家系が途絶える先の「墓じまい」を告げられ

── 昭和の親世代にとって、お墓を手放すというのは、決して簡単な決断ではなかったはずです。「墓じまい」を告げたお父さんの思いをどう受け止めましたか。

 

エスムラルダさん:子どもの頃から「自分は長男だから、お墓を継がなければ」という思いがあったので、やっぱり心苦しかったです。最初に母にカミングアウトしたのも、お墓のことなどを母に相談したいという気持ちがあったからなんですよね。姉と2人で「自分たちが生きている間はちゃんとお墓参りをするから、残せないか」と伝えましたが、父の決意は固かった。

 

── なぜお父さんはそこまで吹っ切れたのだと思いますか。

 

エスムラルダさん:父がなにを考えたのか、その胸の内をすべて知ることはできませんが、もしかしたら父自身が歩んできた仕事人生も、この決断の背景にあったかもしれません。父は大学卒業後、定年まで、ある基幹産業の会社に勤めていたのですが、その会社は後に買収や売却の波にさらされ、最終的には会社そのものがなくなってしまいました。父たちが用地を取得して建てた社宅なども売却され、今は一般住宅になっています。どれほど懸命につくり上げたものも、時がたてば跡形もなく消えてしまう。

 

もしかしたら父は、「形あるものは永遠ではない」「世の中にはどうにもならないことがある」と強く感じており、息子がゲイであることも、お墓を継ぐ者がいなくなることも「しかたがない」とあきらめたのかもしれません。ただ、父がせっかく建てたお墓を父自身にしまわせてしまったことは、今でも申し訳なく思っています。

 

── 跡継ぎのいない家やお墓をどうするかは、独身やひとりっ子にとっても切実な問題です。割りきれないその心苦しさには、どうやって折り合いをつけたのでしょう。

 

エスムラルダさん:心苦しさを自分の中に残しつつ、いっぽうで、もっと長い時間軸で考えたりもしています。貴族や武士は別として、今のように家ごとにお墓を建てて子孫が守り続ける形が広く普及したのは明治以降のこと。人類の長い歴史から見れば比較的、最近のことなんですよね。

 

たとえば、原始時代には、貝塚のような場所に葬られていた時代もありました。そう考えると、お墓という形式を守ることが、ご先祖様を敬う唯一絶対の方法ではないのかもしれないな、と。すべてすっきり割りきれるわけではありませんが、今はそうして自分を納得させています。あと、祖父母のお骨を納めたお寺に、折に触れてあいさつに伺おうとは思っています。

 

── 長年抱えていた秘密がなくなった今、お父さんとの関係はどのように変わりましたか。

 

エスムラルダさん:結果的に父に知られたことは、本当によかったと思っています。もう結婚の話をはぐらかす必要もないし、それまでは半分程度しか見せられていなかった自分の仕事についてもすべて話せます。気持ちが楽になりました。

 

最近テレビ番組で、実家にあった祖父の遺品を紹介する機会があったのですが、それをきっかけに、父からファミリーヒストリーの一端を聞くことができました。もし自分がゲイであることを隠し続けていたら、テレビに出るなんて話もできなかったし、その遺品にまつわる話を聞くこともなかったかもしれません。

 

2年ちょっと前には、父と母と姉で、「八方不美人」の5周年ライブも見に来てくれました。ただ、父はドラァグクイーン姿の私を見るのは、まだちょっと苦手みたいです(笑)。

 

取材・文:西尾英子 写真:エスムラルダ