正月に親戚と過ごす勇気がなかった
── 早発閉経が判明したとき、夫に離婚を告げたそうですね。どういう思いがあったのでしょう。
太田さん:「申し訳ない」という気持ちが強かったんです。夫は長男だから、きっと彼の両親も孫の顔を見たいだろうし、まだ若いから再婚して自分の子どもを持つことだってできる。それなら早いほうがいいんじゃないかと思いました。夫に伝えると、「そんなことは考えられない。2人で生きていければ、それでいいから」と言ってくれ、夫婦で泣きながら話し合いましたが、私の気持ちが追いつかなくて。今はそれで納得したとしても、その先はどうなるのだろう。彼はそれで幸せなのかな。本当に後悔しないだろうか。もしも将来「じつは子どもが欲しかった」と言われたら、私は耐えられるだろうか…?ギクシャクしてしまったら苦しいだろうなと、ひとり悶々としていました。
── 太田さんが悪いわけではないものの、負い目を感じてしまわれたのですね。
太田さん:やはり結婚は当人だけの問題ではないので、彼が「いいよ」といくら言ってくれても、それでは気が済まなかったんです。早発閉経が判明したのが年末近く。毎年お正月は、熊本にある夫の実家で過ごすのが恒例でしたが、さすがに一緒に帰る勇気がなくて。ひとりで帰省してもらい、「親子で今後のことを本音で話してほしい」と伝えました。もしもそれで離婚という結論になっても、受け入れる覚悟はできていました。
ところが、実家に戻った夫から、「今からこっちに来れないか?」と電話がかかってきたんです。「両親は『そんなこと全然気にしていないよ。2人で生きていけばいいじゃない』と言っている。だから安心してほしい」と。そこで、意を決して新幹線に飛び乗り、熊本へ。お義母さんが「お帰りなさい」と優しく迎え入れてくれて、思わず泣いてしまいました。
ただ、やはり親戚一同とお正月を過ごす勇気はなく、夫と2人で東京に戻ったら、今度は私の母が駅に迎えに来ていて「こんな体に産んでしまってごめんね…」と謝られ、胸が痛かったです。
── 愛情深いご家族に囲まれていますね。
太田さん:この出来事を経て、初めて彼の両親と「本当の家族になれた」という感じがしました。
──「初めて本当の家族になれた」とは、どういうことでしょう?
太田さん:結婚してずいぶん経つのに、仕事に没頭して子作りをあと回しにしていたことに、ずっと後ろめたさがありました。それなのに、本格的に妊活を始めた矢先、早発閉経が判明。申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、「2人で生きていけばいいじゃない」と優しく言ってもらえたことで、それまで自分自身が作っていた「壁」が取り払われた感覚があったんです。後ろめたさがなくなったことで、隠し事なくまっさらな気持ちで向き合え、何でも言える関係になりました。そういう意味では、早発閉経の経験が家族の絆を深めてくれました。
── ご自身のSNSで、早発閉経や不妊治療について積極的に発信されていました。そもそも「早発閉経を広く伝えたほうがいい」とうながしたのは、旦那さんだったそうですね。
太田さん:実は当初、早発閉経について明かすかどうか悩んでいました。やはりデリケートなことですし。でも、私たちも初めて知って衝撃でしたし、知らなかったがゆえにそのまま妊活を始めて、時間を無駄にしてしまった。もっと早い段階で検査を受けていれば、何か対策できたかもしれないという後悔がありました。それを知った夫が「それならこの経験を広く伝えた方がいいんじゃないか」と。自分には無関係と思うかもしれないけれど、30代では100人に1人というデータもあり、意外に身近にあることだから、知っていたほうがいいよねと。私と同じ思いをする人が減ってほしいという気持ちから、SNSで発信することにしたんです。
不妊治療とキャリアの両立は、働く女性にとって大きな問題ですよね。ひとりで抱えこんで孤独になって、黙って仕事を辞めてしまう人も少なくありません。でも、「言ってくれれば協力できたのに」ということって意外と多いと思うんです。不妊治療をしていることをもっと気楽に言いやすい世の中にしたいなという思いがあります。私の投稿が、少しでもそのきっかけになるのであれば嬉しいなと思って発信していました。
働く個人だけでなく、会社側にも不妊について相談できる窓口やコミュニティを設けたり、イベントをやるなど、いろいろな方法で働く女性を支えることが大事だと思います。
PROFILE 太田可奈さん
おおた・かな。1982年東京生まれ。
取材・文/西尾英子 写真提供/太田可奈