NHKにも密着取材され、注目を集めるゲイカップルのハヤトさんとタカフミさん。3歳の女の子「なーちゃん」を、生後1週間から男性2人で育てています。戸籍上の親子になるまでの手続きの煩雑さ、育休が取れない現実、「男親だから」という無言の圧力──数々の苦労を乗り越える原動力となったのは「子どもの幸せが最優先」というふたりの強い思いでした。

女性カップルと協力し授かった娘は今3歳に

ハヤト タカフミ
両家そろってお宮参り

── 3歳の娘「なーちゃん」を育てる看護師ゲイカップルのタカフミさんとハヤトさん。「子どもが欲しい」という思いをつづったブログを読んだ女性カップルから「お互いひとりずつ子どもを育てられるよう、協力し合おう」という提案を受け、7年後にわが子との生活が実現に至ったそうですね。

 

ハヤトさん:海外のゲイカップルが子育てしている姿を見て、「いつか自分たちも…」と考えてはいたのですが、「日本では難しいかな」という気持ちも正直ありました。連絡をもらった女性カップルからは「将来的に複数の子どもを迎えることになったら、それぞれの家庭で子どもを育てて、お互い会いたい時には会えるようにしてはどうでしょうか」という提案でした。子どもの意思を最優先にすること、子どもが自分のルーツを知れるようにすることなど、お互いの認識を確認しながら、話し合いを重ねていきました。

 

タカフミさん:実現に至るまでは周囲の反対の声はありました。いまの日本で僕たちのような家庭は珍しく「偏見の目で見られる」という意見も理解しています。でも「それだけじゃない」という思いがあり、親として何があっても子どもの権利を尊重する覚悟はできていたので、根気強く周囲に理解を求めようと決めていました。法的には司法書士さんに合意書などを作成してもらい、子どもが双子だった場合や障がいがあった場合などあらゆる可能性を考えて慎重にものごとを進めていきました。

 

── 3年前、なーちゃんが生まれた時は、すぐに病院に会いに行ったのでしょうか?

 

タカフミさん:病院の近くのカフェで何時間も待機して「無事に産まれました」という報告を受けて、病院には寄らずに帰りました。まだ、コロナの警戒期間が明けたばかりの時期で病院の方針などもあり、病室に入ることはできなかったんです。

 

ハヤトさん:生まれてから1週間後、退院のタイミングでなーちゃんを託してもらうことになりました。私たちは千葉県在住。相手女性が出産された病院はかなり遠方だったため、何台かタクシーを乗り継ぐ形で自宅に戻りました。赤ちゃんをこの手に抱っこできた嬉しさもありましたが、自分たちがこの子の命を守るという緊張や責任感が強かったです。

 

── タカフミさんは一時、仕事を辞めて育児に専念されていたそうですね。

 

ハヤトさん:私は小児科で看護師として働いているのですが、多忙な職場でなかなかまとまった育休は取れませんでした。なのでふたりで話し合って、タカフミには申し訳ないけど前の職場を辞めてもらい育児に専念してもらったんです。私たちが男性同士で結婚したことを職場で知る人と知らない人がいるから、「奥さんがいるから大丈夫でしょ」みたいな風潮もあって、そのつど説明して驚かれて、といった形でした。

 

タカフミさん:僕が仕事を辞めたのは、遺伝子上の父親はハヤトだけで、同性パートナーは国が定めた「育休」の対象外だったからです。長期休みを取得するのも難しく、待望の赤ちゃんが我が家に来てくれたのだから、と思いきって仕事を辞めました。初めての子育てはわからないことだらけで心配が尽きず、広島の実家に住む母に1か月ほど来てもらい、育児を手伝ってもらいました。母が広島に帰った時は心細くてしかたなかったです。その後、無事に保育園に入れて、いまは精神科の訪問看護の仕事をしています。

 

ハヤトさん:2人で保育園の見学に行った時、園長先生に「私たちは男性同士のカップルで娘には『パパ』と『チッチ』と呼ばせています」と伝えたら「そうなんですね」と、まったく驚くことなく、サラッとした対応で受け入れてもらえたのでホッとしました。

「結婚しても法的には養子縁組」夫婦になれない訳

── 戸籍の話が出ましたが、法律的に家族になるのは大変だったのではないでしょうか。

 

ハヤトさん:もう、そこがいちばん大変でした。なーちゃんが生まれた時も制度上、いったん妊婦さんの戸籍に入るので、氏変更申し立てをしました。そして出生届と一緒に「親権届」というものを提出し、その届けに「父母の協議により親権者を父と定める」と記載しました。許可が下りて私の戸籍に入るまでに3か月かかったので、その間、保険証はなく、医療費はすべて自費で支払っていました。

 

日本では同性カップルの片方が単独で養親になることは可能ですが、カップルとしての共同養子縁組は認められていません。そのため、タカフミは戸籍上、生まれてくる子とつながりがないんですよね。もし僕が死んでしまったら、タカフミが子どもを引き取れなくなるかもしれない。それが怖くて、タカフミと私で養子縁組をしました。          

 

タカフミさん:ただ、養子縁組をして僕がなーちゃんの「養祖父」となっても、日本の法律上、父母以外は親族であろうと誰であろうと直接「親権」を得ることは原則として認められていません。親権者がいなくなった場合は、家庭裁判所が子どものために「未成年後見人(みせいねんこうけんにん)」を選任するんです。なので、念には念を入れてハヤトには、「未成年後見人」を僕に指定した遺言公正証書を作成してもらい、不測の事態が起きても、僕がなーちゃんと暮らせるように手を尽くしています。

 

ハヤトさん:私たち、別に親子になりたかったわけじゃない。好きな人と結婚して、その人と一緒に子どもを育てる、ただそれだけのことがしたかったんです。ふつうの夫婦であれば知らずにすむ制度に詳しくなり、たくさんの書類を書いてやっと親になれました。いまある制度の中で、子どもを守るためにできることをしようと必死でした。

 

── おふたりの覚悟が伝わってきます。制度だけではなく実体験として、この3年間、男性同士の育児で困ったこと、感じたことはありましたか?

 

タカフミさん:町に出てみて気づいたのは「日本は男性が育児をする前提でつくられていない」ということ。男子トイレにはおむつ台がないことが多く、あったとしても入口付近の利用者がたくさん通るような場所に設置されていて、プライバシーがありません。飲食店ではお店の人に頼んで、女子トイレのおむつ台を使わせてもらうこともありました。授乳室もママの聖域というか、男性だけだと入りづらいですよね。

 

ハヤトさん:なーちゃんがまだハイハイをしていた頃、子育て広場に時々遊びに行っていました。履いていたスパッツが汚れたので脱がしたのですが、その日だけたまたま着替えを持っていなかったんですね。ワンピースだけで過ごしていたら、後日ママ友さんから「女の子なのにスパッツ履かせないでおむつ丸出しなんて、男の人って気が利かないと他のママが言っていたんだけど…」と、噂されていることを聞きました。

 

それからは絶対に着替えを忘れないようにしていますし、「やっぱり男親しかいないから」と言われないよう、三つ編みの練習をして髪型もつねにかわいくするようにも意識しています。