元フィギュアスケーターの村主章枝さんは、日本とトルコで不妊治療をされました。流産を経て4回もの治療に向き合い、今後については「まだ結論は出ていない」と話す村主さん。「誰かの役に立つかもしれない」との思いから、不妊治療の経験と現在の胸の内について、初めて語ってくれました。
「私の経験が誰かの役に立つなら」
── アメリカ人男性との結婚、流産のご経験、また不妊治療に取り組んでいたことを公表されました。反響はいかがでしたか。
村主さん:結婚に関しては、みなさんからたくさんお祝いのメッセージをいただいたのですが、不妊治療について聞かれたのはこのインタビューが初めてです。やはり結果に結びついていないので、聞きにくい話題なのかなと感じています。

不妊治療を始めてわからないことがたくさんあり、「もっと早くに言っていたら知ることができた情報もあったのかな」と思うこともあったので、私の経験が誰かの役に立つかもしれないとの思いでお話しすることにしました。
── 不妊治療を始める前に、流産をしていたそうですね。
村主さん:お互いに仕事にまっしぐらだったころに妊娠がわかりました。ところがそのあと流産してしまって。そのあとから不妊治療について考え始めました。
日本での不妊治療は「メンタル的に厳しく」
── 最初は日本で不妊治療をされていたそうですね。
村主さん:2018年からアメリカに移住し、映像制作の会社を立ち上げました。海外生活が長くなりましたが、治療についてはやはり日本語で説明を受けるほうが安心だと思い、まずは日本で体外受精にチャレンジしました。細胞分裂を繰り返した受精卵の状態を胚盤胞というんですが、この胚盤胞の検査結果がよくなくて。子宮に戻すことができませんでした。
病院では、結果について淡々と話をされるだけで、「何が原因でそうなった」という理由の説明がありませんでした。周りからは「そんなもんだよ」と聞いていたんですけど、2回とも同じ結果で、相変わらず何が理由でダメだったのかわからないままでした。
やっぱり私はアスリートなので、原因を追及するプロセスが習慣づいていて、何かを改善しないと、「きっと次もよくはならない」と思ってしまうところがあるんです。病院によっても違うと思いますが、改善策を提示されずに次に挑むことはメンタル的に厳しかったです。日本には実家があるので、滞在費など資金面での負担は少なかったのですが、再び日本でチャレンジしようとは思えませんでした。
── その後、どうされたんですか。
村主さん:現在暮らしているアメリカで治療しようと思っていました。ところが、アメリカの不妊治療は1回につき何百万円単位で、費用面での負担が大きかったのと、強い薬を使うため身体的な負担も大きいという話を聞いていたので迷いがありました。
不妊治療前の検査まではしたのですが、私の甲状腺の値が悪かったにも関わらず、「このまま進めましょう」と言われたことにも疑問がありました。他の意見も聞きたいと思い、知人の産婦人科医に相談したところ、トルコの病院をおすすめされたんです。そこで、思いきってトルコで不妊治療にチャレンジすることにしました。
トルコでの不妊治療「凍結した卵子を自ら運び」
── トルコは、不妊治療の技術力の高さやアメリカの数分の1とも言われる価格が後押しして、観光と組み合わせた「不妊治療ツーリズム」を国が推進しているそうですね。
村主さん:トルコでは、2つの病院で不妊治療を行いました。1つ目の病院で採卵をして、卵子をいくつか凍結したんですけど、凍結させた自分の卵子が入った大きなタンクを自分で持って病院を渡り歩きました。日本では移送のサービスがあると聞きましたが、トルコでは「これ、自分で持っていって」と言われて(笑)。

── 自分の身体から採卵した卵子とはいえ、そのタンクを自ら運ぶとは!
村主さん:振り返ってみても貴重な体験でした。結果として、トルコでチャレンジした2回ともうまくいかなかったものの、自分のなかでは「ベストを尽くせた」という感覚がありました。
── それはなぜですか。
村主さん:採卵の前に卵胞を育てるための自己注射をすることが多いのですが、トルコの2つ目の病院では、別の方法を試しました。胚盤胞を子宮に戻すところまでは進めなかったのですが、これまでと違うアプローチが画期的でしたし、納得して治療を進めることができたので、トルコに行ってよかったと思っています。