「先が見えない」がんの治療と不妊治療

── 2018年に精巣がんが発覚して闘病生活を送っていました。不妊治療を同時期にされていたそうですね。

 

Nosukeさん:がんが発覚する1年前から腰痛などがあって受診して検査をしたところ、最初は悪性リンパ腫だと言われました。当時は自分に知識がなかったので病院から言われるがままで、これから治療のために抗がん剤を入れる可能性があるという話をされました。

 

そして「抗がん剤を入れると薬が抜けるまで数年かかるし、5年間は妊活もできなくなるから、今のうちに精子を凍結しておいたほうがいいと思います」という話をされて。その後、産婦人科の先生に診てもらった際に、「精巣がんだと思います」と言われたんです。結果、本当にそうでした。たまたま同じ病院にかかっていて、それぞれの科と情報を共有できたのがよかったと思います。

 

── がんの治療と不妊治療が同時に始まった形だったんですね。

 

Nosukeさん:精巣がんは、5年生存率が40%と言われたのですが、不妊治療もがんの治療も、先が見えないことは似ていると感じていました。同じ方法を試してもうまくいく人もいれば、何回試してもダメな場合がある。妻は東京で卵子凍結をしていましたが大阪でも、もう1回、挑戦していました。当時の妻は不妊治療と並行して東京や地方を飛び回り、休まず働いていたので本当に大変そうでした。毎日、病院と現場を行き来していたのに僕には弱音も吐かなかったですね。

 

僕も抗がん剤治療の前に精子を凍結していましたが、そのあとは待つことしかできないもどかしさがありました。妻は僕の体のことも心配していたし、高齢出産への不安もあったと思うんですが、落ち込んでいる姿を僕の闘病中も不妊治療中も見たことがなくて。僕はネット上の書き込みなどは気にしないんですけど、妻は気にするタイプ。絶対に傷いていたはずなのに、すごいですよね。

 

── お子さんについてNosukeさんはどう考えていたんですか。

 

Nosukeさん:ふたりともずっと子どもが欲しかったので、もちろん授かったらいいなと思っていましたが、夫婦間で子どもがいない未来については話してきませんでした。猫が10匹もいるので寂しくはなかったのですが、妻は子ども食堂の支援などもしていますし、保育士さんになりたかったくらい子どもが大好きです。妻は僕より5つ年上で、妊娠出産への年齢的なリスクが上がってしまうことへの申し訳なさは感じていました。

子どもがいない友人への報告に悩み

── Nosukeさんの闘病後、がんが確認できなくなる寛解を迎えてから不妊治療を再開したそうですね。努力が無事実り、妊娠が発覚。どのように報告を受けたんですか。

 

Nosukeさん:妻が出産する直前まで別居をしていたので、家族のグループLINEで妻の妊娠を知りました。僕の仕事中、すでにLINEが盛り上がっていて。一歩遅れてでしたが本当に嬉しかったですし、すごく楽しみでした。

 

ただ、身近に子宮を摘出して子どもを産めない人や、子どもが亡くなった人もいて。子どもを授かる前に「お前のところも子どもがいないんだよね」と話していました。不妊治療がうまくいったときの喜びはもちろん大きかったのですが、「その友達からどう思われるんだろう」ということが頭によぎりました。どのタイミングでどう報告したらいいのかも悩みましたね。安定期に入ってから伝えたのですが、すごく喜んでくれたのでホッとしました。

息子には「自分で考えて決断ができる人に」

── 今年、無事に息子さんが産まれて、今後の成長が楽しみな時期だと思います。息子さんとはどんなことをしたいですか。

 

Nosukeさん:今は抱っこすることしかできないのですが、笑うようにもなってきたので、ひとりで歩けるようになったら一緒に手を繋いで歩きたいです。

 

── 息子さんにはどんなふうに育ってほしいと思っていますか。

 

Nosukeさん:僕自身の病気の経験から来ていることなんですが、世の中に出回っている情報がたくさんあるなか、一般的な意見と少数派なものがそれぞれあって。もちろん選ぶのは本人ですが、何にも考えていなかったら多数派に流れてしまうことが多いように感じます。どうしたら自分で考えて選択できる人になれるのかなと思っています。

 

僕自身も、がんの治療が終わってから知ったことがたくさんありました。治療の結果はいい方向に向かったものの、自分は大多数のほうに流れされた人間だと思っているんです。息子には、自分で考えて、決断できる人になってほしいと願っています。妻はどう思っているのかわかりませんが(笑)。

 

取材・文:内橋明日香 写真:Nosuke