会社を辞めて「自分の責任で生きる」
── 自分を隠さずにいられる場所と仲間を得たことで、運命が動き始めたのですね。その後は、ドラァグクイーン、執筆業など、次々と活動の幅が広がっていきます。会社員時代には、3足のわらじを履いていた時期もあったとか。
エスムラルダさん:パソコン通信を主宰していた友人(ドラァグクイーンのブルボンヌさん)らと一緒に、1994年からドラァグクイーンとしてショーをやるようになり、1999年には個人ホームページを始めました。日々のできごとをオネエ言葉で面白おかしく書いていたら、それがある編集者の目にとまって執筆の仕事をいただくように。会社員として働きながら、週末はイベントに出演し、原稿を書き、2丁目のバーでアルバイトも。ただ30歳くらいになると、本業が忙しくなって両立が難しくなっていきました。

── その後、8年半務めた会社を辞めて独立されます。安定を手放す怖さはなかったですか。
エスムラルダさん:怖かったです。勤めていた職場はセクシュアリティにも理解があって、本当にいい環境でした。ただ、当時の自分は、心のどこかで、会社の仕事を「やらされている」と感じていました。また、残業や休日出勤をしてまで働く同僚もいるなか、自分はどうして同じ熱量で取り組めない。そのことにだんだん心苦しさも覚えるようになったんです。
いっぽうで、小さい頃から文章を書く仕事をしたいと思っていたので、「もっと踏み込んでやってみたい」という気持ちも強くなっていました。独立したいけど食べていけるのか。すごく悩んで、13人もの占い師に相談しました。
── 13人!かえって迷いそうな気も(笑)。
エスムラルダさん:それくらい不安だったんでしょうね。誰かに背中を押してほしかったんだと思います。母からは「辞めるなら、ちゃんと貯金してからにしなさい」と言われました。それで、500万円を貯めてから辞めようと決めて、実際に達成してから退職したんです。
いざ独立してみると、会社員時代の自分は「本当に甘ちゃんだったな」と痛感しました。会社員の頃は、給料が上がらないとか、会社の体制がどうだとか、いつも何かしら不満を抱えていたんです。でもフリーランスになると、仕事を受けるのも断るのも自分。その結果もすべて自分に返ってくる。うまくいかなくても、もう他人のせいにはできません。
もちろん組織のなかにいながら責任を持って仕事をしている方もたくさんいると思います。ただ私の場合は、会社を辞めて人のせいにできない環境に身を置いたことで、初めて「自分の責任で生きる」という人生が始まった気がするんです。
自分のセクシュアリティを受け入れたときと会社を辞めたときが、自分の人生における大きな転機でしたね。そこで初めて、「何が起ころうと、自分で選んだ生き方を自分で引き受けていく」覚悟が生まれたし、社会で当たり前とされていることや周囲の反応、世間の空気などに、必要以上に縛られなくなったように思います。
取材・文:西尾英子 写真:エスムラルダ