各地の小学校では、9~10月の秋はもちろん、5月頃の春に運動会を行うところも増えてきました。 運動会といえば、近頃ニュースなどでよく見かけるのが、巨大な”ピラミッド”や地上数メートルに達する”タワー”などの「危険な組体操へ」の懸念。 運動会の組体操はそもそも何を目的に行われるのか、これまでの背景や過去にあった事故、小学校ではいま実際にどんな組体操が行われているのか…など、リアルな小学生ママの声をまじえて紹介します。
「組体操」がなぜ危険と言われるのか…禁止・廃止の理由
筆者の小学校時代はまだ昭和。当時の組体操を、薄れた記憶を頼りに(笑)振り返ってみると、マンモス校だったため6年生のみが組体操を行い、クライマックスには運動の得意な男子を中心に3段のタワー(肩の上に立って塔を作る技)を作り、それ以外の子は4段から5段のピラミッド…というものでした。 しかしその後、平成に入ると各地で競うようにピラミッドが巨大化してゆき、中学校では9段や10段のピラミッドが実現。タワーも5段~6段を実現した学校があるということです。
こういった高層の技では、最上段の子の位置は地上7メートル以上にもなり、その高さはマンションの3階に当たりますが、命綱や落下に備えたクッションマットなどはありません。 独立行政法人日本スポーツ振興センターがまとめたデータによると、平成23年度から26年度のあいだに組体操の練習中に起きたケガは年間8,000件を超えるそうです。 昭和44年から現在までのあいだには、後遺障害の残る重大なケガが92件、死亡9人(突然死2名を含む)という報告があり、最近では平成28年に広島の中学校で死亡事故が起こっています。
スポーツや部活中の事故は、他にバスケットボールやサッカーなど色々なスポーツでも起こっていますが、小学校では組体操が全体の中で4番目に多く、運動会は全児童が参加する行事だけに保護者の心配も高まっています。 大阪府八尾市の中学校でも平成27年に10段のピラミッドが崩れて負傷者が出たため、大阪市教育委員会では同年「ピラミッドの段数は5段まで、タワーは3段まで」という制限を取り決めました。
こうした状況を見て、スポーツ庁は平成28年3月、各自治体に通知を出しました。(以下、一部抜粋)
各学校においては、タワーやピラミッド等の児童生徒が高い位置に上る技、跳んできた児童生徒を受け止める技、一人に多大な負荷のかかる技など、大きな事故につながる可能性がある組体操の技については、確実に安全な状態で実施できるかどうかをしっかりと確認し、できないと判断される場合には実施を見合わせること。
これを受け、東京都立の各学校では平成28年度の組体操を原則休止としています。 組体操の休止やプログラム変更により、翌年の組体操に関連した事故やケガの報告数は大幅に減ったとのこと。 しかし、一律休止・廃止した地域では、子どもたちや保護者からも落胆の声が上がっているようです。
組体操のそもそもの目的は?
組体操が欧米から日本へ伝わり、小学校の体育に取り入れられたのは昭和初期だという記録が残っています。 当時は「タンブリング」や「ピラミッドビルディング」などと呼ばれていましたが、戦時中に外来語の使用が禁止された影響などから、戦後、日本各地で「組体操」「組み立て体操」という呼び名が使われるようになりました。
現行の学習指導要領では、運動会は「体育的行事」と表記されています。 そして「組体操」をするようにという記載はなく、運動会を通じて「規律ある集団行動の体得」「責任感や連帯感の涵養」「体力の向上」などを身につけるよう求めています。
もともとスポーツが好きな子だけではなくクラスや学年全員が難しい技を練習して成功させることで、連帯感や団結力・仲間への信頼・支え合うことの大切さ・難しいことをやり遂げた達成感などが高まる…というのは納得できますね。 見ている保護者や地域の人にとっても、入学時は小さかった子どもたちが心身共に成長した姿や、学年全員の息の合った演技など、組体操には感動と魅力があります。
しかしそれが、見栄えや他校へのライバル心・学校の指導力を見せたいといった気持ちが強くなりすぎると、子どもたちの体力や練習時間の不足、安全管理などを置き去りにしたプログラムを強行することにつながってしまうのではないでしょうか。
「組体操」に思う…現役小学生ママの声
2019年現在でも、大阪の小学校が運動会で独自に7段のピラミッドを予定し保護者から反対の声が上がるなどたびたび話題になる組体操ですが、いま各地の小学校では実際どのような組体操をしているのか、それとも実施していないのか…お子さんが小学校に通っている現役ママに話を聞いてみました。
「うちの子の小学校では、ピラミッドの段数はここ数年で5段→3段→2段と減っていき、今年はついに組体操自体がなくなってダンスに替わりました。練習時間が確保できない上に、授業外での練習が禁止になったのが原因でしょうか?でも、V字バランス・Y字バランスなどができる子が少なくなり、組体操のクオリティが年々落ちてきたのも事実なので良かったのかもしれませんね」(Nさん・35歳・6年生と3年生のママ)
「例年、5年生と6年生とが組体操をしますが、ピラミッドは今年から6年生だけになりました。段数は4段。タワーはなく、危ない技は減る方向ですね。それでも、人気があるためか団結力が増すためか…廃止にはならないようです」(Aさん・41歳・5年生のママ)
「うちの子の学校では以前のような大技がなくなった代わりに、数年前から他の要素も取り入れるようになっており、今年は旗と組み合わせていました。見ごたえもあり、先生方の工夫も伝わってきましたよ。組体操は子どもたちのかっこいい姿やお友達とタイミングを合わせて協力する姿を見られて、親としてはこういう形で続いてくれるのはうれしいです」(Yさん・38歳・6年生のママ)
「息子の学校ではピラミッドやタワーなど、段数は低いものの危険の伴う技が今でも取り入れられています。どんなスポーツにも危険はつきものなので、止めてほしいとまでは言えませんが、あるスポーツで選手コースを目指しているので、思わぬ怪我をするのは常に心配ですね」(Kさん・40歳・5年生のママ)
現在小学校で行われている組体操はどんな技?
組体操そのものを廃止した小学校も出てくる一方、継続している小学校では、できるだけ危険が少なく見る人に最大限の感動を与えるような技の工夫が進められています。 ポイントは、高さを出すのではなく、横に大きく展開したり、全身を使ったダイナミックな動きで迫力や美しさを演出することだそう。 また、数人が手をつないで横に広がる「扇」など、比較的安全な技は今も健在。
難しくはないけれど、十分な安全管理が必要な「サボテン」「飛行機」などは、子どもたちの体格や到達度をよく観察して安全管理を徹底し行っているということです。
まとめ
日本体育大学の三宅良輔教授が平成29年に行った事故防止講習会の中では、以下のようなコメントが語られています。
威圧的な号令や笛・太鼓の合図の中で、下を向きながら一人で苦しい顔をして耐えさせるのではなく、顔を上げて仲間たちと目と目で合図を送ったり、お互いに声をかけあったりしながら多くの笑顔あふれる発表にすることができたら、組立体操はもっと教育的価値が上がる
伝統や「苦痛に耐えることが良い」という価値観に縛られることなく、子どもたちの成長につながり、見る人に感動を与えてくれるような組体操は可能だと思わせてくれる言葉ですね。 これから小学校にお子さんを通わせるママやパパの参考になれば幸いです。
文/高谷みえこ
参考:九州大学大学院統合新領域学府ライブラリーサイエンス「組体操の呼称と学習指導要領への位置付けに関する研究」 https://taisou.jp/journal/18-1/index.htm
文部科学省「馳浩文部科学大臣記者会見録(平成28年3月25日)」 http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1368946.htm
事故防止講習会資料『組立体操の指導における怪我の現状と今後の在り方』 https://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/anzen_school/H29seikahoukokusyo/H29seikahoukokusyo_2_zitugi.pdf
スポーツ庁政策課学校体育室「組体操等による事故の防止について」 http://www.mext.go.jp/prev_sports/comp/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2016/10/05/1377941_010.pdf