25歳のとき、作曲家のたかはしごうさんと結婚したribbonの松野有里巳さん。子どもができるのを待ち望んでいましたが、胎児が育ちにくい不育症が発覚。不妊治療を行ったものの3回の流産を経験し、32歳で「もう子どもはいらない。夫婦ふたりの人生を生きよう」と決意したそうです。大きな決断に至るまでには、さまざまな葛藤があったと振り返ります。

2度の流産後に「不育症」が判明し

── 松野さんは1980~90年代、現役高校生の頃からアイドルグループ「ribbon」のメンバーとして活躍。22歳で芸能活動を休止し、25歳で結婚されました。3年後、28歳で待望の妊娠が判明したそうですね。

 

松野さん:妊娠がわかってすぐ出血が続いたので入院することになりました。そこで子宮について調べた結果、子宮頸がんになるかもしれない「3B」の細胞が見つかったんです。胎児は結局、出血とともに早期流産してしまったのですが、そのまま入院して子宮頸がん予防のための子宮円錐切除術(子宮の入り口を円錐状に切り取る手術)を受けました。

 

この手術だと子宮が温存できますし、子宮頸がんなのか、疑いだけなのかを詳しく調べることができると聞いて手術することにしたんです。幸い取り出した細胞から、子宮頸がんの反応は出ませんでした。

 

── 妊娠の喜びから一転、感情の変化が追いつきませんね。

 

松野さん:私としては子どもができることを待ち望んでいたので、診断結果や手術よりも流産のショックや悲しみのほうが大きかったです。でも、よく考えたら、私はそれまで子宮頸がんの検査を受けたこともなかったんですよね。だからしばらくすると、「一時は私の中に宿った赤ちゃんが、がんから救ってくれたんじゃないか、逆によかったんじゃないか」と思えるようになりました。

 

その後、自然に任せていては難しいかもしれないと思い、不妊治療を始めました。そして30歳のとき再び妊娠したんですけど、そこでも早期流産してしまって…。精密検査の結果、母体の中で免疫細胞が赤ちゃん(胎児)を異物として攻撃してしまう「不育症」だとわかったんです。

麻酔をしていても「痛い、痛い!」と叫んで

──「不育症」だったんですね。

 

松野さん:不育症の治療は妊娠がわかった初期から行うので、「次に妊娠したら相談しましょう」と医師から言われました。不妊治療を続けた結果、32歳で3回目の妊娠。「今度は心音も確認できて大丈夫そう」と思っていた矢先に大量出血して産婦人科に駆け込むと「赤ちゃんの心臓が止まっています」と言われて泣き崩れました。

 

過去2回の妊娠では早期流産で自然に流れてしまったので手術の必要はなかったのですが、今回は自然に流れなかったため、子宮の内容物をかき出す掻爬(そうは)手術をすることになりました。手術中、麻酔は効いているはずなんですけど、ものすごく痛くて苦しかったんです。意識はないはずなのに、声に出して「痛い、痛い!」って、叫んでいたらしいんですよ。

 

手術後、担当医が心配して来てくれて「実際、麻酔は効いているのですが、人によって痛みを感じたという方が一定数いるんです」とも言われました。赤ちゃんがほしいという思いが強ければ強いほど、痛みが増す方もいるという話を聞いたことがあったので、私もそうだったのかもしれないと思いました。

7年の妊活に疲れて…32歳で夫に告げた決意

愛猫のカボスちゃん(左)と割りくん(右)

── 意識がなくても「痛い」と叫ぶほどだったんですね。

 

松野さん:子宮から何かがかき出される感じがしたんですよ。手術後も、スプーンで引っかかれたような感覚が残っちゃって、かなり精神的に落ち込みました。自然と涙があふれてきて止まらない日々を過ごした末に、「もう子どもはいらない。不妊治療をやめたい」と夫に伝えました。

 

25歳で結婚してから7年間、ずっと子どもがほしいことばかり考えて生活していたので、疲れてしまったんですよね。毎月、生理が近づくと、今度こそ妊娠しているかもしれないと期待して安静にして、妊娠していないとわかると落ち込んで、と感情のアップダウンが激しかったです。

 

妊娠しても今度は無事に育つかという不安と戦い、流産するたびに絶望して、今後もそれが続くと思うと、もう耐えられなくなって。夫と仲良く暮らしてたまには旅行に行ったり、今まで妊活のためにセーブしていたことを楽しんだりする生活でもいいんじゃないかな、って思ったんです。

 

── ご主人はどんな反応だったのですか?

 

松野さん:絶対的に女性のほうが大変だからと、いつも静かに見守り、寄り添ってくれていました。「あみちゃんがまた子どもがほしくなれば僕もがんばるし、子どもがいない生活を楽しもう、というのであればふたりで仲良く過ごそうよ」と言ってくれて、ホッとしました。

 

3回目の流産後、泣いてばかりいる私を見ているのもつらい、という気持ちもあったようです。つねに私の気持ちを優先してくれて、本当に感謝してます。母に伝えたら「夫婦仲がいいんだし、そういう人生もありだよね」と、明るく言ってくれたのにも救われました。周囲の人には「諦めた頃に授かるものだよ」「まだ若いから」と、言われることもありましたが、結局、子どもを持つ機会には恵まれませんでした。でも、いまも夫婦仲良く、愛猫とともに楽しく過ごせているので、私の人生はこれでよかったんだと思います。

 

取材・文:富田夏子 写真:松野有里巳