みなさんは、小さい頃に言われて傷付いた言葉はありますか?今になって思えば些細な一言なのに、大人になってもどうしても忘れられず、ふとしたときに思い出してつらくなる言葉が誰しもひとつやふたつはあるはずです。
そんな“何気ない一言”で自分の子どもを苦しめないために、親としてできることはなんでしょうか。
前回ルッキズムについて教えてくれた立教大学 助教 矢吹康夫さんと一緒に子どものルッキズム問題について考えたいと思います。
PROFILE 矢吹康夫さん
立教大学社会学部社会学科助教。差別や偏見に関する社会学を専門とする。著書に『私がアルビノについて調べ考えて書いた本――当事者から始める社会学』など。
外見評価は集団生活のスタートとともに始まる
── 子どもたちは何歳くらいから見た目を気にするようになるのでしょう?
矢吹さん:
子どもについては私の専門領域ではないですが、よく聞く話では学校などの集団に入ったタイミングで周りの子どもたちとの違いを感じることが多いといいます。親は我が子が一番可愛いので、特殊なケースを除いては、子どもの外見を良い・悪いで評価することはないと思います。そのため、家庭のなかで子どもが自分の見た目を気にするような場面は発生しにくいのですが、家族以外の集団と接するようになると外見の特徴に差があることに気がつき、周りと比べて自分の容姿を気にしたり、人の容姿について優劣をつけたりしてしまうのです。
── 外見で評価されてしまうと、自己肯定感が正しく育まれないように思いますが…。
矢吹さん:
その通りです。外見が理由で小さい頃にからかわれると、例えそれが直接的ないじめでないものだったとしても、子どもたちは傷ついてしまいます。そうなると自己肯定感が健全に育まれず、無意識にわたしのことはだれも好きにならないと思い込んでしまい、自分に自信がないまま大人になってしまう可能性があります。
これは、ただ外見に自信が持てないというだけの話では済まないんです。例えば、異性に告白をされても「自分は醜いから、人から好きになってもらえるわけがない。この人は自分のことなんて本当は好きじゃない」などと相手を信じられずに断ってしまうことがあります。また、就職にも影響が出ることも。「自分なんかがこんな会社に入れるわけがない」と自分を過小評価してしまうのです。たとえ会社に入れても、この仕事はわたしにはできないと引いてしまうケースも聞いたことがあります。
── 容姿に関する悩みが、容姿どころか人としての自信を全て奪ってしまうかもしれないんですね…。
矢吹さん:
もちろん就職も恋愛もルッキズムだけが原因とはいえないですが、こういった可能性もあるということを知ってほしいです。
親の「〇〇であるべき」が子どもをルッキズムに導いてしまうことも
── ルッキズムに陥りやすいかどうかは性別も関係するのでしょうか?
矢吹さん:
やはり女の子の方が影響を受けやすいですね。これは日本のジェンダー問題にも関わっていることですが、今の日本ではまだ「女性=見られる性」であるというのが大きな理由です。外見で評価されることが多いため、自然とルッキズムに陥りやすくなるのです。
── 親が子どもをルッキズムにさせてしまう言動はありますか?
矢吹さん:女だったらこうしなさい、男だったらこうしなさい、と性別で決めつけることですね。先ほども言ったように、ルッキズムはジェンダーの問題とも深く関わっています。親としては深い意味ではなく「女の子なんだからかわいくしないと」などと言ってしまうこともあるかもしれませんが、こうした何気ない一言が子どもをルッキズムに導いてしまいます。
また、外見に関わる「こうあるべき」を無意識のうちに子どもに押し付けていないか考えてみてください。例えば「ブスなんだからせめて清潔にしなさい」「あなたはかわいくないんだから手に職をつけなさい」などという言葉。ここまで極端なことを言わないにしても、「容姿がよくない」という理由で何かをさせようとするのはやめましょう。
── 親である私たちが無意識のうちに抱いてしまっている「こうあるべき」という固定概念はたくさんありそうです…。
矢吹さん:
日常生活のなかに外見に関する「こうあるべき」はたくさんありますからね…。
例えばテレビ番組。女性の芸人さんで容姿や体型などを自虐して、それをネタにすることがありますよね。本人たちの意図はわかりませんが、「太っていることは馬鹿にされることなんだ」「こういう顔の人はブスって言って笑っていいんだ」と子どもが思ってしまい、容姿や体型などを気にしてしまったり、偏った“美しさ”の価値観ができてしまう可能性もあります。
また、自虐ネタ以外でも、例えばシャンプーのCMにツヤ髪の女性しか出てこない、なんていうことに意識を向けられるといいですね。なんの疑問にも思わないかもしれませんが、はたして「美しい髪=ツヤ髪」なのでしょうか?こういった当たり前の日常に「なんでだろう…」と引っかかるようになるのは、実はとても技術がいることです。まずはこの違和感に気付けるようになるところから親子で意識してみるのがいいのではないでしょうか。
「うちの子なんて」が子どもを傷つけているかもしれない
──「こうあるべき」と子どもに押しつけないこと以外に気をつけなくてはいけないことはありますか?
矢吹さん:
自分の子どもをお友達やきょうだいと比較をしたり、優劣をつけるのはやめたほうがいいですね。子どもがいるところで大人同士が「うちの子なんて」と謙遜することがありますが、子どもはこうして比較されたり優劣をつけられることで非常に傷つきます。また冗談であっても容姿をからかうようなことはやめましょう。
例えば…
- 「Aちゃんはすらっとしていて綺麗!うちの子なんてぽっちゃりしてて…」
- 「うちの子もBちゃんみたいにかわいいといいんだけど」
- 「うちの子はパッとしないからCくんみたいな服は似合わないなあ」
- 「お姉ちゃんに比べてあなたは癖っ毛だからこの髪型は似合わないよ」
- 「お兄ちゃんに比べてあなたは顔が地味だからね〜」
── 親は謙遜のつもりで言っていても、子どもからしたらショックですよね。親として気をつけていても、子どもが自分の容姿にコンプレックスを持ってしまったらどうしたらいいですか?
矢吹さん:親は自分の子どもは無条件に可愛いのです。だからこそ親ができる1番大きいことは「あなたは可愛い」「どんなあなたでも愛している」と伝えてあげること。容姿に限らず、自分の子どもは無条件にまるごとすべてを肯定してあげてください。
子どもが「○○ちゃんかわいい」は肯定していいの?
──もし子どもが「〇〇ちゃんかわいい」「〇〇くんカッコイイ」と言ったときはどう答えるのベストなのでしょう?
矢吹さん:
「そうだね」でいいと思います。子どもがただ褒めているだけなら問題はないですから。そのときにお友達同士を比較したり、優劣をつけたりしているなら注意が必要ですね。
──比較していた場合、どのように子どもに声かけをすべきですか?
矢吹さん:
大切なのは「否定」ではなく「問いかけ」です。おそらく子どもはお友達などから得た情報で評価していて、これが絶対可愛いと自分では言い切れないものを評価しています。ですから自分が参考にしている情報がなにか、考えが偏っていないか、なにを大切にしているのかを子どもが整理できるように問いかけてみましょう。
子ども「AちゃんよりBちゃんのほうがかわいい」
親「どうしてBちゃんがかわいいと思ったの?」
子ども「だってCちゃんがそう言ってた」
親「Cちゃんはそう言ってたんだね。じゃあ、あなたはどういう人がかわいいと思う?」
──なるほど、頭ごなしに否定するのではなく、子どもが“自分の基準”を見つけられるように導くというイメージですね。思春期の子どもの場合も同じでしょうか?
矢吹さん:
基本的には同じですね。ただ、親としての心構えが少し変わります。それは、「気にしなくていいよ」という言葉が響かない可能性があるということです。
思春期の子どもたちは人からの自分の評価を非常に気にします。これは避けられない問題です。この時期の子たちは学校などでグループ行動します。似たような価値観のメンバーで群れるケースが多く、それこそ「かわいい」や「カッコイイ」の価値観も自然と似てくるのです。その結果お互いのことを評価しあい、1人が周りと異なる価値観を持つと仲間外れにされたり、いじめの発端になったりすることもあります。
「気にしなくていいよ」と言っても、子どもは気にしてしまいます。それを踏まえた上で、子どもに対し自分が参考にしている情報がなにか、考えが偏っていないか、自分自身はどう思っているのかと根気強く問いかけてみてください。
──子どもが思春期に入ったときは、親としてもより注意を払って“美しさ”に向き合っていかなくてはいけませんね。
「○○ちゃんはブスだからキモい」に対して親が言うべきこととは
── もし子どもが「◯◯ちゃんはブスだから嫌い」や「◯◯くんはブスだからキモい」などと言ったとき、親としてどう指摘したらいいでしょうか?
矢吹さん:
そういう発言をしないようにと叱る人がほとんどだと思いますが、叱るだけではなく、なぜだめなのかをきちんと伝えましょう。頭ごなしに否定するのではなく、どうして外見で人を判断して評価することがだめなのかを子どもが理解できるように問いかけることを意識しましょう。
例えば…
- 「人の顔は本人の力で変えられないよ。〇〇ちゃん(我が子)だって変えられない。それなのに見た目のことをひどく言うのはよくないよ」
- 「『ブス』や『キモい』はだれが決めたの?どうやって決めたの?だれがどうやって決めたのか分からないのだから、見た目でお友達を比べてはいけないよ」
「モデルや俳優になりたい」という夢との向き合い方
── 子どもが小さいころに綺麗な女優やモデル、キャラクターを見て「こうなりたい!」と言うことも珍しくないと思います。こんな場面で大人としてどのように反応するのが適切なのでしょうか?
矢吹さん:
ここでも大切なのは「問いかけ」です。まずはなんでその人になりたいと思ったの?と聞いてみましょう。周りがかわいいといっているから、人気があるから、こうなりたいと言っているという可能性がおおいにあります。
子どもが美しくなりたいと思う気持ちはごく自然なもので、否定する必要はありません。ただ、「あなたが目指す美しさはなに?」と子どもに問い直してみてください。世の中には色々な美しさの価値観があっていいと思いますが、真の美しさについて子どもがきちんと自分の考えを持てるようになるといいですね。
…
子どもには健やかな自己肯定感を育んでもらいたいし、人のことを見た目で判断するような大人に育ってほしくないと願うのは当然のこと。だからこそ、子どもにかける何気ない一言や、日常のなかで目にするものについて、一度立ち止まって俯瞰してみることが大切です。子どものなかで育っていく「当たり前」が本当に当たり前なのか、親子で一緒に考えていけるといいですね。
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取材・文/ひなたきこ イラスト/NIb.