夫婦だからこそ、「ありがとう」「ごめんなさい」は大事と話す妻に、「照れ臭い」と言い返す夫。お互い再婚同士のマイク眞木夫妻。妻の加奈子さんはその不満解消にある作戦を思いつきます。それはこれからも添い遂げるために、気持ちを伝え合うひとつの儀式だったのかもしれません。
「ありがとう」を口に出さない夫への作戦

── 夫で歌手のマイク眞木さんとの20年以上にわたる結婚生活で、加奈子さんには、ずっと抱えてきた「ある不満」があったそうですね。
眞木さん:主人は「ありがとう」と「ごめんなさい」が、なかなか口に出せない人なんです。ワイルドな印象がありますけど、すごく照れ屋で気持ちを言葉にするのが苦手。私が「照れくさいかどうかはあなた個人の問題で、相手にはちゃんと言葉で伝えないとわからないよ」と言っても、主人は「心の中では十分思ってる」と。でも私は、それがどうしても納得できなかったんです。思っているだけじゃ、相手には伝わらないじゃないですか。
だから、いつか主人に「ありがとう」と言わせてやろうとずっと思っていたんです。そこで10年ほど前、半年がかりの「ある作戦」に出ました。
──「ありがとう」のひと言のために、半年。いったい何をしかけたんですか。
眞木さん:ちょうどそのころ、NHK『みんなのうた』から主人に作曲の依頼が来たんです。歌詞は一般公募し、主人がその中から選んで曲をつけるという企画でした。するとマネージャーから、「加奈子さんも応募してみませんか」と言われたんです。
ただ、歌詞が私だとわかった状態で選考されれば、身内だからという余計な配慮が入り込むかもしれない。それが嫌で、別の名前で応募することにしました。主人のことを思い浮かべながら、「ありがとう」という言葉が何度も出てくる歌詞を書いたんです。
応募は100通くらいあったそうです。主人は当然、私の歌詞がその中に紛れ込んでいることなんて知りません。私も知らん顔をして、「選考どう?」なんて聞いていました。するとある日、「面白い歌詞が残ってるんだよな」と言うので、FAXで送ってもらったら、それが私の歌詞で驚きましたね。しかも最終的に、私のものが選ばれたんです。主人は作詞者が私だとは知らないまま曲をつけました。
夫へのドッキリ作戦は成功するも最初は…
── そして迎えたレコーディング当日。マイクさんには、どうやって正体を明かしたんですか。
眞木さん:主人にはマネージャーから「今日は作詞家の方もご挨拶にいらっしゃいます」とだけ伝えてあったそうで、私はスタジオの隣の部屋に隠れていたんです。主人が「じゃあ、レコーディングを始めようか」と言ったところで、マネージャーが「その前に、作詞家の方をご紹介します」と扉を開けた。そこで私が出ていったんです。
── いよいよ種明かしの瞬間ですね。マイクさんはどんな反応を?
眞木さん:私が作詞したなんて思ってもいない主人は、私を見るなり「あれ、遊びに来たの?」って(笑)。「いえ、私が作詞家ですよ」と言ったら、最初はふざけていると思ったみたいです。でも事情を話すと、目を丸くして驚いて、それからだんだん怪訝な顔になっていきました。
── なんだか雲行きが…。
眞木さん:私はてっきりサプライズに驚いて喜んでくれると思ったんです。ところが主人は、「俺は半年間も騙されていたのか!」って、ものすごく悔しがって(笑)。喜ぶよりも、自分だけ半年間知らされていなかったことのほうに引っかかったみたいです。たしかに、半年はちょっと長すぎたかもしれませんね。
でも、100通ほどの中からあの歌詞を選んだのは主人自身。歌詞には、照れくさくて「ありがとう」が言えない主人そのものを書いていたので、本人にもどこか引っかかるものがあったんだと思います。口には出さなくても、「ありがとう」の気持ちはあるんだな、とも思いました。自分で選んだ「ありがとう」の歌詞に曲をつけ、その歌がNHKで流れている。曲を聴くたびに、内心「言わせてやったぞ」と思っていました(笑)。
主人には今でも「『ありがとう』と『ごめんなさい』。このふたつを言えたら、家庭も世界も平和になるのよ」と言っています。
まだ何か始めそうな夫の行く末が楽しみ

── そんなマイクさんも今年で82歳を迎えます。これから先の夫婦の時間を、どんなふうに描いていますか。
眞木さん:主人は若い頃にラグビーをやっていた影響もあるのか、今は股関節が悪くて、今度手術をすることになりました。でも、5年くらい前から勧めても、「体にメスを入れるのは嫌だ」とずっと渋っていたんです。
主人は自分の好きなものに囲まれて、自分のペースで過ごすのが何より好きな人。それに人前で裸になるのも苦手で、温泉にも「見られるのがイヤだ」と行かないくらいなんです。だから私も「このまま歩けなくなったら、自分でできないことが増えて、誰かの手を借りなきゃいけなくなるよ。あなた、それが一番イヤでしょう?」と話しました。するとようやく「自分でできる時間を長くするために手術する」と決めたんです。
同級生が施設で暮らすようになったという話を聞くことも増えていますが、主人は集団生活がとにかく苦手で、「自分にはムリだ」と。だから、できるだけ長く、自分らしい暮らしを続けて、彼らしく人生をまっとうしてほしい。私も、できることなら最期まで家で一緒に過ごして、主人を自宅で看取りたいと思っています。
ただ、主人のことだから、このまま静かに老後を送って終わるとも思えないんですよね。最後まで何か新しいことを始めたり、また周囲を驚かせたりするんじゃないかなって。じつは私自身、それを楽しみにしているところもあるのかもしれません。
取材・文:西尾英子 写真:眞木加奈子