同性愛者であるがゆえに、子どもは生まれず、家系は継がれない。その状況に向き合ったのは、ドラァグクイーンや脚本家としても活躍するエスムラルダさん。父に自身のセクシュアリティを伝えるのに20年以上かかりました。告げられた父から出てきた言葉は、「墓じまいをしよう」。家族の形やあり方を問う物語を追います。

母にカミングアウトして4日目のできごと

── 1990年代からドラァグクイーン(誇張した女らしさや衣装をまとい、リップシンクや歌、ダンスなどのパフォーマンスを行う)として活動をはじめ、現在は脚本家やライター、音楽ユニット「八方不美人」メンバーとしてもマルチに活躍するエスムラルダさん。ご自身のセクシュアリティを家族に初めて明かしたのは、大学2年生のときだったといいます。きっかけは何だったのでしょう。

 

エスムラルダさん:物心ついた頃から男性が好きだと自覚していましたが、一方で、誰に教わったわけでもないのに「絶対に他人に知られてはいけない」と思い込んでいました。でも、大学に入って周りにカップルが増えると「一生ひとりで生きていくのかな」と将来が急に不安になって。

 

20歳のとき、思いきって新宿2丁目に足を踏み入れましたが、当時の私にはそこで交わされていた開放的な会話が強烈すぎて、逃げ帰り、かえって孤独が深まってしまったんです。そんなとき、『ゲイ・リポート』という本に出会い、「同性を好きになることは決しておかしいことじゃない」というメッセージに救われました。初めて同じセクシュアリティの友人もでき、心が一気に解放されたんです。その高揚感と勢いのまま、母にカミングアウトしました。

 

エスムラルダ
母と姉には20歳のときにカミングアウトをした

── 突然の告白に、お母さんはどんな反応を?

 

エスムラルダさん:子どもの頃から強い女性ヒロインのドラマやアニメが大好きだったので、母も「この子は女の子っぽいな」と、うすうす感じていてはいたとは思います。それでも、告白は青天の霹靂だったようです。最初の3日間は毎晩、枕元にきて「あなたは昔から思い込みが激しいから、今回もきっとそう」と言っていました(笑)。

 

ところが4日目の朝、突然、「そういうことなら結婚もしないだろうから、料理くらい覚えないとね」と言われたんです。母なりに考え、気持ちを整理してくれていたのでしょう。母にカミングアウトしたとき、姉もドアの外で聞いていたので、ふたりで相談したのかもしれません。とにかく受け止めてもらえたことに安心しましたが、当時は父には言わないでおこう、ということになりました。父がすべてを知ったのは、ほんの3年前のことです。

父に伝えられたのは20年以上後のこと

── 母親へのカミングアウトから四半世紀もの間、父親に伏せ続けることになったのはなぜですか。

 

エスムラルダさん:当時、父は単身赴任で離れて暮らしており、仕事も多忙でした。余計な心配をさせまいと母とも話し合って先送りにしたのですが、切り出すタイミングを逃し、いつのまにか何十年もたってしまいました。

 

── 先送りにするつもりが、気づけば数十年。最終的には、どのような形で伝えることになったのですか。

 

エスムラルダさん:私が切り出す前に、父がネット検索で真実にたどりついてしまったんです。2020年、本名で出したビジネス本のなかで、自分のセクシュアリティについても少し触れていたのですが、父から「本を買いました」とメールが来て。

 

「えっ!」と焦ったのですが、そのときは特に何も言われませんでした。ドラァグクイーンのヴォーカルユニット「八方不美人」で、ラジオのレギュラー番組が決まった、と伝えたときも、あっさりした反応だったので、「父なりに察して、受け入れてくれたのかな」と思っていました。でも、その後、お正月に実家に帰ったとき、「結婚はしないのか」と聞かれて「あれ?」と。もしかしたら父は、ドラァグクイーンの活動を、仕事上のパフォーマンスだと思っていたのかもしれません。

 

本当の意味ですべてが伝わったのは、それからさらに3年後に、父がネット検索で、Wikipediaの「エスムラルダ」のページを見つけたときです。そこにはセクシュアリティのことだけでなく、母や姉が30年以上前から事実を知っていたことも書かれていました。姉から「お父さんが全部知っちゃったよ」と連絡が来たときは、思わず血の気が引きましたね。

 

エスムラルダ
ゴージャスな建物にも負けていない迫力

── Wikipedia、恐るべしですね…。お父さんは、どんな様子だったのでしょうか。

 

エスムラルダさん:「自分だけ知らなかった」というショックもあったようで、そこは母が間に入って事情を説明してくれました。1週間後、恐る恐る父に電話すると、声が少し暗くて胸が痛みました。でもその1年半後、突然「墓じまいをしよう」と言われたんです。もともと父が自分の両親のために建てたお墓ですが、墓じまいは手続きも大変ですし、お金もかかる。自分が元気なうちに整理しようと決めたようでした。