体操後の人生「収入は想像以上に厳しかった」

── しかし、厳しい現実に直面したそうですね。
鶴見さん:ただ、収入の面では想像以上に厳しい現実がありました。当時はひとり暮らしで生活はカツカツ。外食も満足にできない日々に「オリンピック選手がこんなに困窮しているなんて、後輩たちに夢を与えられない」という強い危機感を抱きました。それに「体操しかしてこなかったんでしょ?」という言葉を投げかけられ、社会的な評価の低さにも愕然としたのを今でも覚えています。
── 当時は泥臭い仕事も経験されたとか。
鶴見さん:ポスティングやティッシュ配りも自分でやりました。「オリンピック代表の私がなぜ」というプライドがなかったわけではありません。でも、その経験が、後の経営において1円を稼ぐ重みを知る糧になりました。
ただ、当時はあまりにつらくて、学生時代に犠牲にしてきた修学旅行や遊びの時間を勉強に充てて、大学に行っていれば…と、体操を選んだこと自体を激しく後悔することもありました。
人生をかけて続けてきた体操を「やらなきゃよかった」と感じてしまうことが、何より悔しかったですね。体操も自分もかわいそうだなと思いました。と同時に「体操をやって来てよかったと思える人生にしたい」と強く感じました。それが現在の体操教室の経営やアイドルのプロデュースという、起業のきっかけになりました。
取材・文:石井宏美 写真:鶴見虹子