2019年12月に厚生労働省が発表した統計結果によると、令和元年に生まれた赤ちゃんの人数は約86万4千人。予想より2年も早く90万人を割り込み、政府が目指す「2025年度までに希望出生率1.8%」実現は厳しい見通しです。

 

原因はいくつも考えられ、中には「令和になってから出産したい/結婚したいという人が多かったから」などの説もありますが、実際に子育て世代から話を聞くと、それとはまた違った問題点が浮かび上がってきました。

「合計特殊出生率」「希望出生率」とは

ニュースなどで取り上げられる「出生率」は、一般的には「合計特殊出生率」のことをさします。

 

「合計特殊出生率」とは、ざっくりいうと、1人の女性が一生のうちに出産する子供の平均人数のこと。

 

単純計算すれば、夫婦つまり大人2人から子ども2人が生まれれば国の人口は変わらないことになりますし、3人なら人口が増えることになります。

 

実際には他の要素もあるため、人口を維持するには合計特殊出生率は2.07~2.08%必要だとされていますが、最新(2018年)の合計特殊出生率は1.42%と大きく下回っています。

 

いっぽう、政府が過去(2015年)に打ち出したのが「希望出生率」です。

 

「希望出生率」は1.8%とされており、これは「今から結婚・出産を迎える世代がもし希望通りに子どもを授かればこの数字になるだろう」と国が考えている数値です。

 

当時の意識調査(総務省/社会保障・人口問題研究所/国勢調査/人口動態統計)で分かった「希望」には3種類あるということ。

 

  • 独身女性で結婚を希望するのは89.4%
  • 将来の子どもの数の希望は2.12人
  • 夫婦が希望する子どもの数2.07人

 

ここから、

 

「国民は平均して2人の子どもを欲しいと思っている。結婚願望のある女性は90%くらいいるから、掛け算すれば1.8くらいになるだろう」

 

という単純計算で1.8という数字になったようにも思えますが、内閣府HPをみると、実際には、以下のような計算が行われています。

希望出生率(有配偶者割合×夫婦の予定子ども数+独身者割合×独身者のうち結婚を希望するものの割合×独身者の希望子ども数)×離死別等の影響=(34%×2.07人+66%×89%×2.12人)×0.938=1.83≒1.8程度

「希望」出生率というけれど…何の希望?

「希望出生率1.8%」に実際の出生率1.42%が追いつかないどころか、むしろどんどん離れていく理由を考えてみましょう。

 

今回、20代前半~40代前半の男女にアンケートを実施し、

 

「希望する人数のお子さんを授かるには、どのような希望が叶えば実現する(した)と思いますか?」

 

と質問してみると、次のような答えが返ってきました。

 

「何人子どもがいても安心して本人の希望する進路を選べるよう、高すぎる大学の学費や塾代をなんとかしてほしい」(40代男性)

 

「育休や時短勤務・子持ち社員は周りの迷惑だから辞めればいいのに…という職場の空気がなくなってほしい」(30代女性)

 

「赤ちゃんが泣いて迷惑をかけるのを過度に恐れなくてもいいように、各施設・交通機関を整備してほしい」(20代女性)

 

「赤ちゃんのいる男性が夜遅くまで残業せず早く帰っても、仕事上の評価が下げられない企業風土を徹底させてほしい」(30代男性)

 

「不妊治療による医療費補助、有休取得制度、所得控除など、経済的なダメージがもっと少なくてすむようになってほしい」(30代女性)

 

「希望出生率」といっても、掲げられているのはあくまでも数字上の希望。

 

いまリアルに子育てをしているママ・パパたちが求めている上記のような「希望」は考慮されているのでしょうか?

 

この希望と現実の差が生まれるポイントを1つ1つ検証し解消していくことこそ、出生率向上のカギだといえるでしょう。

少子化対策は何がある?ちゃんと進んでいる?

もちろん、国も少子化解消・出生率向上のために次のような対策を考えています。

 

  • 幼児教育の無償化
  • 派遣社員など、非正規従業員の育児休業取得
  • 不妊治療助成の拡充
  • 3世代同居の推進支援
  • 男性(夫)の長時間労働の解消と家事育児への参加
  • 育児中の従業員への職場の理解
  • 待機児童の解消
  • 母親の孤立化防止と精神的負担のケア

 

しかし、少しずつ実現されてきているとはいえ、まだ十分とはいえません。

 

2005年の内閣府の報告書に以下のような記述が見られます。

国民が、子どもを生み育てやすい環境整備が進んだという実感をもつことができていない

15年が経っても、依然としてこの言葉が当てはまると感じる人も多いのではないでしょうか。

日本と世界の出生率推移、違いはどこにある?

その他にも、「このために日本の出生率が下がっているのではないか」といわれる説がいくつかあります。 それぞれ海外の事情と比較しながら考えてみます。

 

「女性の社会進出が出産を妨げているのでは?」という声

「働く女性が増え、彼女たちが出産育児より仕事を選んだことで出生数が減った」という意見もインターネットを中心に見かけることがあります。

 

しかし、住宅費をはじめとした生活費・子どもの教育費・老後資金など、特に都市部で子育てをするには、共働きでないとなかなか家計を維持できないほどのお金がかかります。

 

ある30代のママも、

 

「2歳の長男を保育園に預け、フルタイムで働いています。マンションのローンと将来私立の学校に通わせる可能性を考えると、なんとしても今の仕事を続けたいです。でもうちの自治体は2人目ができたら上の子がいったん退園する決まり。そして再度保育園に入れなかったら、今の職場に残るのは絶望的です。おそらくひとりっ子確定ですね」

 

と話します。

 

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海外と日本のデータを比較すると、欧米では女性の社会進出と出生率がともに上がっていく国がほとんどですが、日本では近年出生率が下がっているだけでなく、女性の社会進出も進むどころか停滞しているという事実が分かります。

 

内閣府「出生率と女性の労働力率の関係(2)」

 

社会進出そのものより、出産した女性が仕事を継続できない仕組みが残ったままの企業が多いのが原因ではないでしょうか。

「未婚の母」に対する世間の目と、実際に母子を取り巻く困難

北欧・ヨーロッパ諸国では婚外子(非嫡出子)の割合は高く、2016年でフランスは約60%、アイスランドでは70%もの子が婚外子であるというデータもあります。

 

いっぽう日本では婚外子は全体の2.3%。

 

これには、昔ながらの価値観により、周囲や時には本人も含め心理的抵抗が強いためと思われます。

 

しかし原因はそれだけではなく、実際に法的な保障が非常に少ないことも重要なポイントです。

 

嫡出子と非嫡出子の遺産相続金額が2013年になってはじめて等しくなったことからもわかるように、日本では婚外子をもうけると不利なことが圧倒的に多いのが現状。

 

もちろん、不倫や避妊をしない性交渉による出生率向上を奨励するわけではないですが、今の日本の法制度では「子どもが苦労をする状況は避けたい」と考えて婚外子を選択しない人が多数派なのは当然のことかもしれません。

マスコミやSNSに「子育ては大変」と植え付けられている?

相次ぐ子どもの虐待報道や、SNSなどインターネットで見かけるのは「育児は辛い、大変」とネガティブな情報ばかり。それを見た若い世代が「子どもがいてもいいことがない」と感じ、産む気にならないのでは?

 

…という説を唱える人もいます。

 

しかし、SNSで苦しい状況を吐露している女性たちは、嘘をついているのではなく、心からそう感じているはず。

 

であれば、「こういう現実は隠しておいた方が、あとに続く女性は何も知らずに安心して出産できるだろう」という考えは問題を先送りにするだけで解決につながりません。

 

ただ、人はネガティブな情報にはポジティブ情報の何倍も気を引かれるというデータもありますし、「育児で大きな問題もなく幸せ」という時にはあえてSNSに書きこんだりしない人も多いでしょう。

 

そうなると、人によっては「世の中は育児で大変な目にあっている人ばかり」という印象を受ける可能性はあります。

 

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海外の育児・教育メディアをいくつかチェックしてみると、問題点とともに、ポジティブな面や解決法もセットで発信しているものをよく見かけます。

 

日本でもできるだけそうなるよう心がけたいものです。

いまの日本社会は「産んでね、でも自己責任で」

今回アンケートで寄せられた意見を総合してみると、目立ったのは、

 

「国は子どもを産んでほしいといいながら、いざ子どもが生まれたら、どんなに困っても親だけでなんとかするしかない」

 

という子育て世代の苦しい状況でした。

 

「車がないので、子どもの検査などはバスや電車に乗らないと行くことができません。1日仕事だからオムツも着替えもミルクも多めに必要で、ぐずった時に抱っこすることを考えると、荷物置きにベビーカーは必須なんですが、車内でも通りすがりに邪魔そうにベビーカーを蹴っていく人や、機嫌よく声を出しているだけでもチッと舌打ちする人などがたくさんいます」(20代・1歳児のママ)

 

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ママたちは「育児そのものが辛い」というよりは、パートナーや職場などから想像以上にサポートが得られないことや、社会で邪魔者扱いされることに辛さを感じている人がとても多いはず。

 

仮にそれを周囲に訴えたり、SNSなどで発信しても「イヤなら産まなければよかったのでは?」「自分(たち)が望んだんでしょう」と自己責任にされてしまう日本の社会がそこにあります。

 

そして、それを見ている次の世代が「出産するとこうなってしまうのか」と一歩引いてしまうとしたら、非常に残念なことです。

おわりに

今回の記事では、令和元年に生まれた赤ちゃんが予想より2年も早く90万人以下になったというニュースについて、子育て世代目線で原因と対策を考えてみました。

 

ほかにも、収入減により結婚に踏み切れない若い世代の増加、団塊ジュニア世代の女性がメインで出産する年齢を過ぎてきたことなど、出生率の低下には複数の原因が考えられます。

 

しかし、「赤ちゃんを産みたい」「もう1人子どもが欲しい」と考える人たちが踏みとどまる原因としては、やはり社会の構造や働き方が現代の子育てにマッチしていないことが大きな原因の1つといえるでしょう。

 

わが子を幸せに育てられるのか心配な社会のまま、「サポートはないけど、子どもの欲しい人だけ自己責任でどうぞ」というのでは、出生率がますます下がってしまうのは避けられません。

 

国だけでなく企業も、転勤や時短制度なども含め、子育て世代を支えられる新しい働き方を本気で考えるべき時期だと考えます。

 

文/高谷みえこ

参考/厚生労働省「令和元年(2019)人口動態統計の年間推計」

内閣府「政府の少子化対策について」

「一億総活躍社会の実現に向けた取組について【特集】」