小学校に上がる頃から聞こえてくるのが「中学受験どうする?」というママたちの声。「子どもが中学受験したいと言ったらどうしよう?」「中学受験ってさせた方がいいの?」などと悩む人は多いのではないでしょうか。
そこで今回は、初めて中学受験を考えるママが疑問に思うことを専門家にうかがいました。教えてくださったのは、40年以上、難関中学・高校受験指導一筋のカリスマ家庭教師であり、日本初の「塾ソムリエ」としても活躍中の西村則康さんです。
何のために中学受験するのか?
——うちの子が突然「中学受験したい」と言い出したのですが、中学受験なんて考えていませんでした。近くに受験しなくても入れる公立中学があるのに、受験する必要ってあるんでしょうか…。
西村さん:
まずは、中学受験のメリットとデメリットを知ることが大切です。メリットですが、1つは、“正しく”受験勉強することによって、思考力を養うことができるということがあります。
——思考力ですか。それって通常の公立小学校に通っているだけでは身につかないものですか?
西村さん:
そうですね、まったく身につかないわけではありませんが、思考力の厚みという点で大きな差があります。というのも、中学受験の学習には、思考力を身につけるための訓練の機会が豊富にあるからです。
——訓練というのは、具体的にどんなことをするんですか?
西村さん:
それは、①今わかっていることから次に何がわかるのか、②答えを出すためには何がわかっていなければならないのか、という風に1つの物事を上からも下からも考える訓練です。
入試問題には公立小学校では習わないような難しい問題や、「この数字とこの数字を引き算して、この数字で割ればいい」という風に、単に手順だけを覚えても解けない問題がたくさん出ます。
そのため、塾では自分なりに過去に収納した知識をああでもない、こうでもないと組み合わせて考えることで結論を出す、というような訓練をかなり綿密に、たくさんやっていきます。そうすることで思考力を鍛えることができるのです。これが“正しい”勉強の仕方です。
——では、悪い勉強法とは?
西村さん:
単なる暗記やテクニックで乗り切ろうとするのが“悪い”勉強法です。
大手塾の大半は大量演習型の繰り返し学習をやっていますから、目の前のテストでいい点をとることだけが目的となって、それをひたすら暗記して乗り越えようとすると、考えずに丸暗記する癖がついてしまう。これが中学受験のデメリットと言えるでしょう。
暗記だけに頼ろうとすると思考力が鍛えられず、5年生の秋ぐらいには限界がきて学力が伸びなくなってしまうのです。
——正しく勉強することが大事なんですね。でも、結局は大学受験でうまくいけばいいのかなとも思ってしまいます。。。
西村さん:
確かに、そういう考え方もあるでしょう。ただ、大学受験を考えるなら、なおさら中学受験勉強をして思考力を鍛えたほうが有利だと思います。なぜなら、小学生で身につけた考え方というのは、大学受験に必要な考え方に直結するからです。思考力の基礎を身につけられる小学生時代というのは非常に重要な時期なのです。
もちろん、大学のレベルや国立/私立などによって大学受験に必要な能力は変わってきます。しかし、単なる暗記やテクニックだけでは通用しない大学もありますし、もっというと、近い将来、AIがいろんな仕事を侵食していくでしょう。子どもたちがちゃんと食べていける大人になるためには、考える力、想像する力が今以上に必要になってくるのです。私は、中学受験の勉強を通してその力を十分に鍛えることができると思っています。
——これからの世の中を考えると、確かに思考力って大事ですね。ちなみに、中学受験をして入る学校はたいてい中高一貫教育ですが、中高一貫校に入ることのメリットもあるんですか?
西村さん:
いろいろあるとは思いますが、大学受験という観点で言えば、例えば都内の私立中高一貫校で進学校と呼ばれる学校は、中2までに中3の勉強が終わって、中3で高校の勉強が始まります。中には中1で中3までの勉強が終わって、中2から高校の内容に入るという学校もあります。つまり、高校までの勉強を前倒しで習うことで、余裕を持って大学受験のための勉強をすることができるということです。
もし公立中学から高校に入った場合は、高校3年間で習うことが多いので、大学受験ギリギリまで新しいことを習うということもあったりして、受験勉強が大変になるのです。
ですから、受験をして中高一貫校に入るというのは、いわゆる“いい大学”に入りやすいというメリットは大いにあると思います。
——大学受験の範囲は広いので、前倒しで習えるのは魅力ですね。中学受験をさせたいと思ったら、やっぱり塾に通わせないと難しいものですか?
西村さん:
そうですね、やはり塾に通わないと厳しいと思います。「塾に行かずに分厚い問題集を数回繰り返して、都内の難関中学に受かった」というお父さんたちがいるのですが、それは30年も昔の話。今はそれではまず受かりません。
というのも、30年前の超難問が今は標準問題になっているからです。それほど、中学受験のレベルはどんどん上がっているんです。
―えー、どうしてそんなに難しくなっちゃうんですか?
西村さん:
それは、学校の中学入試作成グループと、塾の問題分析グループのいたちごっこになっているからです。
塾はちゃんと勉強すれば誰でもそのレベルに達することができるようなことを理想としてやっています。ですから、ある学校で思考力を試すための非常にいい問題を作っても、塾がそれを細かく分析して教えるので、子どもたちは覚えれば解けるようになってしまうんです。そこで、学校側はさらに難しい問題を考えて出題するようになるというわけです。
「受験したい」は努力する意志ではなく子供の気分!?
―なるほど〜、それだとこの先もどんどん試験問題は難しくなっていきそうですね。そうなると、やはり塾に通った方がよさそうですね。共働きなのですが、スケジュール管理とか親がいろいろやってあげないとダメですか?
西村さん:
親御さんの中には、かなり熱心な方もいて、共働きでもみっちりスケジューリングするという人もいます。仕事に行く前にホワイトボードとかに、「今日やること。①計算練習、②塾のテキスト10ページから15ページ」という風に書き残して、仕事から帰ってきたら「やることはどのくらい終わってるの?」って。それで、「まだ足りないかもしれないから、あれもやらせなくちゃ」「ほかの子はもっとやっているかもしれない」ってどんどん増やしていってしまうんです。
そうすると子どもは「指示された事を早く終わらせなくちゃ」とこなすことに精一杯になって、その問題を解くことでそのような問題が解けるという応用力に興味がなくなってしまう。これは非常にまずいやり方です。
もしスケジューリングするなら、子どもと相談しながら、ちょっと頑張ればなんとかなりそうなところを探って決めることが重要ですね。
——もしそれでやっていなかったら、「自分で中学受験したいって言ったのにやってないじゃない!」とか責めちゃいそうです…。
西村さん:
子どもに責任を持たせるのは本当によくない。なぜかというと、子どもが受けたいと思ったのは、意志ではなく“気分”だから。
―え、気分なんですか?
西村さん:
そうです。○○ちゃんが塾に行き始めたから私も行きたい、っていう気分です。努力しようという意志になったわけではないんです。
でも、そういう気分から始まってもいいんです。親は低い階段を何段も用意して、1つずつクリアしていくような気持ちで子どもと付き合っていけばいいんです。いきなり高い目標を設定して、ここまでがんばらなくちゃいけません!なんてやり方はだいたい失敗します。
——では逆に、あまり親は関わらずに、すべて塾にお任せしても問題ないですか?できれば仕事も家事も忙しいので、その方が助かるのですが…。
西村さん:
塾に任せっぱなしというのもよくありません。例えば、親が何もいわなくても塾の宿題を自分できちんとできる子もいます。そういう子は、受験勉強を始める前に十分基礎的な力をつけているため、それほど苦労せずにできていると考えられます。ただ、本当に理解して取り組んでいるのかを時々親が見てあげるというのは必要です。
その際、「答えを見てズルしているんじゃない?」ってチェックするのはよくない。「あ、なんか難しそうな問題をやってるね。お母さんにはわかりそうにないわ。これどう解くの?教えて」などと聞いてみて、子どもが説明できれば理解できている証拠。逆に「おかしいな、あの時はこれで正解できたんだけどな。。。」と説明できないのは、理解できていないので、叱らずに、「じゃあ今度塾の先生に聞いて、教えてね」とするといいでしょう。
あとは、「よくがんばってるね」という労いの言葉をかけてあげることも必要ですよ。
PROFILE
西村則康(にしむら・のりやす)
名門指導会代表、難関中学・高校受験指導一筋のカリスマ家庭教師。日本初の「塾ソムリエ」としても活躍中。コーチングの手法を取り入れ、親を巻き込んで子供が心底やる気になる付加価値の高い指導が評判である。http://nishimuranoriyasu.com/
取材・文/田川志乃、撮影/masacova!