大学時代に妊娠が発覚。卒業も就職も諦め、どこか満たされない気持ちを抱えながら専業主婦一筋で過ごすこと23年。子育てや介護がひと段落した46歳のときに日高由記さんはふと「自分のやりたいことを何もしてこなかったな」という現実を直視することになります。

「何より命が大切」と学生妊娠でキャリア諦め

── 専業主婦から英会話講師へ、しかも56歳からというのは驚きです。その第一歩、46歳で英語を学び直そうとしたのはどういった理由からなのでしょうか。

 

日高さん:大学時代、自分が夢見たキャリアを泣く泣くあきらめたのが原点になります。私は母子家庭で、物心ついたときには離婚していた母が女手ひとつで私たち姉弟を育ててくれました。「女性もスキルを身につけ、仕事に就いて自立しなければならない」。母が懸命に働く姿を見て、胸にそう秘めるようになったのを記憶しています。

 

英語は学校で初めて学んだときから好きでした。勉強を重ねて得意科目とし、高校のときには奨学金を獲得してアメリカに留学。英語を使った仕事に就きたい思いが強くなり、大学でも英語を専攻しました。

 

ところがそんな矢先、同じ大学に通う恋人との間に子どもを授かったんです。彼は少し年上だけどまだ学生で新聞社への就職が決まり、東京を離れて地方勤務となるタイミング。私は大学に退学届けを出したのですが、学業とキャリアを断念したときは悔しくて泣きましたね。22歳の頃のことです。

 

専業主婦として家庭に入ってからは、無我夢中でした。23歳で娘が、2年後には息子が誕生。家事や子育てを毎日必死にこなしました。その後、同居生活を送った義母の介護や、子どもたちの不登校などもあり、目の前のことに追われて20数年があっという間に過ぎていった感じです。

 

さまざまな問題がひと段落したのが40代半ば。ふと我に返ったとき「自分のやりたいことを何もしてこなかったな」と気づいたんです。「何かしなくちゃ」という思いにかられ、すぐに浮かんだのが「英語」でした。

46歳からの学び直し「やっぱり英語が好きだった」

── 家事や育児に追われ、歳を重ねたときに「自分は何者でもない」と感じる瞬間を迎える人は少なくないと思います。何者かになる手段として、日高さんの場合、学生時代に好きだった英語が思い起こされたわけですね。

 

日高さん:今振り返ると、主婦業に専念しながらも、「英語をもう一度学びたい、仕事にしたい」という心残りが潜在的にずっとあったんだと思います。ただ、最初から仕事にするつもりで英語学習に挑んだわけではありません。とにかく何か始めたくて、46歳のときに英語の学び直しを思い立ち、自宅近くの英会話教室に通うことにしました。

 

いざ学び始めると楽しく、ハマってしまって。やはり英語が好きだったからでしょう。どんどんのめり込んで勉強するうちに「頑張れば英語を仕事につなげられるかもしない」という気持ちになっていったんです。でも、社会的なキャリアがない状態でしたから、まずは資格を取ろうと思い、「全国通訳案内士(以下、通訳案内士)」の資格取得を目指しました。通訳案内士は、訪日外国人を日本各地に案内し、文化や伝統、生活習慣などを外国語で説明する国家資格のガイドです。

 

高校生レベルの英語から学び直し。勉強を重ね、英検1級に一発合格した

高校でのアメリカ留学の際、日本のよさを海外の人に言葉で伝えられず悔しい経験をしていたんですよ。この通訳案内士の学校がたまたま自宅の近くにあり、英会話とのダブルスクールで通っているうちに、英語の勉強にさらに没頭。英会話教室の先生に英検1級を勧められたんです。

 

高いハードルでしたが、51歳のときに英検1級に合格。そして53歳のときに通訳案内士の資格取得も叶いました。

 

── その後、英会話教室「イーオン」の英会話講師に就かれます。その経緯は?

 

日高さん:通訳案内士に合格した後、同資格の専門学校講師に採用され、平日は講師、週末はガイドの仕事と、専業主婦から社会に踏み出すことができました。そうしたなか、通訳案内士の仲間から「イーオンで英語を教えてみたら?」と声をかけられて。

 

彼女も通訳案内士兼英会話講師の立場。通訳案内士の講師は英語以外の授業も受け持つんですけど、英会話の講師になれば好きな英語だけに専念できます。56歳でしたから「年齢的にどうかなぁ」と不安に思いながらも、彼女の言葉に背中を押されて試験を受けたら見事合格。幸運でした。