価値観も年収も愛情も「ふつう」と比較して生きていくと、どこかしらに息苦しさは出てきます。エスムラルダさんには、男性でありながら、女性を好きになれない自分に困惑し、葛藤した日々がありました。孤独から解放されるまでのことや新たな一歩を踏み出したきっかけを聞きます。

学生時代はどこにいても「仮面をかぶっていた」

── ドラァグクイーン(誇張した女性らしさや衣装をまとい、リップシンクや歌、ダンスなどのパフォーマンスを行う)、脚本家、ライター、音楽ユニット「八方不美人」のメンバーとして活動するエスムラルダさん。一橋大学を卒業後、会社員をしながらドラァグクイーンの世界へ足を踏み入れ、表現の場を広げてきました。しかし、学生時代は、誰といてもどこか「仮面をかぶっている」感覚があったといいます。

 

エスムラルダさん:「誰に教わったわけでもないのに自分が男性を好きだということは、誰にも気づかれてはいけないと思い込み、ずっと隠し通していました。だからといって、暗い学生生活だったわけではないんです。生徒会役員やクラス委員を務めたり、お楽しみ会では自分で台本を書いて劇や歌を披露したり。昔から目立つことは好きだったんでしょうね。

 

ただ、周りの男子とはちょっと違っていました。みんなが『ドカベン』や『キン肉マン』に夢中になるなか、私は『アタックNo.1』や『おしん』のような、強い女性ヒロインが出てくる作品が大好きだったんです。小学生のときは、大河ドラマ『おんな太閤記』の影響を受け、タオルケットを打掛のように羽織り、北政所になりきって家の廊下を練り歩く「北政所ごっこ」にハマっていました。

 

エスムラルダ
直立不動がカワイイ!幼稚園の先生と

── 北政所ごっこ…ずいぶん渋い遊びですね(笑)。強い女性ヒロインへの憧れは、ご自身が女性になりたいという願望からだったのでしょうか。

 

エスムラルダさん:強い女性ヒロインは好きでしたが、自分自身が女性になりたいわけではありませんでした。とはいえ、女の子っぽいと思われると男性が好きだとバレてしまう気がして。極力そう見られないように自分を抑えていました。

 

男子と遊ぶのも楽しかったんですが、どちらかというと、女子とのほうが話が合うことが多かったですね。ただ、女子には女子の世界があるから完全に輪に入れるわけでもない。だから、男子チームにも女子チームにもどっぷりハマれない感覚がありました。

救いを求めた新宿2丁目で感じた孤独

── その頃は、自分のセクシュアリティとどう向き合っていたのですか。

 

エスムラルダさん:当時は、「自分もいずれは他の人と同じようにいつか異性を好きになるんじゃないか」と、根拠なく思っていました。自分自身と向き合うのが怖くて、問題を先送りにしていたのでしょうね。

 

でも、大学に入ってもその兆しはいっこうにない。周りがどんどん男女でカップルになっていくなか、「みんなこのまま結婚して家庭を持っていくんだろうな」と、自分だけが取り残されていく気がして怖くなりました。自分が女性と結婚することがまったくイメージできず、周りに自分と同じように同性を好きな人がいるとは思えず、ゲイの人が集まる場所に行く勇気もない。「一生ひとりで生きていくのかな」という不安がどんどん膨らんでいったんです。

 

── 本心を明かせる相手がいないとなると、追い込まれてしまいますよね。

 

エスムラルダさん:いちばんつらかったのは大学1年生の頃です。セクシュアリティの悩みに加え、口唇口蓋裂(唇や上あごが割れた状態で生まれる先天性疾患)による見た目のコンプレックスも重なり、「こんな人生、早く終わらせたい」と思い詰めるようになりました。扇風機の風に当たり続けると体温を奪われて死ぬという噂を聞いて、つけっぱなしで寝てみたこともあります。でも、体が丈夫なのか、風邪すらひかない(笑)。かなり悶々としていた時期でしたね。

 

この状況をどうにかしようと、大学2年生の初夏に、思いきって新宿2丁目へ行ってみました。ところが、当時の私は恋愛経験もなく、性的な話への免疫もまったくない無菌状態。たまたま入ったバーで、性に関する生々しい会話を聞いて衝撃を受け、その日は「こんなところで生きていけない」と逃げるように帰りました(笑)。自分がゲイであることを、まだ自分でも受け入れられなかったんですよね。

 

── 孤独感を解消しようと期待をもって新たな世界に踏み出したはずが…。「ようやく自分の居場所が見つかった」とはならなかったんですね。

 

エスムラルダさん:やっとたどり着いた場所なのに、最初はそこも居場所だと思えなかった。むしろ孤独感が増してしまいました。

 

ただ、その2か月後に、ある団体が出した『ゲイ・リポート』という本に出会ったことが転機になりました。そこには、団体のメンバーのライフヒストリーや「同性を好きになることは決しておかしいことじゃない」といったメッセージが書かれていて、「自分と同じような人がいる」「自分が異常なわけではなかったんだ」とものすごく勇気をもらったんです。

 

ここなら自分もなじめるかもしれないと、その団体にアクセスして、人生で初めて同じセクシュアリティの友人ができました。それまで、学校やバイト先で恋愛の話になると、はぐらかしたりごまかしたりしてきたけれど、ゲイの友だちとは何も隠さずに話すことができた。ありのままで過ごせることに強烈な解放感がありました。そこでようやく「自分の居場所を見つけた」と思えたんです。

 

そこからは、自分でも積極的に動くようになり、雑誌の文通欄を介して同じ大学のゲイ友だちに出会ったり、セクシュアルマイノリティのパソコン通信に参加したりして、どんどん世界が広がっていきました。