「私の余命はどれくらいですか?」

── 出産後、抗がん剤治療を続けながら、ようやく家族3人の生活が始まります。しかし、穏やかな時間は長くは続きませんでした。
清水さん:睦さんは30代で体力もあるし、子どもの存在が生きる力になるはずだと信じていました。ところが12月中旬、主治医から突然「ひとりで病院に来てほしい」と電話があったんです。翌日病院へ行くと、肺と腹部への転移が進んでいて、余命についても「あと数か月」という話が出て…。「これはもう助からない」と直感し、目の前が真っ暗になりました。
当時は放射線や抗がん剤による治療に加え、腫瘍が腸を圧迫して腸閉塞も起こしていました。お腹に便や水、ガスがたまり、腹部の張りや嘔吐感、食欲不振、だるさ、強い痛みによる不眠にも苦しんでいたんです。僕はその苦しさをそばで見ています。あれだけきつい治療に耐えてきたのにがんは治まるどころか進行している。できるすべての治療をやっているのに、がんの増殖するスピードが速すぎる…完全に心が折れました。
しかも先生からは、「そのことを奥さんに伝えるかどうかは、あなたが決めてください」と言われたんです。
── あまりに重い選択です…。睦さんにはどう伝えたのでしょうか。
清水さん:彼女の性格を考えると、転移のことをそのまま伝えたらショックで生きる気力を失ってしまうかもしれない。でも何も知らないまま病状が進めば、やりたいことをする時間さえ失ってしまう。本当に悩みました。その結果、家族や友人とも相談して、転移という事実は伝えず、「薬の効きがあまりよくないから、やりたいことがあるなら早いうちにやろう。故郷の福島に帰ることも考えよう」とボカした状態で告知することにしました。医師にもその方向で話をしてもらうよう調整しました。
ところが、その告知の際、睦さんが突然、「先生、私の余命はどれくらいなんですか?」と聞いたんです。その瞬間、その場にいた全員の顔が引きつりました。先生も苦しそうに顔を歪め、ひと呼吸置いて、「一般的には2〜3年と言われますが…」と答えました。彼女はそれ以上、質問を続けませんでした。
── その後も、抗がん剤を続けるか、残された時間を穏やかに過ごすか。睦さんの気持ちは揺れ続けたそうですね。
清水さん:僕たち周囲は、完治を目指すより、残された時間をできるだけ穏やかに過ごしてほしいと考えるようになっていました。でも本人にとって、治療をやめることは「治るかもしれない」「死なずにすむかもしれない」という希望を手放すことでもあるんですよね。
一度は「抗がん剤をやめて1か月しか生きられなくても、元気な体で息子と1か月過ごすほうがいいのかな」と決心しても、数日後には「もう1回治療したい」と気持ちが変わりました。「新しい薬が出た」と聞けば、それが劇的に効くかもしれないと希望を持ち「試してみたい」と言いました。人は生きることを簡単には諦められないんだと実感しました。「あのとき彼女に何と言えばよかったのか」「もっと違う接し方ができたんじゃないか」、今でも考えることがあります。