ひとり娘を責める母の日記を読んで

── お母さんに関連する必要なものを探していたとき、残高15円の預金通帳とお母さんの7冊の日記を見つけられたそうですね。日記には「娘なんて産むんじゃなかった」と書かれていたとか。

 

秋川さん:その言葉は、子どもの頃から言われていたんですけど、母が認知症になったときに書いたと思われる母の日記には、その言葉と一緒に、「孫たちへ。あなたたちのお母さんがどんなにひどい人かを伝えたい」と書かれていました。今でも見なければよかったと後悔していますが、母が認知症になってから、確認しないといけない書類があって、クローゼットの中を探していたんです。大学ノートが出てきたから、最初は家計簿かなと思って開いたんですね。そうしたら、驚くべき私への罵詈雑言が羅列されていて。

 

この話をすると、いつも「それはショックだったでしょう」って言われるんですけど、私はそのとき、あまりにもひどくて笑っちゃいました。「お母さん、やっちゃったね」って。母は認知症になっても、いつも表面上は穏やかでニコニコしていたんです。でも「あなたは内心、こんなことを考えていたのね」と妙に納得しました。人間ってわからないなと思ったし、母のことが怖くなりましたね。認知症のせいで精神的に錯乱していた状態だったかもしれないけれど、いつも自由気ままに、自分らしく生きようとしていた母らしいのかなとも思ったんです。

 

そのときに思ったことは、まず、人の日記は読んではいけないってこと。日記を書く側も、正直に書いたものは残さないことをお勧めします。人間だから、その日イライラしたことを書き殴りたい気持ちはわかるんです。でも、いざというときに処分できる状態にしておかないと、それを見てしまった人が傷ついてしまいますから。

7年の認知症介護を経ての看取り

── 日記を読んだ後も壮絶な介護が続いたかと思います。2年の在宅介護の後は、特別養護老人ホームに3年、介護付き高齢者専用賃貸住宅に2年入所されて、お母さんが89歳のとき、最期を看取られました。

 

秋川さん:経済的な理由もあり、なるべく安いところにと施設を変えたのですが、母はもう自分の名前すら忘れて、下手をすると日本語すらわからないくらいの状態でした。会話もできず、自分の世界に入り込んでしまう認知症末期の症状だったんです。

 

ある日、施設の職員の方から連絡があって、「食べ物を吐くようになったので、いったん入院してもらいます。病院に来てください」と言われました。私、なぜかその1週間くらい前から左足が一気に腫れあがって、救急で診てもらっても原因がわからなかったんです。職員の方から電話があったときも、足が動かしにくいうえに、病院から離れている場所にいたこともあって、移動に時間がかかって。なんとか病院に着くと、娘と、当時ひとり暮らしをしていた息子も来てくれていました。ただ、母はすでに意識もうろうとした状態でした。

 

娘たちは私が到着する前に、医師から延命治療の話をされたそうなんです。ただ、母は延命治療は受けないという意思をもって、公益財団法人日本尊厳死協会に登録していたんですね。でも、娘が医師に登録カードを見せたら、「命を何だと思っているんですか?」と叱られたらしくて。当時は、尊厳死について、医師によって考え方が違っていたかもしれないんですけど、私はそれもあって病院に慌てて駆けつけたんです。病院に到着した頃には別の医師に担当が変わっていて、再度延命治療の意思確認をされたので、あらためて延命治療なしでお願いしました。そのときは受け入れてもらうことができました。

 

その後は、看護師さんがずっとそばにいてくれたんですけど、少しすると、母が安らかに眠るような表情をしたんです。そこで、看護師さんが「先生を呼んできます」と言って、医師がかけつけてきて。

 

夜、私が到着して1、2時間後くらいでしょうか。母は静かに息を引き取って、最期に「ご臨終です」と医師から言われたとき、思わず母に「行ってらっしゃい」って声をかけました。不思議と、そんな言葉が出てきたんです。そうして、原因不明で腫れあがっていた私の左足は、母が亡くなると自然と腫れが引いていきました。

 

──「行ってらっしゃい」は、何か前向きな言葉のように感じました。その後はどうされたんですか?

 

秋川さん:いったん自宅に帰ることになり電車に乗ったのですが、そのとき息子が「ママがあんなふうになったらどうしよう」ってつぶやいたんです。そのとき、娘が「大丈夫。ママがヤバいときはわかると思う。ママと一緒に2年間、自宅でおばあちゃんを介護して、人がどうやって年をとっていくのか教えてもらった気がするから」って言って。「ママの施設とかは私が探すから。お兄ちゃんはお金だけを出せばいいよ」って。息子はなんだかホッとした表情でした。私もホッとしましたね。

 

── 2年間、娘さんは、秋川さんと在宅介護をされていたとき、いろいろなことをみていらっしゃったんでしょうか。

 

秋川さん:あの介護生活は、娘にとってはいい経験になったんだろうと思います。私も学んだんですけど、認知症の人ほど「認知症じゃない」と言ったりする。それでまわりの人が困ってしまう。そんなことも理解できる娘に、いざというときは任せておけばいいなって。

 

だから、娘には「ママに何かあったらすぐ施設に入所させてもいいから」って言いました。そうしたら、娘は「そうは言うけど、『ママ、今日から施設に行きましょう』って私が言ったら、娘に裏切られたと思わないって言える自信ある?」って言うんです。この子、見抜いているなと思いました。だって本当は「私をやっぱり施設に入所させるんだ」って一瞬思うだろうなと想像したので。万が一のときは、私の気持ちもいろいろ見抜いている娘に任せようとも思っています。