33年間暮らした東京を離れ、今年2月、夫婦で千葉・房総へ移住した中島史恵さん。移住を機に、洋服や家電、長年集めてきたブランドバッグも手放しました。一方、鴨川ではDJとして活動し、自ら地域コミュニティも立ち上げるなど、新たな挑戦を続けています。「終活を始めると、むしろ動きやすくなる」と話す中島さんに、50代から暮らしを軽くする方法を聞きました。
「仕事は東京で」という思い込みが、50代で変わった

── 今年2月、東京のご自宅を引き払い、千葉・房総へ移住しました。どのようなきっかけがあったのでしょうか?
中島さん:結婚した直後の2011年ごろから、房総半島に小さな部屋を借りていたんです。サーフィンをする主人の友人が多くいるということで、私自身はサーフィンをしないのですが、主人と一緒に遊びに行くために借りていました。1年くらいほとんど行かない時期もあったのですが、それでも行くと気持ちがよくて、手放さずにいたんです。
大きなきっかけになったのは、以前運営していたヨガスタジオでお世話になった方が、鴨川でディスコを始めたことです。「史恵ちゃん、DJをやらない?」と声をかけていただき、昨年8月から通うようになりました。
── DJとして仕事をするようになり、千葉と東京の二拠点が始まったのですね。
中島さん:夕方6時から深夜0時ごろまでの仕事で、週末は3日ほど房総にいるようになりました。主人も出張が多く、そうなると東京の家に誰もいない日が増えていきます。東京は家賃が高いですし「この家を持ち続ける必要があるのかな」と考えるようになりました。
── 東京には長く住んでいましたよね。
中島さん:33年ほど住んでいました。20~40代のころは「東京にいないと仕事がなくなるのでは」と不安で、「仕事は東京でするもの」という感覚もありましたね。でも、50代になって鴨川でDJの仕事をいただき、東京以外にも自分ができる仕事や、必要としてもらえる場所があることに気づきました。
さらに、主人が60代になり、私も60歳が目前にするなかで、終活を見据えて今後の暮らしを考えるようになったんです。DJの仕事というきっかけがある、房総がもともと好きだった主人とも意見が一致したため、今年2月に引っ越しました。「終活にはまだ早い」と言われることもありますが、計画的に進めるなら、今がちょうどいいと思ったんです。
東京では夫婦で話す時間が少なかったのですが、房総へ来ると、なぜか会話が増えました。海風や自然のなせる業でしょうか。主人はシェフなので、近くの農家さんと交流できることも喜んでいます。
身軽になることは、寂しいことじゃない
── 引っ越しでは、かなりの量の物を整理したそうですね。
中島さん:二拠点で生活していたので、テレビやベッド、電子レンジ、洗濯機など、同じものが2つありました。1つあればいいものは、使ってくださる方に差し上げました。
洋服もかなり整理しましたね。私は「いつか使うかも」と取っておくタイプだったんです。でも、ファッションは巡るとはいえ、着ないものはやっぱり着ない。着てくれる方に譲ったり、リサイクルに出したりしました。
── 高価なものも手放したのですか?
中島さん:30代、40代のころは、ハイブランドのものが欲しくなり、自分で買っていました。でも、ブランド品にも流行があります。最終的に残したのは、エルメスのバーキンのみ。ほかはほとんど手放しました。
── 思い入れのある高価なものを手放すのは、寂しくありませんでしたか?
中島さん:身軽になると、いろいろなところへ動きやすくなるので、寂しいというより、すっきりしました。若いころにブランド品が欲しかったことを否定するつもりはないんです。若い人が「欲しい」と思うのもよくわかりますし、似合いますよね。私自身も、それを経験してきました。
ただ、年齢を重ねるうちに、お金やエネルギーを使いたい先が変わったんです。物よりも、学ぶことや新しい経験、自分の体のメンテナンスに使いたいと思うようになりました。
物はいつか壊れますし、亡くなるときにはお金も物も持っていけません。それなら、身体を上手に整えながら、魂が成長できるような経験をしていきたい。ヨガの影響も大きいと思います。
移住半年で地域振興グループをみずから結成し

── 移住先では、ご近所付き合いなど、どのように馴染んでいきましたか?
中島さん:私は人見知りをしないので、外へ出て、お店で食事をしたり買い物をしたりするなかで、知り合いが自然と増えました。
主人や私がお仕事などで何かをいただくことがあっても、夫婦2人では食べきれないことがあるんです。それをご近所におすそ分けすると、今度は別のものをお返しでいただいたりして。「昔の近所づき合いは、こんな感じだったのかな」と感じました。
東京では、引っ越しのときに隣のお宅へ挨拶をしても、それきりということが多かったんです。房総へ来てからは、人との繋がりが濃くなりました。
── 地域との繋がりを実感したエピソードはありますか。
中島さん:15歳の愛犬・ちょこ丸が、家から脱走してしまったことがあったんです。私が扉をきちんと閉めていなかったようで、外出から戻ったらいなくなっていて…。交通量の多い道路もありますし、足があまりよくないので、心配で本当に生きた心地がしませんでした。
近くでサーフショップをしている友人に電話をしたら、すぐに地域のSNSへ写真や服装を投稿してくれました。すると「それらしい犬が道路を渡ろうとしていた」という情報が届いたんです。サーファーの方のお母さんが、道路にいたちょこ丸を見つけ、車を止めて保護してくださっていました。車が速く走る道なので、その方がいなかったらどうなっていたか。本当にありがたかったです。
── 現在は鴨川で、地域を盛り上げる活動も始めています。
中島さん:「鴨川を盛り上げタイ(隊)」という集まりを立ち上げました。SNSで参加者を募集したところ、22人ほどから応募がありました。まずは集まって、それぞれの意見を聞きながら、一緒にできることを考えていきたいと思っています。「鴨川の住民だけ」「外から来た人」という線引きをせず、大好きな場所をみんなで盛り上げ、一緒に元気になれたらいいなと思っています。
── 移住して間もない中島さんが、先頭に立つことに不安はありませんか?
中島さん:もともと、そういうことは嫌いではないんです。それに、私にDJという新しいきっかけをくださったオーナーへの感謝もあります。
鴨川には海があり、山があり、温泉もあります。私は長野県出身なので、山と温泉は身近でしたが、海への憧れがありました。東京での仕事がひと段落し、これからの暮らしを考えている人にとっても、房総がひとつの選択肢になれば嬉しいと思って活動しています。
取材・文:石野志帆 写真:中島史恵