毎年春に開催される、世界最大の児童書見本市「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」。絵本・児童書シリーズ「おしりたんてい」のプロデユーサーである高林淳一さんが、2019年の開催時に発掘した絵本が、フランスの出版社が手がけた『いっしょにいてね』です。
母親と娘のなにげない一日を優しいイラストで綴り、同じ時間を二人がどう過ごし、何を思っているのかが描かれています。今回は、高林さんに同作の魅力と楽しみ方について伺いました。
同じシーンを母と娘の二つの視点で描いたユニークな表現
——イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で、この本を手に取ったとき、どのような印象を持たれましたか?
高林さん:
最初に面白いなと思ったのは、同じシーンを左右のページで描き分けている部分ですね。親子の日常のワンシーンを一つの見開きで描いているのですが、片方のページが母親からの心情や目線、もう一方のページを娘からの心情や目線で描きわけています。どちらか一方を主人公にするのではなく、二人それぞれの視点と、そのとき何を考えていたかを見ることができる。絵本では珍しい表現を使っている点が印象的でした。
ユニークな構成ではありますが、左ページが「母視点」、右ページが「娘視点」というルールが決まっているので、混乱することなく読み進められると思います。
——「シングルマザー」の家庭が背景になっている物語でしたが、ワンオペ育児の大変さなどは感じることなく、母と娘の「いつもの日常」を明るく描かれていました。
高林さん:
同作の作者はフランス人で、フランスでは「事実婚」が一般的です。お父さんとお母さんが一緒に住んでいる家庭もあれば、お母さんだけ、お父さんだけの家庭もある。そもそもの家族の形が一つではないんですね。
シングルマザーや、ワンオペ育児という部分をフィーチャーしすぎてしまうと不必要に暗い作品になりかねません。しかし同作では、文化の違いもあってか、ウェットな感じはいっさいないです。母と娘の交流の仕方とか、お互いがいない時間に互いを思いやっている部分を見てもらいたいです。
日本では、まだまだ「特別な環境」「大変な家庭」という考え方が残っていると感じています。たとえば外国人の子がいるクラス。そのこと自体がテーマ性を帯びてしまいがちですが、多様
「シングルマザーだから」という看板をなしにして、「ありふれた幸せな家族だよ」と、何の前書きもなく始まるところもこの作品の良いところだと思います。こういう作品をもっと紹介していきたいですね。
大切な人との絆や、互いを思う気持ちに気づかせてくれる
——「大変な家庭」という描き方ではなく「こういう家族もあるよね」という感じで、あっさりと捉えやすいストーリーでした。高林さんのお気に入りのシーンはどこでしょうか?
高林さん:
夕方の公園のワンシーンです。母親が公園のベンチに座って読書をしていて、娘は友達と公園内を走っている様子が描かれています。
一見、それぞれの時間を過ごしているように感じますが、母親がわが子を目で追っている様子が文章から読みとれるんです。本を読んでいるけれども、娘の様子を気にかけている母親の視点がわかるシーンです。
——娘視点のページでも「ママにはおきにいりのベンチがあるの」「ママがバッグからほんをとりだしてよみはじめた」など、遊んでいながらも、母親のことを見ている様子がわかります。
高林さん:
何気ないシーンではありますが、相互の気持ちがうまく描かれた象徴的で魅力的なシーンです。こういうシーンがいろんなページに落とし込まれているので、「私のことを見ていてくれているんだね」と親子の会話のきっかけにもなるのではないでしょうか。
——「離れた場所でも自分を思っていてくれている、見ていてくれている」ということを知るきっかけになる作品ということですね。
高林さん:
そうですね。「お母さんって私のこと思ってくれているのかな」という疑問に、「いつも見ているよ」という答えを、日常を背景にしたストーリーの中から感じ取ることができると思います。そして、子どもも親のことをしっかり見ているんだという気づきも得られるはずです。
朝ってみんな、すごく忙しくて、バタバタと身支度をしている人が多いと思います。そんな慌ただしさの中でも、この絵本に登場する子のように、「今日のお母さんの服、私の好きな服だ」とか、いろいろ考えながら過ごしているわけですね。時には母親のことを心配したりもする。その事実を知るだけでも、新しい会話が生まれるきっかけになったり、互いのことを理解するきっかけになるかもしれません。
日本にない価値観や視点、表現方法を海外の絵本から知る
——今回の作品のように、違う文化を見ることができる本を読むことは、子どもたちにどのような刺激があると思いますか?
高林さん:
私が海外で本を買い付けしてくるとき、「日本にない価値観や視点、表現方法」を探しています。そういう本は、子どもたちにとっても外の世界を知るきっかけになると思うからです。
何がきっかけで、子どもたちが「海外」の存在を知るかはそれぞれだと思いますが、中には「本」がきっかけという子もいるはず。そう考えると、世界中のいろんな文化や考え方、いろんな状況の人がいるんだということを、本を通して知るきっかけになるかもしれませんね。
私にとっても、日本の本では得られない「何か」を伝えるということが、海外の作品を翻訳出版するモチベーションになっています。
——絵本の映像化や読み聞かせ動画などもありますが、紙の本を自身の手でめくって読むことと、映像で見ることでどのような違いがあると思いますか?紙の本ならではの魅力はどのような部分にあるのでしょうか。
高林さん:
紙の本は、ページを手でめくり、自分の目で文章を追って、挿絵を見たりしながら読み進めていく。映像のように、自動的に文章が流れていくわけではないので、能動的な関わり方になると思います。「あれ?」と疑問に思ったり「ここ面白いな」と思った時に立ち止まったり、ページを戻ったりしながら自分のペースで読み進められるのが、映像にはない楽しみ方だと思います。
——今作はどのくらいの年齢のお子さんに適していると思いますか?また、どのようにこの本を読んでもらいたいですか?
高林さん:
親とずっと一緒だったけど、離れなければいけないタイミングのお子さんと読んでもらいたいですね。保育園か幼稚園に通い出す3〜5才くらいか、あるいは小学生の低学年くらい。「自分が保育園や幼稚園、もしくは小学校に行っている間、お母さんはどう過ごしているのかな」と考えるきっかけになればいいなと思います。もちろん「お母さんと娘」だけでなく、「お父さんと娘」「お父さんと息子」「おばあちゃんと孫」でもいいと思います。
「離れていても気持ちは一緒だよ」というのを知るきっかけとして、そして親子の会話のツールとして、この本を読んでもらえたら嬉しいです。
——離れていてもお互い想い合っているという、家族の絆を改めて理解するのに役立つ作品ですね。貴重なお話をありがとうございました!
PROFILE:高林淳一
株式会社ポプラ社の編集者。世界各国で翻訳出版され、TVアニメも現在放送中の大人気シリーズ「おしりたんてい」のプロデューサー。現在は本の編集だけでなく、海外のブックフェアに参加し、世界の絵本を翻訳出版するなど、幅広く活動する。
『いっしょにいてね』
作者/ポリーヌ・ドゥラブロワ=アラール 絵/HifuMiyo 訳/山口羊子 発行:ポプラ社
文/佐藤有香