17歳でデビューし、『11PM』など華々しい世界で活躍。世の男性たちを虜にし、一斉を風靡した小栗香織さんは、現在は女優と、写真集やグラビアを手掛ける出版プロデューサーとしても活躍しています。撮られる側から、撮影を支える側へのキャリアチェンジ。戸惑いの先には、意外な楽しさがあったといいます。

デビュー当時は「笑っていればいいよ」と言われていた

小栗香織
17歳でデビューし、『11PM』の顔に抜擢された小栗さん(撮影:西田幸樹)

── 1980年代後半から、伝説的な深夜番組『11PM』でカバーガールを務めるなど、大活躍された小栗香織さん。デビューは17歳だそうですが、子どもの頃から芸能界を目指していたのでしょうか?

 

小栗さん:いえ。何度もスカウトはされたのですが、そのたびに断っていたんです。でも、あるスカウトの方がすごく積極的で。私が公衆電話から家に帰るコールをかけているときに、後ろから私が押している番号を見て、帰宅後に自宅に電話をかけてきたんです。そんな情熱的なら「事務所の社長さんに一度会うだけなら」とお会いしたら、そこからどんどん仕事が決まって、やめるにやめられなくなってしまったんです。

 

── 後ろから番号を見られて自宅に!今だったら少しヒヤッとするような、時代を感じる強烈なエピソードですね(笑)。芸能の仕事をやめようと思ったことは?

 

小栗さん:一度だけありました。デビューのきっかけは驚きでしたけど(笑)。楽しいと思えたから続けられたんだと思います。仕事をしていくうちに「もう少しこういうことをやりたい」「これもやってみたい」という気持ちが生まれていきました。

 

── バブル絶頂期には爆発的な人気を集め、写真集を何冊も出版しています。順調にキャリアを築いていたはずですが、20代後半になって突如、裏方の仕事を始めることに。それはなぜですか?

 

小栗さん:もともとデビュー前は大学進学をして、芸能界に入ることは考えてなかったので、10代から芸能の仕事しか経験していないことに、自分のなかでずっと違和感があったんです。

 

── 20代後半といえば、社会に出て揉まれた同世代も、キャリアに悩んだり、新しい道を模索したりする時期ですよね。

 

小栗さん:とはいえ、芸能しか知らない私が急に会社勤めをするのはハードルが高かった。洋服が好きだったのでデザインの学校に行ってみたりもしたのですが、模索を続けるうちに芸歴が10年ほどに差し掛かってしまいました。

 

その頃、デビュー当時にお世話になったプロデューサーさんと、ときどき食事をしていたんです。仕事について相談したら、その方から「俺の仕事、手伝う?」って。「じゃあ、ちょっとやってみます」と、タレントの仕事を続けながら、その方が手掛ける出版業のお手伝いを始めたのがきっかけでした。

 

── それまでのタレントという華々しい立場から、アシスタントになることに抵抗はありませんでしたか?

 

小栗さん:「今まで自分がやってもらっていたことを、今度は自分がやるんだ」という驚きはありました。でも、不思議に嫌だなとは思わなかったんですよね。何もかもが新鮮で。スタッフの方たちと普通にお話しできるのも楽しくて。

 

時代もあったと思いますが、私がデビューした頃は、マネージャーさんが周りのことを全部やってくれて、「現場で笑っていればいいよ」と言われていたんです。仕事が終わったら「お疲れさまでした」と、そのまま帰る。ヘアメイク中に少しスタッフさんと話すことはあっても、相手がどんな人なのかわかるほど話す機会は、ほとんどありませんでした。

 

裏方になってからは、スタイリストさんやヘアメイクさん、編集の方とやりとりをするようになって。そこで、私は人と関わる仕事が好きなんだなと気づいたんです。

「タレントの腰掛け」と思われたくなかった

── 裏方の仕事も兼業するようになり、今年は浅香唯さんの40周年記念写真集をはじめ、最近では43歳になった真木よう子さんのグラビアをプロデュースして話題になりました。出版に関する仕事は、どのように覚えていったのでしょうか。

 

小栗さん:最初の2年間は、女優とアシスタントの二刀流でアシスタントとして雑誌や撮影現場のお手伝いをしながら基礎をしっかり教えていただきました。おかげで独立した今も、自分で仕事ができているのだと思います。

 

── タレントとして知られていることが、仕事のしづらさにつながる場面もありましたか?

 

小栗さん:出版社や撮影現場に行くと「なんで小栗香織が来てるの?」という反応はありましたね。編集者やスタッフさんが戸惑っている様子を見るたびに「今、こういうこともやっていまして」と説明していました。

 

「タレントが腰掛けでやっている」とは思われたくなかったので、そこはしっかりやってました。タレントだから、と軽く見られないように、気持ちを切り替えて取り組んでいました。

 

── 逆に、タレントとしての経験が生きたことは?

 

小栗さん:撮られる側の気持ちがわかることですね。撮影をご一緒したタレントさんから、「やりやすい」と言っていただくこともあります。安心してもらえたり、信頼してもらえたりするのは、出る側の経験があるからからだと思います。

 

だいぶ前に、小沢真珠さんの写真集を作ったときには、現場で私も水着になって撮影しました(笑)。

「どっちがタレント?」と言われても薄着で現場へ

小栗香織
「撮影中は恥ずかしい思いもあった」と語る小栗さん。19歳のときの写真集『四角より丸が好き』より(撮影:小澤忠恭)

── プロデューサーの小栗さんも、水着に?

 

小栗さん:そうなんです。自分が水着で撮られていたとき、周りには服を着た男性が大勢いて、腕を組んで撮影を見ている。その光景が恥ずかしくて、やりづらかった記憶があります。

 

だから、こちらも同じような格好になれば、撮られる方が少しでも緊張せずにいられるかなと思って。その撮影では、カメラマンもスタイリストも女性で、私から声をかけました。「みんな水着になろう!」って(笑)。そうしたら、小沢さんも安心して、撮影がなごやかな雰囲気になったんです。

 

今でもグラビアなどの撮影では、なるべく自分も薄着で現場に行くようにしています。「なんで小栗さん、そんなに肩を出してるの?」なんて言われますけど(笑)。撮られる人と同じ気持ちでいたいですし、気温や室温もわかりやすいんです。撮られる人だけ薄着にはしたくない気持ちがありますね。

 

── どんな仕事でも、立場が変わると「やる側の気持ち」って忘れがちですよね。小栗さんのように当時の感覚を忘れず、相手と同じ目線に立って配慮できる姿勢は、どんな職場や人間関係でも大切なことだと感じます。だからこそ、相手の方も安心して心を開けるのでしょうね。

 

小栗さん:スタッフから「どっちがタレントなの?」「タレントがふたりいるよ」とイジられることもあります(笑)。でも、そういうところは、自分の経験を生かせる部分なのかなと思っていますね。

 

長く続けていると、新人だった編集者の方が編集長になっていたりもして。そういう方たちと、今も仕事をさせてもらっています。

 

── プロデューサーの仕事が25周年を迎えたそうですね。タレント業とは違った、ものづくりのどんなところに楽しさを感じますか?

 

小栗さん:写真集や雑誌ができあがると、やっぱり嬉しいですね。創る過程も好きです。「こういう構成にしよう」「紙はこれにしよう」「表紙はどうしよう」と、デザイナーさんや編集の方と相談している時間も楽しくて。

 

デビューした頃は予想にしていないセカンドキャリアになりましたが、タレントだからこそ、活かせる経験がある。私は人が好きなので、どんな仕事でも、さまざまな人と関わることが楽しいんです。

 

17歳で「撮られる側」としてキャリアをスタートするも、今やプロデューサーとして「支える側」で、のキャリアは今年プロデューサーとしては25年。立場や時代が変わっても現場で愛され、活躍できたのは17歳で芸能界に入って、学業と仕事をしてきて、いろんなお仕事をさせていただき、デビューから今年で38年、今まで続けてこれたのは、きっと私は、「人が好き」なんだと思います。

 

いろんな方と出会って、お仕事をして、創り上げていくのが楽しいんです。それは、俳優としてもプロデューサーとしても同じだと思います。これからも小栗香織として続けていきたいと思います。

 

取材・文:イワイユウ 写真:小栗香織