毎日のように児童虐待のニュースが聞かれる昨今、児童相談所などの在り方もニュースで取り上げられることが多くなりました。「児相(じそう)」とも略称される児童相談所ですが、その名称を聞いたことはありつつも、その実態についてはあまり知らないという人が多いのではないでしょうか。
平成30年10月1日付で、全国に212か所あるという児相。児童福祉法にもとづき、各都道府県と政令都市に設置が義務付けられています。しかし、財源や人材確保の難しさが背景にあることから、人口20万人以上の中核市や特別区(東京23区)への設置は義務付けられていない実情もあり、現在、中核市で児相を設置しているのは全国で3箇所(神奈川県横須賀市、石川県金沢市、兵庫県明石市)にとどまっています。
そんななか、中核市として児相の設置を目指しているのが、千葉県船橋市です。
「児相とはどんな役割があるのか」「設置への課題はどんなことなのか」ニュースを聞くだけではなかなか知ることができない実態を知り、私たちも一人の親としていまいちど、児童虐待について考えるきっかけを作るため、千葉県船橋市の家庭福祉課に話を伺いました。
「児童相談所」の役割
名前の通り、子育ての悩みを相談できる場所というイメージはあるものの、その実態を知らないママも多いのでは。実際はどんな機関なのか、正しい知識を得ることが大切です。
身近な育児相談から虐待のケースまで育児の悩みを相談できる
児童福祉法に掲げられている児童相談所の運営方針は、「子どもやその親が抱えている問題に対して、的確な支援援助をする」ことです。育児不安などの身近な子育て相談から、虐待のような緊急対応が求められるケースまで、問題を抱える親や子ども自身が相談できる窓口になっています。それらの問題に対し、最適な支援を提供するのが児童相談所の役割です。 一方で、児童相談所とは別に、より身近な相談場所として、各市区町村には家庭児童相談の窓口が設けられています。児相はこうした窓口とも常に連携し相談内容によって対応しているため、私たちは相談内容を気にしすぎることなく、育児不安などを気軽に相談できるようになっているのです。
虐待の未然防止・早期発見についての取り組み
また、相談対応だけでなく、虐待などの未然防止・早期発見に対しても積極的に取り組んでいます。妊婦のときから家庭訪問などを通じて保健師による支援を行う自治体も多く、フォローが必要だと判断した対象者には、継続的に電話や訪問をする場合もあります。
児童館などを併設している施設もあり気軽に相談できる
児相のなかには子どもの遊び場スペースを併設しているものもあり、気軽に訪問し、相談できる環境が整えられている場所もあります。立地の条件としては、利用者の利便性を考えて駅の近くや、一時的に子どもを保護することもあるため安全な状態で居られるような場所、などが挙げられます。
船橋市が児童相談所の設置を目指す理由
中核市として児相の設置を目指している、千葉県船橋市。なぜ今、設置に向けて動き出しているのか。その意図を伺いました。
虐待相談件数は一日平均3件にものぼる現状
千葉県には6つの県立の児童相談所があり、市川児童相談所が船橋市をはじめ、市川市、浦安市、鎌ケ谷市の相談窓口を担っています。この市川児相に寄せられる船橋市民からの相談は全体の約4割(平成29年度の虐待相談件数は652件)にものぼるそう。 船橋市が設置する家庭児童相談窓口への虐待相談件数も平成29年度は584件あったことを考えると、単純計算で一日あたり3件もの相談が寄せられていることに。悩みを抱える子育てのために支援体制をより強化することが求められています。 ちなみに、市の家庭児童相談窓口への虐待相談件数は、年々増加の一途をたどっていますが、これは、必ずしも虐待自体が多くなったというわけでありません。市の働きかけにより市民の意識が高まった結果、相談件数が増加していることも一因にあるそうです。
船橋市が中核市として児童相談所の開設を目指したきっかけ
船橋市が児相を開設するきっかけは、6年前、船橋市現市長である松戸徹氏が公約として「市に児相を設置することにより、(県を通さず)市のみで継続してケアする切れ目ない体制が確立できる。船橋で育った子は地元でサポートしていく」と掲げ、強調したことに始まります。6年前の当時は中核市として児相を設置する例があまりなかったものの、現在にいたって法律の改正などにより国の支援体制も整い始め、船橋市も具体的に設置案を進めるにいたりました。
船橋市が目指すのは児相と家庭児童相談室の「シームレス化」
先ほどご紹介したように、船橋市民の相談窓口は、市役所の家庭福祉課に設置された家庭児童相談室と市川児童相談所があり、それぞれ年間約600件もの虐待相談が寄せられています。これまで県が担ってきた相談件数を船橋市が担うことになるため、負担が増えることは否めません。 船橋市に児相が設置されれば、妊婦から親御さんまで、相談内容を問わず対応ができます。また、市民にとっても、窓口が一元化されることで、より相談がしやすくなるというメリットがあります。
児童相談所の設置に伴う2つの課題
以前、港区で地元住民による児相設置反対のニュースが流れましたが、昨今では子どもの命を守るため、児相に期待する声は高まりつつあります。市民の理解の他に、中核市の児相設置についてはどんなハードルがあるのでしょうか。
毎年16億円もの支出が…財政負担の課題
一番の課題は、財政的な負担です。法律改正により国の支援も受けられるものの、児相の設置には大きな予算が動きます。船橋市の場合、施設の建設に約16億円、経常的経費(人件費など)に毎年約16億円もの支出が生じる見込み。 船橋市の年間総予算(一般会計)は約2,000億円ですが、新たにその財源を確保するのはとても厳しい状況です。
人材確保および適した人材を育成する
児相設置でもうひとつ大きな課題が人材の確保です。しかも、相談事例に適切に対応できる、専門的な知識をもった職員でなければ勤まりません。個別相談に応じるだけでなく、市の生活支援課、保健センター、保育園などと連携してサポートをする必要があり、業務内容も多岐に渡ります。 船橋市の場合、児相の設置で新たに常勤60人、非常勤30人程度の職員が必要になるとの試算もあり、その確保が大きな課題になっています。
児童相談所の実態がニュースで騒がれているけれど…
児童虐待による悲惨なニュースが流れるたびに、児相の対応ミスが取り上げられるケースが見受けられます。その一方、相談を受けて事態が良好に運び、安心して保護者に引き渡しできるケースも多くあるのが事実です。ニュースでは、こういった事例はなかなか取り上げられにくいだけなのです。私たちはこの事実を知っておくことが、大切なのではないでしょうか。
児相では実際に相談を受けたら、何が問題なのかを見つけ出していき、それにあった支援をします。親が病気、経済的に不安定、親の夫婦関係が不和、子どもが発達障害…など、事例はさまざま。その問題は児相だけで対応できないものも多いので、保育園、学校、病院などの国や民間のさまざまな機関と連携しながら、対象の親や子どもを支援していきます。
また、児相だけでなく、自治体としても市民がSOSを発しやすいような啓蒙活動に取り組んでいます。 船橋市の場合は、子ども自身が気軽にSOSを発信できるように専用ダイヤルを設置。船橋市の非公認キャラクター・ふなっしーのイラストが入った専用ダイヤルのカードを作成し、小学4年生〜中学3年生までの児童に配布をしたり、学校や公共機関に関連ポスターの掲示を行なっています。 また、バスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」の本拠地として、試合でチラシを配ったり、スクリーンで映像を流してもらったりという啓発運動も行っているそうです。このように、少しずつ市民とのタッチポイントを増やして認知を高める取り組みにより、問題が未然に防がれたり、救われている人がいるのも事実です。
私たち一人ひとりができること
児相という場所についての知識を持ちつつ、私たちは一人の親として、昨今の虐待問題に対してどんなことができるのでしょうか。
お母さんの孤立を防ぐことが、虐待を防ぐことにつながる
虐待が顕在化する前に、いかにして未然に防ぐことができるかが大切です。虐待という状況に陥ってしまうのは、母親の孤立という場合が多く見受けられます。 周りで孤立しているお母さんがいたら、「困ってない?」と声をかけるなど、少しでも関係を持つようにしてみましょう。それ自体は小さなことですが、困っているお母さんにとっては、大きな力になることがあります。近所付き合いなど、地域で子どもを支えられる風潮になるのが理想です。「一人で抱えなくてもいいんだ」と、悩んでいる当事者が感じられることが大切です。
児童相談所「189(いちはやく)」に電話通報を
声がけをしても「余計なお世話よ!」と突っぱねられることもあるでしょう。そんなときは、児相に相談してみましょう。匿名での相談ができるので、安心して相談をしてみてください。実際は何もなかったというケースももちろんありますが、何かしらの問題が見つかるケースも多くあります。
児相と家児相を一体的に連携させて、よりスムースな対応を目指しているという船橋市の例からもわかるように、人材の確保や財源の問題などの課題がありつつも、児相の設置を検討している市区町村が増えています。 私たちにできることは、まずは人ごとだと思わず、親子を支える児童相談所についてきちんと理解をすること。児相に相談することを怖がらないこと。一つでも多くの虐待の事例を減らすことができるように、地域の住民として自分だけでなく周りのお母さんにも目を向けること。 そうやって少しだけでも意識を持ってみると、これから助かる子どもが一人でも多くなるのかもしれません。
取材・文/松崎愛香 取材協力/船橋市家庭福祉課