TBSの人気番組『SASUKE』に魅了され、18年にわたり人生をかけて挑み続ける男性がいます。橋本拓実さん、31歳。完全制覇を夢見て、練習環境を優先して転職し、過酷なオーディションを突破。SASUKEレジェンド・山田勝己氏が率いる「山田軍団 黒虎」のメンバーにも選ばれました。夢を見て18年間。それでも、ステージクリアはおろか、いまだ本戦出場すら果たせていません。橋本さんを動かし続けるものとは── 。

ケイン・コスギの涙が、すべての始まりだった

橋本拓実
自宅に設置した、自作のSASUKEセットの前で

── SASUKEは、2028年ロサンゼルス五輪で近代五種の種目として採用されるなど、今や一大競技へと進化を遂げています。橋本さんは13歳でSASUKEに魅せられ、18年間、出場に挑戦し続けていますが、いまだにその夢には届いていないそうですね。それなのに、そこまでSASUKEに人生を捧げることになったきっかけはなんだったのですか。

 

橋本さん:きっかけは5歳のときです。なんとなく見ていたテレビの画面に、ファイナルステージに挑むケイン・コスギさんの姿が映っていました。大雨が降りしきる中、難攻不落の壁を必死に乗り越えようとするその姿に、幼いながらも釘付けになったんです。 

 

結果的にケインさんは脱落してしまい、雨の中、悔し涙を流していました。その瞬間、完全に心を打ち抜かれて「絶対に自分もこの場所に立つんだ!」と決意したんです。会場に響く古舘伊知郎さんの実況、「ケインの悔し涙か、この雨は」という言葉は、今も耳に残っています。

 

── 5歳のときから「SASUKEに出る」という目標があったのですね。そこからはどのような少年時代を過ごされたのでしょうか。

 

橋本さん:両親にお願いして、自宅の庭にパイプで簡単な鉄棒を作ってもらい、毎日ぶら下がって鍛えていました。小学生になると毎朝、過去のSASUKEの録画を見てイメトレするのが日課でしたね。あまりに毎朝観るので、テレビを奪われてアニメなどが観られなかった弟は、すっかりSASUKE嫌いになっていました(笑)。

 

小学校では水泳とサッカー、家では腹筋や鉄棒と、身体を鍛える日々でした。当時はどうすれば出場できるのか具体的な方法がわからなかったのですが、中学生になる13歳のタイミングで、一般参加者の応募サイトを見つけたんです。「いかにSASUKEが好きか」という熱い想いをハガキいっぱいに書き込んで、初めて応募をしました。


── どうなったのでしょうか?

 

橋本さん:後日、TBSからお断りの電話を直接いただいたんです。当時は新しいステージが新設されたばかりのタイミングで、「中学生の出場は安全面も含めて難しい」とのことでした。目の前まで道が繋がりかけただけに、本当に悔しかったです。でも「実力をつければ絶対に届く!」と、夢が明確になり、トレーニングへの意欲がさらに高まりました。そこから18年間、SASUKE出場に挑戦し続けています。

北海道から九州まで。夜行バスで練習場を渡り歩き

── 高校生、そして社会人になってからも、その熱量は変わらなかったのですか?

 

橋本さん:変わるどころか、どんどん加速していきましたね。高校生になるとSNSを通じて、自分と同じようにSASUKE出場を目指してトレーニングをしている仲間たちが全国にいると知りました。オンラインで連絡を取り合って、一緒に練習するようになったんです。SASUKEに挑む人たちのコミュニティはすごく温かくて、「SASUKEに出たい」という共通の夢があるだけで、「お互いがんばろう」ってすぐに打ち解けられるんです。

 

高校の卒業旅行で東京へ行ったときも、どうしてもSASUKEの出場選手たちに会いたくて、出場者の方が出演していた『マッスルミュージカル』を観に行きました。SASUKEへの思いを伝えるなかで、その後の打ち上げに参加させてもらえることになって。実際にあの舞台を経験した方々の生の言葉を聞いて、さらにモチベーションが上がりました。

 

── 社会人になってからは、仕事との両立も大変だったのではないでしょうか。

 

橋本さん:高校卒業後は製油会社に就職したのですが、平日は仕事以外のすべての時間をトレーニングに費やしていました。僕はスペースの関係で自宅にセットを組めなかったのですが、全国各地には、自分で設計図を起こして自宅の庭や倉庫に、本番に似た形のセットを自作している仲間がたくさんいるんです。

 

週末になると、そのセットで練習させてもらうために夜行バスに乗り、北海道から九州まで全国どこへでも行きました。金曜の夜に出発して、土日に練習場所を借りて限界まで追い込んで、月曜の朝に出社する。そんな生活を、当時から今もずっと続けています。みなさん、本当に温かく受け入れてくださって、感謝しかありません。

 

トレーニングを積むなかで、「今、あの舞台に立てば絶対に爪痕を残せる」という確固たる手ごたえも出てくるようになりました。それでも、本戦出場の声がかかることはありませんでした。