひとたちに「メイクする理由」を綴ってもらい、「自分のため」「社会のため」「何かを探して」の3章で構成したエッセイ集、『だから私はメイクする』ができあがりました。これが2018年10月の話です。

 

当時この本は絶対多くの人に届けたいなと思っていたところ、ありがたいことにフィール・ヤング編集部さん、シバタヒカリ先生が作品に興味を持ってくださり、素晴らしいコミカライズ連載が実現しました。これは2019年8月号(2019年6月発売)から連載スタートし、2020年3月に単行本が発売されました。




劇団雌猫さんの同人誌と書籍

世の中にはメイクで悩んでいる人が多かった

── 読者のみなさんの反応はどうでしょうか?

 

ひらりささん:

最初にエッセイ版を出したときは、「メイクをする理由って色々あるよね。改めて考えてみない?」というメッセージ自体がかなり真新しいものとして受け取られたと思います。

 

それまでメイクを楽しんでいる人にとっては当たり前の質問かもしれませんが、メイクを嫌々やっている人は「とにかく毎日こなしている。あまりメイクのことは考えたくない」というスタンスでした。その意見を深掘りして、「世間・身の回りから押しつけられる美意識のなかで、苦しんでいるけれど、はねのけきれていない」という話を多く取り入れていたので、自分に重ねてしまった、泣いてしまった、などの感想が寄せられましたね。


── マンガ化の際もそうした世間の声は意識しましたか?

 

劇団雌猫『だから私はメイクをする』書影

 

ひらりささん:

2019年〜のコミカライズ版では、エッセイ版への反響を踏まえつつ、シバタ先生の解釈で、ストーリーやキャラクターを作ってもらいました。「メイクする理由もしない理由も色々あるけど、誰になんて言われたって、あなたが『好き』でやっていることに間違いはないよ!」という方向に振り切っています。

 

つまりベースとしてはメイクやおしゃれを楽しんでいる人なのですが、たとえその「好き」が世間とずれていてもいいんだよ!というメッセージを込めているんです。ポジティブな気持ちでライトに読めるものになるのかな?と思っていたのですが、ふたを開けたら「泣いた」という声が多くてびっくりしましたね。世の中では周りから心ない言葉をかけられている人が多いんだな…と知りました。

人気コンテンツの診断が、いつしか窮屈な存在に

── ひらりささんから見て、世の中のメイクのトレンドや意識はどう変化したと感じていますか?


ひらりささん:

2017年の同人誌刊行時にはSNS上で「パーソナルカラー診断」などの話が盛り上がっていました。アカウント名を「〜〜@ブルベ夏診断済」などとして、自分のカラータイプを明記することで、同じタイプの人同士が情報交換しやすいようにしているアカウントが非常に多かったのを記憶しています。

 

私自身も、そういったSNSで共通の診断結果の人たちが繋がる文化があったからこそ、無限に発売される新作コスメの中から自分に合いそうなものを見つけ出したり、コスメカウンターでおろおろすることなく目当てのものを買えるようになったりできました。

 

── 診断コンテンツでメイクやファッションがより楽しめるようになりましたよね。


ひらりささん:

そうですね。ただ一方で「ブルベなんだからこれしか似合わない」「骨格が〇〇じゃなくて絶望」など、診断タイプの中で優劣がついてしまい、コンプレックスを感じる物言いをする人たちも出てきていたなと思います。

 

たくさんの人が「好き」を楽しむための、とっつきやすい物差しのはずだった「診断」がどんどん窮屈なものになってしまった悲しさも感じていました。

 

── 確かに好きなメイクやファッションと診断結果が逆の場合、似合うと言われた方に走ってしまうかもしれません…。


ひらりささん:

もちろんみんなで合意しやすい物差しの中で、誰がいちばん似合っているか着こなしているか、を追うのも楽しい部分はあると思います。今でもストイックに自分の美意識を追求している人もいます。

 

ただ2020年までには診断コンテンツの窮屈さに対して、コスメ好き・美容好きのあいだからも「囚われるのやめようよ」という声も増えてきました。これは非常に素敵な変化だと思います。

 

自分に似合わなそうな色でも、うまく似合わせているアカウントを見て学ぶようになりましたし、メンズメイク・ノンバイナリー(男女のいずれか一方に限定しない)メイクを発信するアカウントも増えてきました。「誰から見ても違和感のないメイク」ではなく、「自分の生き方にあったメイク」を模索しようよ、という動きが感じ取れるようにも思います。

メイク=外見をよく見せるもの?

── とはいえ、今でも多くの人が「人のため」にメイクをしているように思います。


ひらりささん:

そういう側面もあるでしょうね。例えばパリッとスーツを着こなしている方がいたら仕事ができそうに見えるでしょうし、クリエイティブな仕事を持つ方が個性的でこだわりのある服やメイクをしていたら「この人センスあるだろうな」と思われることはあると思います。

 

こういった「その仕事に合った格好で信頼を得るもの」としての「人のため」は必ずしも悪いものではないと思います。一方で「顔や見た目を相手の好みに見せる」ものとしての「人のため」は極力なくなった方がいいと思います。ファッションやメイクは周囲から押しつけられるものではなく、自分の選択でできているかどうかが大切なんです。

 

──「メイク=外見をよく見せるもの」だと思うのですが、どうしたら人のためではなく、自分のためにメイクをできるようになりますか?


ひらりささん:

私も別に完全に自分のためにメイクできているわけではないですし、それでいいと思っていますけど、あえて言うなら…固定観念を疑って、壊すこと。議論すること、でしょうか。

 

誰かの外見に何か言いそうになってしまう前に、まずは少し立ち止まってみることが大切です。世間の一人一人が心がけることだと思います。逆に自分がメイクをするときは「なんか言われるかもしれないからやめとこうかな」と止まらず、「今日は少し冒険してみようかな」と思える人が増えたらいいなとも思います。

自分がどうしたいか、そして何を言われたくないかを考えること

── これまでの「美の基準」が少しずつ変わることは、生きやすさにもつながりそうですね。


ひらりささん:

海外のニュースを見ている人ほど感じているはずですが、美の基準に対する価値観はどんどん柔軟になってきています。これからさらに生きやすくなると思います。

 

ただSNSなどの流行を見ていると「綺麗なものを見せて好かれるのが前提」という社会にもなっていて、美の基準は柔軟になりつつも、やはり何らかの「美しいもの」を見せられる人が強い、という風潮は根強いなとも思います。

 

そうした世界のなかで生きていくには、まずは自分がメイクを好きな理由と嫌いな理由、自分の顔が好きな理由と嫌いな理由などに向き合い、自分がどうしたいか、どういうことを言われたくないかを知るのが第一ステップじゃないでしょうか。その結果、美について言ってくる人とどう距離をとるか、を考えてみるところからかなと思いました。『だから私はメイクする』はきっとその力になると思うので、読んでもらえたら嬉しいです。

 

劇団雌猫『だから私はメイクをする』書影2

 

 

 

憧れの存在に近づくために自分を寄せていく努力を惜しみ、いつしかファッションやメイクは自分のためではなく誰かのためにしていることに気付きます。世の中では「可愛い」「綺麗」などの言葉が挨拶のように翔び交う一方で、メイクには興味のないひとがいつしか社会の中で苦しんでいることも無視できません。

 

「ファッションやメイクは自分の好きなもの、興味があるものに自由でいい」

 

ひらりささんのインタビューを通して、今一度、美しさへの考え方を改めてみませんか?

 

PROFILE 劇団雌猫

もぐもぐ、ひらりさ、かん、ユッケのアラサー女性4人組からなるサークル。編著書に『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)、『海外オタ女子事情』(KADOKAWA)など。現在、ドラマパラビ『だから私はメイクする』が放映中の他、日経MJにて「劇団雌猫のトレンド夜会」を連載。

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取材・文/ひなたきこ イラスト/Nib.