76歳で現役英語講師として活躍する日高由記さんは、23年間の専業主婦生活を経て、56歳からキャリアを始めた異色の経歴の持ち主。「一般的に退職を考え始める年齢で社会人になるのは遅すぎるのでは?」。しかし、年齢に縛られない挑戦が、その後の彼女の人生を救うことになりました。

夫の借金と末期がん…仕事が心の拠り所だった

── 好きだった英語を46歳から学び直し、51歳で英検1級の試験に合格。56歳のときにイーオンの英会話講師に就任された日高さん。専業主婦を経て念願叶った職業に就いたものの、その後、順風満帆とはいかなかったようですね。

 

日高さん:結婚・出産を理由に大学を中退後、20年以上専業主婦として過ごしました。もともと英語が大好きで、英語を使った仕事に就くのは長年の夢でした。ですから、56歳のときに英会話講師デビューできたのは最高の喜びだったんです。

 

生活のために働いたわけではありません。あくまでも「好きなことをしたいから働く」スタンスです。実際、主人から「働いてほしい」なんて頼まれたことはなかったですし、経済的には恵まれた環境でした。働いて得たお金も、老後資金として貯めておこうと、気楽に考えていました。

 

ところが、そんな悠長に構えていられない事態が待っていて。講師の仕事が軌道に乗り出した矢先、多額の借金問題がふりかかってきたんですよ。

 

日高由記
現在はイーオン吉祥寺校に在籍。生徒さんから絶大な支持を集めている

── 多額の借金?何があったのですか。

 

日高さん:主人が叔父から引き継いだ事業の経営に行き詰まったのが原因です。主人は新聞記者として長年働いていたんですが、叔父から「後継者がいないから」と事業を託されました。記者との二足のわらじを経て、新聞社の定年を前に早期退職。事業1本に専念することに。当初は順調に運び、業績も好調だったんです。

 

しかし、事業を拡大するなかで徐々にムリが生じたのでしょう。倒産は免れたものの、結果的に多額の借金を抱えることになってしまったんです。それまで主人に経済的に支えられていた立場が一転。家計のためにも借金返済のためにも、私が働くことは必要不可欠な状況になりました。

 

加えて、主人ががんを患っていることが発覚。手術して一時は快方に向かったのですが、その後、再発して。末期の状態で回復が見込めないとわかったときは、借金問題以上にショックを受けて落ち込みました。在宅看護に移行し、ケアマネジャー、医師、訪問看護師、ヘルパーなど、たくさんの方にお世話になりながら、仕事と看護を両立。主人は帰らぬ人となってしまいましたけど、最期を看取ることができました。

 

── ご主人の借金問題に看護と、苦しいできごとが連続して非常につらかったはずです。そうした苦境に立たされながらも前を向き、乗り越えられた要因は?

 

日高さん:借金問題を知ったときは頭を抱え、末期がんの看護は直視するのがつらすぎる日々でした。それでも、「今できることをやるしかない」と気持ちを切り替えられたのは、英会話講師の仕事が、経済的にも精神的にも拠り所となっていたからだと思います。

 

何より好きな英語の仕事でしたからね。借金問題で忙しく働いていたときは、「こんなことになるなんて…」と考えたりしましたけど、仕事が苦じゃなかったので一時的なものでしたし、「好きなことをして稼げるんだから、いいじゃない!」と、励ますもうひとりの自分がいて。主人の看護では悲しみにくれていましたけど、英語のレッスンに専念することで一瞬でも忘れることができましたし、私のレッスンを楽しみにしている生徒さんやスタッフの存在によって心が折れずにすんだのです。

 

もし私がそこまでのキャリアを築けていなかったら、立ち直るのは難しかったかもしれません。そういった意味で、専業主婦を経て働き始めたのは価値があり、英会話講師という天職に恵まれたこと、生徒さんやスタッフの皆さんに出会えたことに感謝しています。