職場でのトラブルのうち、よく知られている「セクハラ」と比べ、実際に働きながら妊娠出産する立場になるまで知らなかった…という人も多いのが「マタハラ」こと「マタニティ・ハラスメント」です。
働きながら妊娠出産を考えている人にとって、いつ自分に起こるかもしれないマタハラですが、実際にどんな行為がマタハラにあたるのか、もしマタハラにあってしまったらどうすればいいのか、法律はあるのか…など、意外に知らないことが多いのではないでしょうか。
今回は、マタハラの定義や「こういう場合もマタハラなの?」と迷うような例について解説します。
「マタハラ(マタニティハラスメント)」の意味と定義
職場におけるハラスメントには色々なものがあります。
「セクハラ」「パワハラ」は社会的にもよく知られるようになりましたが、その他にも、介護と仕事を両立しようとする社員へ不利な扱いをする「ケアハラ(ケア・ハラスメント)」や、父親が育児に参加する権利を侵害する「パタハラ(パタニティ・ハラスメント)」などもあります。
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マタハラ・パタハラ・ケアハラを総称して「ファミリーハラスメント」ともいいます。
マタハラに限らず、「ハラスメント」とは、悪気のあるなしに関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷付けたり、脅威を与えたりする発言・行為全般を指します。
そして、マタハラに当たる行為のほとんどは「人として許されないことだからやめましょう」というだけでなく、複数の法律ではっきりと禁止されています。
男女雇用機会均等法の第九条3には次のような記載があります。
事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
妊娠・出産・育児休業を理由とした解雇・雇い止め(派遣労働者の契約更新をしないこと)・自主退職の強要など、労働者にとって不利益な取扱いをした場合は、ハラスメントであると同時に「違法行為」になります。
マタハラの3つのタイプと原因は?
少し前のデータですが、2013年に日本労働組合総連合会が発表した調査結果によると、
- セクハラにあった経験がある…17.0%
- マタハラにあった経験がある…25.6%
と、セクハラも決して少ないとは言えませんが、マタハラではさらに多く、およそ4人に1人が経験していたことが分かりました。
「うちの会社は大丈夫」と思っても、この先部署や上司が変わればマタハラにあってしまう可能性もあるため、他人事とは言えないですね。
マタハラにはいくつかのパターンがあり、原因はそれぞれ異なります。
理解不足や間違った配慮からくるもの
妊娠中は特有の体調不良や気をつけるべきことがありますが、経験や想像力の欠如から、
- 重いものを持たせる
- 高いところのモノの上げ下ろし
- 長時間の立ち仕事
- 残業や深夜労働
などを、妊娠前と同じ調子で担当させてしまうケースがあります。
本人が上記の免除を申し出た場合は必ず許可しなければならないと法律で決まっているのですが、重いものを運ぶ業務を替わってほしいと申し出るたびに「え?いま忙しいのに、まったく!」と嫌味を言われるので仕方なく自分でやっている…という妊婦さんも。
逆に、「妊婦さんは大変だろうから」「女性は子育てが仕事だからね」と、本人の意向を確かめることなく、キャリアが中断されるような担当替えを一方的にしてしまうケースも、配慮できているようでできていないことになります。
出産経験のある女性が同じ職場にいると、かなり理解や配慮が得られることが多いのですが、そうでない場合、できるだけ自分の状態を率直に伝えるようにしなければ身を守れない可能性があります。
負担が増えるのを嫌がって、妊婦本人を攻撃するもの
妊娠中のつわりによる遅刻や欠勤・残業免除などは、法律上は可能です。
しかしその分の仕事は、管理者が不公平感のないよう割り振りをしたり、臨時でアルバイトを雇用するなどの調整が必要。
単に周囲の人に割り当てるだけでは、周囲の業務負担が重くなりすぎて「逆マタハラ」と呼ばれる事態にもなりかねません。
その結果、不満が管理者でなく本人に向かって噴出すると、
「仕事が増えてほんと迷惑」 「妊婦はラクできていいよね」 「あなたのおかげで毎日残業なんですけど」
などの心ない言葉として妊婦さんを傷つけてしまうことに。
目先の効率や利益を考え退職させようとするもの
妊娠中トラブルなく過ごせたとしても、産前6週間と産後8週間の産休取得はすべての会社に義務付けられています。
また、育児休業も最長2年まで取得が可能です。
しかし、いまだに産休や育休を申請する段階になると「うちの会社に育休制度はない」と言ったり、「産休や育休を取られると困るから退職を」と言う会社があとを絶たないことが相談件数からも分かっています。
「働き手がいないと困る」「仕事をしない者に予算を割くわけにいかない」という目先の利益を優先させてしまうとこのようなことが起こりますが、本来、従業員の妊娠出産というライフイベントの受け入れ体制を整えておくのが雇用側の責任。
それをせず、退職や雇い止め、降格、普通ありえないような配置転換などを行うのは、マタハラの中でも重大かつ違法なもので、働く人のその後の人生を左右する問題といえます。
これってマタハラ?違法?
2013年の調査では、妊娠出産にあたっては、様々な制度を利用して働き続ける権利が法律で守られていること自体を知らない人が約半数(50.3%)でした。
2020年現在はもう少し周知徹底されていると思われますが、では、例えば次のような場合でも「マタハラ」といえるのでしょうか?
【事例1】
平日の日中しか妊婦検診の予約が取れなかったため通院休暇を取ろうとしたら、「自分の有休を使って」といわれた
【事例2】
医師から深夜帯のシフトに入るのを控えるように指示があったが、職場では「正社員じゃないからムリ、どうしてもできないならいったん辞めて、また入れるようになったら採用する」といわれた
【事例3】
切迫流産で2週間の入院と自宅安静となり、その後も時々つわりで休みがちに。 すると「まともに働けないだろうから、かわりの人を採用しようと思う。あなたは赤ちゃんのためにも退職してゆっくり休んでは?」と電話があった
【事例4】
半年ごとに更新の派遣契約時期が産休中にあたるので相談したところ、「ではそこで契約終了にしましょうか、産後、更新日までまったく出勤しないわけですしね」と言われた
…実は上記はすべてマタハラであり、違法となります。
【事例1】の場合、男女雇用機会均等法第12条・第13条に妊産婦検診を受けるための通院休暇に関する規定があり、必ずしも有休を使う必要はありません。
【事例2】では、従業員が深夜勤務の免除を請求した場合は、正社員かアルバイトかに関わらず応じる義務が労基法第66条第3項で定められています。
【事例3】の場合、均等法第9条第3項で「妊娠障害休暇の取得」を理由として解雇しない旨が定められています。
【事例4】では、雇用形態に関わらず、産前産後休業中およびその後30日は解雇してはならないと労基法第19条で決められています。
なお、過去には「産休や育休を申請したという理由で解雇された」「降格された」と訴えても、妊娠が理由ではなく、本人の能力不足であると主張する会社が存在しました。
しかし現在では、妊娠出産時期と解雇・降格などが時間的に近接している場合は、理由が何であれマタハラかつ違法と見なされるようになっています。
「これってマタハラ?」と感じたら、黙ってがまんせず、社内に窓口があればそちらへ、ない場合でも信用できる上司に相談しましょう。
派遣会社にもハラスメント相談窓口を用意しているところが多くあります。 上記のどこにも相談できない場合は、各都道府県の労働局にある「雇用均等室」でも相談を受け付けています。無料・匿名・電話でOKなので、困ったら早い段階でぜひ相談を。
厚生労働省 「都道府県労働局雇用均等室までご相談ください!」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/pdf/funso_jp.pdf
おわりに
近年、少子化改善や女性の活躍を応援するために法の改正が進んできています。
しかし、会社の担当者や上司がそのことを知らなかったり、目先の効率だけを見て退職や配置転換をすすめることがまだまだ多く、せっかくの制度が生きていない職場がまだまだ多いのが現状。
妊娠出産を個人の事情だからとあきらめてしまうことなく、正しく法制度を知って、誰もが当たり前のように妊娠・出産後も働いていける社会を目指していきたいですね。
文/高谷みえこ
参考/妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由とする不利益取扱い・防止措置」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000130144.pdf
「男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)」 https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=347AC0000000113
日本労働組合総連合会「マタニティ・ハラスメント(マタハラ)に関する意識調査」(2013年) https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20130522.pdf
平成 28 年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000167773.pdf