生涯にわたって多様な学びの場が用意され、学校教育の授業も基本的に無料で受けられるという北欧諸国。教育面以外でも、医療や社会福祉で充実した制度を受けられることもあり、世界幸福度のランキングではフィンランド、デンマーク、スウェーデンが上位を占めています。

 

学校などの教育現場では、子どもの個性を重視したスタイルが基本とされる北欧教育ですが、具体的に日本とはどのような違いがあるのでしょうか。また、北欧の教育を受けた子どもたちはどのように成長するのでしょうか。

 

今回は「北欧の教育や学び」についてのイベントやワークショップを企画し、情報を発信するリラ・トゥーレンの代表・轡田いずみさんにお話を伺いました。スウェーデンに留学経験のある轡田さんのお話を伺いながら、これからの子どもたちの学びのヒントを探ります。

 

【PLOFILE|轡田いずみ】

株式会社ノルディック・インスピレーション代表。スウェーデンへの留学経験から北欧の教育や社会のあり方に関心を持つ。教育サービス企業でマーケティングや事業開発に従事した後、独立。北欧系企業のマーケティング・事業開発などを行う。その傍ら「北欧の教育・学び Lilla Turen(リラ・トゥーレン)」を立ち上げ、イベントなどを企画・運営。北欧の教育をヒントに、これからの学びのあり方を対話しあう、共創型情報プラットフォームとして情報を発信する。2020年4月に訳書「ぼくが小さなプライド・パレード 北欧スウェーデンのLGBT+」が出版予定。http://lillaturen.com/

 

北欧教育を堀り下げるきっかけとなったスウェーデンでの留学生活

——大学3年生の時に交換留学生としてスウェーデンで一年間過ごしたそうですね。

 

轡田さん:

大学時代は法律を専攻していたのですが、「社会に出る前に立ち止まって人生を考えてみたい」と思い、交換留学を希望しました。民主主義と福祉政策の先進国でもあるスウェーデンのウプサラという街にある大学で一年間学びました。

 

まず驚かされたのが、大学での授業スタイルの違い。学校や専攻科目によっても差はあると思いますが、私が通っていた学校の授業では、学生同士のディスカッションが中心。数百ページある教科書を生徒は各自事前に読み込み、授業でその内容について議論するという流れでした。自分の意見を発言し、周りの意見を聞く機会がとても多いと感じました。先生方も「生徒は基本的な知識や情報を、すでにインプットしている」という認識で授業を進めていきます。

 

「得た知識を自分の中に落とし込み、他者との議論を通して未来を形作って行くこと」を深く学んだ一年間でしたね。

 

——さまざまな意見がある中で、自分はどう思うのか、どう行動すべきかを考えられるようになることも、ディスカッションで得られる学びですね。

 

轡田さん:

スウェーデン人との出会いにも大きな刺激を受けました。多くの人が固定観念に縛られていない思想や空気感を持っていて、例えば、奇抜な服装をしている人がいても周りは気にしないし、好奇の目で見ません。「その人が好きなら、それで良い」といった受け止め方です。

 

同じ寮に住んでいたスウェーデン人男性も、ケーキを焼いて振る舞ってくれたり、みんなが自由に「自分の興味や関心」を追求しているように感じました。

 

一年間の留学生活では「ありのままの自分でいられる」と感じながら生活していました。同時に、こんな風に生きられる社会はどのようにして作られているのだろう?そう疑問に感じました。その後子どもが生まれ、「この子が生まれ持ったものを大事にできる社会であってほしい」と思ったのが「北欧の教育」を掘り下げてみたいと思ったきっかけでした。

 

「なぜ学ぶの?」「何を学ぶの?」——学びへの姿勢を明確にしてから臨む北欧の学びのあり方

スウェーデンの図書館。北欧は図書館のキッズスペースがとても充実している。

 

——北欧と日本の学校教育において、先生と生徒の関係にも違いがあるのでしょうか。

 

轡田さん:

日本では「この知識を身につけよう」という一つの目標や答えを先生が設けて、それに向かって児童生徒が追いかけていくような部分があると思うのですが、北欧では「答えは一つじゃないかもしれないし、答えは無いかもしれない」という前提のもとで授業が進みます。

 

先生の役割は、日本では「教える人」であることが多いですが、北欧では「支援する人」。先生は、子どもが何をしたいのか、どう考えるのかを引き出してサポートするための存在で、日本とは立ち位置が少し違うと思います。

 

北欧では一人一人が「自分がどう生きていきたいか」「どう進めば幸せか」を追求することをゴールにおいているようにも感じますね。時間がかかることですが、授業を始める前には「なぜこれを学ぶ必要があるのか」を先生と生徒が話して、納得した上で展開していきます。

 

——「学ぶ必要性」を知ることから始まる教育で、子どもたちにはどのような変化があるのでしょうか。

 

轡田さん:

自分なりの目的意識を明確にすることで、子どもの中で「学ぶ意味」がよりはっきりしてくると思います。ただ「先生のクリエイティビティ」に委ねられる部分が大きいので、そういう面で先生ごとに差があったり、生徒の意見を尊重しすぎて、コントロールがしにくくなるというケースもあるようです。

 

また、デンマークでは、もう一度同じ学年をやり直すことができたり、学校以外の場で学ぶ機会を与えられたりします。日本では「留年」というネガティブなイメージかもしれませんが、「その子にあったタイミングで学ぶのが一番いい」という考え方なので、ポジティブに捉えています。小学校に上がる年齢もまちまちだと聞いています。

 

——日本と北欧の子どもたちを比較した時、どのような違いを感じますか?

 

轡田さん:

「自分の意見を述べること」「違う意見との対話を重ねること」を多くの日本の子どもたちは経験してきていません。特に小学校高学年〜中学生くらいになってくると「みんなと違うことを発言するのが不安」という空気もあります。北欧の子どもたちは、小さい頃からの教育で「自分はこう思う」と言う意見を言うことに慣れているし、周りもそれを評価せず受け止めて対話するのが、大きな違いでしょうか。

 

また、選挙の投票率8割を超えるスウェーデンでは、社会課題をテーマにした内容を、小学校46年生の授業で取り扱っていて、「なぜそのルールがあるのか」「変化を起こすにはどうするべきか」「変化によってどのような影響が起こりうるか」など、物事を多面的に深く考えて自分自身の答えを見つけようと促しています。

 

——北欧の子どもたちは、小さい頃からさまざまなテーマで「自分なりの考えや答え」を持つことを学んでいるから、堂々と意見を言えるんですね。

 

轡田さん:

日本の教育は、基準やゴールがあらかじめ設定されているような、「こうあるべき」という部分が強いように感じます。もちろんそれが強みを発揮する場面もあるけれど、不確定なことが多く何が正解かもわからないというこれからの社会の中で、自分自身で考える力を養って、自分とは違う意見を持った人とすり合わせながら、未来を作っていく力は必要になってくると思っています。自分の子どもにも、自分がどうありたいか・どうしたいか、自身の「答え」を見つけられるようになってほしいですね。

 

デンマークの幼稚園園庭で遊ぶ子どもたち。

 

一人ひとりが学び続けることが社会の発展に繋がる「リカレント教育」

——大人になってからも北欧では「学び」の機会が豊富だと聞きましたが…?

 

轡田さん:

北欧は「リカレント教育」といって、義務教育、基礎教育を終えて社会に出てからでも、「学びたい」と思った時にいつでも学びに戻れる仕組みが社会に根付いています。国によって違いはありますが、大学の授業料も無料なので生活の負担にはなりませんし、勉強のために休職しても元の職場に戻れる制度、働きながら学ぶ人への奨励金制度などもあります。

 

大学以外にも、デンマークには対話や討論中心の授業を受けつつ人生を見つめ直す学校「フォルケホイスコーレ」、スウェーデンには音楽、美術、外国語などの趣味や実用的なテーマについて学ぶ「スタディ・サークル」など多様な場が存在し、学び直しの場として活用されています。

 

——学び直しによってアップデートされた知識やスキルは、それ以前よりも有意義に社会に還元できそうですね。

 

轡田さん:

そうですね。また、大学入学前や在学中、就職前に「ギャップイヤー」を取り、社会に出る前に、新しいことにチャレンジしたり、視野を広げるための活動をして、「自分が何を学びたいのか、どう生きたいのか」を考えてから先に進む人もいます。

 

——将来の自分の姿をしっかり考えた上で先に進むことは、その後の意欲にも影響するかもしれませんね。

 

親と子どもは対等。互いの意見を一緒に考える北欧での親子関係 

轡田さん:

親と子の接し方についても、日本とは違いがあるように感じます。北欧では「一人一人が同じ価値を持っている」という価値観がベース。それは家庭内でも変わらず、親は子どもを対等な人間として扱います。親が子どもに「あなたはどうしたい?あなたはどう思う?」と意見を問う姿をよく見かけました。

 

——「こうしなさい、ああしなさい」と親から子へ指示を出すのではなく、まず子どもの意見に耳を傾けるのですね。

 

轡田さん:

ただ親は子どもの意見を尊重するだけでなく、「親としての意見も伝える」ことが大事。親もありのままの自分として子どもに意見を伝え、一緒に「対話」していくような様子が印象的でした。保育園では、登園時に寂しがる子どもの気持ちが落ち着くまで、20分でも30分でも寄り添って、子どもが納得して気持ちが園に向いてから仕事に出かけていくパパ、ママの姿がありました。

 

朝の登園時間。子どもの気持ちが落ち着くまで寄り添う父親の姿も。

 

——北欧では子どもの泣き声に後ろ髪引かれる…ということも少なそうですね。しかし親も心にゆとりを持っていないと、難しそうです…!

 

轡田さん:

親の働き方を含め、社会のあり方とも密接に関わることです。実際やってみると結構忍耐力も必要なんですよね(笑)。でも、個人レベルでできることもあると思います。私自身も男の子2人の育児中ですが、「母親」でなくありのままの自分で対話するという考え方に触れ、肩の力が抜けました。

 

例えば、朝の着替えの時に「今日はどの服を着たい?」と選択を委ねたり、親が言ったことに対して「嫌だ」という回答をした時に「なぜそう思うの?」と聞いたり、些細なことでいい。遊びの中でも、「なぜ?」という問いかけは良い刺激になると思います。子どもが絵を描いた時に「なぜこれを描いたの?」と聞いてあげたりすると、子どもの中で「自分がどうしてこれを描いたのか」を整理するきっかけになるのではないでしょうか。

 

——今後、新しく挑戦していきたいことはありますか?

 

轡田さん:

これまでは北欧のインスピレーションを届けることに重きを置いてきましたが、日本の文脈で「違う学びのあり方を体験できる場」を提供していきたいなと思っています。

 

今は北欧教育の考え方をベースにした「探求型の学び」について、複数のプログラムを開発中。子どもたち同士で発見や考えを共有しながら、物事にはいろいろな視点があるということを知り、自分の好きなものや考え方の特徴に気づく場を作れたらと思っています。

 

「北欧」の教育と括ってきましたが、実際国によって具体的な実践や抱えている課題は違います。ただ、私は一人の親として、北欧に共通する価値観を掘り下げることで日常に活かせるヒントを得られる気がして、このテーマを追求してきました。異なる社会のあり方に触れることは、今いる場所を振り返り、大事にしたいことや変えていきたいことを見つめ直す機会になります。この活動を通して、自分自身学びを深めながら、そんな小さなきっかけを誰かと共有できたらと願っています。

 

——「教育」と一言でいっても、国や社会によっても価値観や目指すところはさまざま。「誰しも価値がある」ということをベースにした北欧教育の存在と、自由度の高い学びのあり方を知ることで、視野が広がるとともに、親として少し肩の力が抜けるような気持ちにもなります。「こう言う社会もある。こう言う教育の仕方もある」ということを知れば、親と子、先生と生徒の関わり方がより良く変わっていくかもしれません。

 

取材・文/佐藤有香 画像提供/Lilla Turen