内科医師の中でも難関である総合内科専門医の資格を持ち、メディアでも活躍する医師・おおたわ史絵さん。刑務所内で被収容者を診療するプリズンドクター(矯正医官)としても活動しています。知られざる「堀の中」について聞いてみました。(全2回中の1回)

塀の中の診療に怖さや嫌悪感はなかった

── プリズンドクターになったきっかけを教えてください。

 

おおたわさん:医師として刑務所で被収容者の診療をする仕事で、それらを担当する医師のことをプリズンドクター=矯正医官と呼びます。常勤の方もいますが何か所か兼任している方が多く、他の病院での外来や大学病院で研究しながらプリズンドクターをしている人も。私は現在、月に10日ほど、2か所の刑務所で診療をしています。

 

私の場合は、法務省の人事の方に「プリズンドクターが不足しているのでやってほしい」とお声がけいただいたことがきっかけです。話を聞いた後に実際に刑務所に見学に行ったのですが、特に嫌悪感や怖いと感じるようなこともなく、むしろ面白いと感じたことで「自分に向いているのでは」と思い、引き受けることにしました。もちろん断る方もいるので、誰しもがそう感じるわけではないと思います。私が二つ返事で引き受けたので、法務省の方も驚いたようです。

 

最近では法務省のリクルート活動もあり、都心部では人手が充実してきたそう。ただ地方ではまだまだたりないみたいですね。

 

レギュラー番組「ミヤネ屋」の収録前に楽屋にて
レギュラー番組「ミヤネ屋」の収録前に楽屋にて

── どのような診療を行うのでしょうか?

 

おおたわさん:刑務所内の診察室には私のほかに刑務官と看護師がいて、看護師は刑務官が資格を持って兼務していることが多いです。患者である被収容者の犯罪は、殺人、強姦、銃刀法違反、薬物常用などさまざま。診療内容は普通の病院と変わりませんが、医療器具や薬などに制限があるため、限られた条件の中で診療を行います。

 

患者は20〜90代まで幅広く、がんや生活習慣病、精神疾患などを患っている方がほとんど。刑務所に来る前から発症している人もいれば、来てから発症する人もいます。それらの継続治療がメインで、生きていくための診療。緊急性が高い場合は、連携している大きな病院に搬送することもあります。

 

── 刑務所でも治療ということで、怖い思いをされたことはないのでしょうか?

 

おおたわさん:体制がしっかりしているので、診療中に怖いと感じたことはありません。ただ困ることはたまにあって、たとえば外国人の被収容者は日本人と価値観が違うため、薬を処方しても服用してくれないことが。ほかにもがんの治療を拒否する人、精神疾患の影響でガリガリになるまで食事をしないなど、いろいろな人がいます。それぞれとしっかり対話することで根気強く説得していますが、治療法を最終的に選ぶのは患者自身。無理強いはしませんが、どうしてその治療が必要なのかをしっかり説明するようにしています。

出所後の生き方を教えるのも役割

── プリズンドクターとして、どのようなことにやりがいを感じていますか?

 

おおたわさん:プリズンドクターだからというわけではなく、医師として患者が治れば、それは刑務所の中でも外でもうれしいです。ただ塀の外の病院では、こちらがどんなに気にかけていても、患者が突然来なくなってしまうこともあります。

 

でも刑務所は出所していない限り、私が行けば患者は必ずそこにいます。だから責任をもって、ゆっくり治療を進めること可能なのです。

 
病院で勤務中のおおたわさん
病院で勤務中のおおたわさん

── 刑務所で印象に残っているエピソードはありますか?

 

おおたわさん:コロナ禍で防御服が不足したときに、被収容者たちがそれを作っていたんです。本人たちも何のために作っているのかをわかっているのですが、「人の役に立つことが嬉しい」と張りきっている姿が印象的でした。役に立てると知ることで、どんな人でもやる気になって頑張れるのだと思いました。

 

── プリズンドクターの課題はなんでしょうか?

 

おおたわさん:刑務所から出所した人は社会復帰を目指しますが、塀の外に出てみると仕事、お金、人脈がなく、生活していけない人は多いです。それが再犯に繋がり、実刑を受けてまた刑務所に戻ってきてしまいます。

 

プリズンドクターは刑務所にいる間の苦痛を取り除いてあげることはできます。身体・精神を健康にするための治療はできますが、それだけでなく人としてきちんと生きていけるように導いてあげることも大切です。

 

私自身、診療中にいろいろなことを話すように心がけています。でも、教科書に載っているような正しいことを言っても、相手の心に届くとは限らないんです。被収容者の中には挨拶をする、お礼を言う、座って話す、言いたいことを伝えるなど、当たり前と思われていることができない人も多いです。そういうことをちゃんと聞いてもらうことから始まり、人間同士の交流や繋がりを丁寧に教えていく。社会で生きていくために、それらを教えるのも私たちの役割だと思っています。

 

── 今後もプリズンドクターを続ける予定ですか?

 

おおたわさん:私自身は昔からプリズンドクターを目指してきたわけではありません。目標を立てずに、目の前のものをコツコツ続けてきました。これからも特に続けていくとは決めていませんが、自分にとって必要であれば今後も続けていければと思います。

 

アニマルセラピーのボランディアも行っている
アニマルセラピーのボランディアも行っている

 

PROFILE おおたわ史絵さん

おおたわ・ふみえ。1964年、東京都生まれ。開業医の父と元看護師の母の元に生まれる。東京女子医科大学医学部卒業後、大学病院、救急救命センター、地域開業医として勤務。現在は刑務所で矯正医療に取り組む。著書に『母を捨てるということ』『プリズン・ドクター』などがある。

取材・文/酒井明子 画像提供/おおたわ史絵