吃音のある若者がスタッフとして企画・運営する1日限定の「注文に時間がかかるカフェ」。日本全国で広がりを見せています。発起人の奥村安莉沙さんに、カフェを始めてわかった吃音を取り巻く現状や新しい広がりについて話を聞きました。(全2回中の2回)

吃音が原因で諦めた「カフェ店員」の夢

2023年10月、埼玉県越谷市で行われた「注文に時間がかかるカフェ」の様子
2023年10月、埼玉県越谷市で行われた「注文に時間がかかるカフェ」の様子

── 2021年に「注文に時間がかかるカフェ」を始めたきっかけを教えてください。

 

奥村さん:子どもの頃からカフェの店員になりたかったのですが、10代~20代の頃は、言葉がなめらかに出ない発話障害のひとつである吃音の症状が重かったので、接客業に就くのは難しいだろうと諦めて大人になりました。でも、「どうしてもカフェの店員になりたい」という思いが年々強くなってきて、「既存のカフェでできないなら自分でつくろう!」とスタートさせたのが始まりです。

 

── 子どもの頃になりたかったカフェ店員の夢は大人になるまで封印していたのですか?

 

奥村さん:自分には無理だと最初から諦めてしまって、忘れるようにしていたんだと思います。20歳になった頃、10歳のときに自分宛に書いた手紙が出てきて。「20歳のわたしへ。あなたはカフェの店員さんになる夢をかなえていますか」という文章を目にして、当時すごくカフェ店員になりたかった気持ちを思い出し、心が揺さぶられました。

 

── カフェをゼロからスタートするのは大変だったのではないですか?

 

奥村さん:最初は「1年に1回くらいイベントができたらいいな」という軽い気持ちで始めたんです。場所は、私が以前住んでいた都内のシェアハウス。そこのオーナーさんに、吃音者がスタッフのカフェイベントを開きたいとお願いしてキッチンを借りました。スタッフはSNSを通じて、接客業に挑戦したい吃音を持つ学生を3人ほど募集して一緒に開催しました。

 

当時、私は会社員だったので「休日を利用してイベントができたら」と思っていたのですが、今は会社を辞めて吃音理解を深める仕事一本でやっています。正直、ここまでの広がりを見せるとは思っていませんでした。

「いらっしゃいませ」と「ありがとう」は言わない

2024年5月、東京・中野でカフェを開催した時にスタッフたちと記念撮影
2024年5月、東京・中野でカフェを開催した際にスタッフたちと記念撮影

── 実際に「注文に時間がかかるカフェ」を開いてみてどんな気づきがありましたか?

 

奥村さん:まず、すごく楽しかったです。お客様の反応も気になったのですが、意外と皆さん喜んでくださいました。私の吃音は“あ行”が言いにくいという症状なのですが、接客だと「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」など“あ行”で始まる言葉が多いんです。なので、「こんにちは」「また来てくださいね」と言い換えをして接客をしたらそれが好評で、「よかったよ」と言ってくださる方がほとんどでした。

 

自分の中で、苦手なもの=嫌いだと思っていたんです。吃音があって話すのが苦手だから、きっと自分は話すのが嫌いなんだろうと。ところが接客を経験してみると、意外と苦手なことでも嫌いとは限らないということに気がつきました。同じように参加者も、話すのが苦手だったとしても別に話すこと自体が嫌いなわけじゃない、という気づきがありました。

 

── カフェは全メニュー無料ですよね。最初から無料だったのですか?

 

奥村さん:はい、最初から無料でした。お金を稼ぐ目的で始めたわけじゃなくて、接客体験へと一歩踏み出すきっかけにしたかったので、たとえばコーヒーをこぼしたり、どもって何もしゃべれなかったとしてもクレームが来ないようにと考えて、無料にしました。

 

── そこからどうやって今のように日本各地での開催へと広まっていったのでしょうか。

 

奥村さん:都内のシェアハウスで2回目のカフェ開催をした様子がテレビで全国放送されて、その後「地方でも開催してほしい」というメッセージをいくつかいただいたんです。まさかそんな広がりを見せるとは思っていなかったのでびっくりしました。自分以外にも吃音があって接客に挑戦したい人がこんなにもいっぱいいるとは思っていなかったんです。今まで24都道府県で開催しました。東京や大阪では複数回開催しているので、トータル回数だと50か所近くになります。

 

2023年11月に島根でも開催
2023年11月に島根でも開催

── カフェを続けるなかで思いがけないこと、大変だったことは何ですか?

 

奥村さん:人によって違う吃音への配慮方法についてです。カフェの入り口で、吃音を持つ人に対する配慮方法を説明するという決まりをつくったのですが、一般的な配慮方法には当てはまらない方もいることがだんだんわかってきました。

 

たとえば、「店員が話し終わるまで待ってください」というのが吃音を持つ人に対する一般的な配慮ですが、話の途中でも先を推測してほしい人もいました。そういった人の話を聞くなかで、吃音というのはいろんな症状があって、考え方もさまざまだということに改めて気がつきました。

 

どうしようかと考えた末に、「注文に時間がかかるカフェ」を始めた頃はコロナ期間でマスクをつけていたため、マスクに自分がどうして欲しいか、ひと言書くことにしたんです。ほかにも考えることがでてきたら、その都度みんなで話し合って解決してきました。

私みたいな悔しい思いをしてほしくない

映画『注文に時間がかかるカフェ-僕たちの挑戦-』の撮影現場
映画『注文に時間がかかるカフェ -僕たちの挑戦-』の撮影現場

── 吃音がある若者の相談に乗りながら1日限定カフェを運営し、「注文に時間がかかるカフェ」を題材とした映画や書籍に関わり、さらにメディア対応と突き進む原動力は何ですか?

 

奥村さん:自分自身の夢を叶えたいのと、それについて皆さんに知っていただきたいという思いです。たとえば「カフェで接客したい」という私の夢は、もし吃音に対する理解がある社会だったら10代、20代で叶えることができた夢だったかもしれないと思うんですね。今の若い人たちには、私みたいな悔しい思いをしてほしくないので、少しでもやりたいことを諦めなくてもいい社会をつくりたいと思って活動しています。

 

── スタッフの皆さんもカフェを入り口にして出会いも広がって世界が変わりそうですね。

 

奥村さん:そうなんです。カフェを開催するのは1日限りなので、3か月間の準備期間はオンラインで打ち合わせをして、実際に全員で集まれるのは当日だけ。私自身はまた次の開催地へ、と移動してしまうのですが、地元から参加してくれたスタッフのみんなはその後も交流会を続けたり、独自のイベントを開催しています。

 

たとえば吃音のある中高生の交流会を開いたグループがあったり、「注文に時間がかかるカフェ」をきっかけに目標ができて大学で吃音の研究をしている人もいます。ほかにも「“注カフェ”を体験して自信がつきました」と言ってスターバックスでアルバイトするようになった人や、バンドを組んでライブを開催した人たちも。そういう報告を受けると嬉しいですね。でも実は、「注文に時間がかかるカフェ」を始めた頃は批判的な声も多かったんです。

 

── 批判的…どんな声だったのでしょう?

 

奥村さん:「今まで自分たちは吃音を隠して生きてきたのに、大々的に吃音者のカフェを開かれたら世間にバレてしまう」といった声です。その気持ちもわかるのでつらかったですが…そういったメッセージはだんだん減っていって、今はもう来なくなくなりました。多分心配していた方というのは、吃音者の批判をされることを恐れていたんだと思います。たとえば注文に時間がかかるカフェの動画が上がったときに、コメント欄に昔の私が言われたような「気持ち悪い」といった心ない言葉が並んで、それを目にするのを怖がるなど。

 

でも、実際に動画が上がったときのコメントは、好意的で温かい言葉ばかりでした。「頑張ってください」「応援しています」という優しいコメントが多くて、それを目にした方たちは「自分が想像しているより、吃音をオープンにしても受け入れてもらえるのかも」と感じてもらえたんだと思います。

企業や学校にも広がる「注文に時間がかかるカフェ」の輪

奥村安莉沙さん
奥村安莉沙さん

── お客さんも皆さん熱心にスタッフの話に耳を傾けていて、支援の輪が広がっていきそうですね。

 

奥村さん:ありがたいことに企業からの支援の申し出をいただくこともあります。また、社員食堂でカフェをやってほしいという依頼もありました。毎年新入社員が何百人もいるような大企業なのですが、吃音者の割合が100人に1人と言われているので、おそらく新入社員の中にも1人くらいはいるだろうと考えていらっしゃって。そういった方にも理解のある会社で安心して働いてほしいという社内アピールが目的でした。ほかにも、「大学生に吃音のことを知ってほしい」という大学の先生からの要望があり、大学の文化祭でカフェを開催したこともあります。

 

──「注文に時間がかかるカフェ」を続けて3年目。新たな課題や目標などはあるのでしょうか?

 

奥村さん:あります!今までは企業や学校、お店から依頼を受けてその場に行くことが多かったのですが、それだとどうしても都市部に偏ってしまって。開催したいと思っている地方の学生たちになかなかチャンスをあげられない、というのがジレンマでモヤモヤしていました。都市部と地方では吃音に対する認識の差があると、各地を訪れて実感しているので、今年は呼ばれなくても自分でその場所に行くようにしたいと思っています。「ここでカフェを開催したい!」と声を上げる人がひとりでもいたら、クラウドファンディングなどで資金を集めてその場所へ行きたいと考えています。

 

今年は九州の学生たちが地元で開催したいという声が多く、5月は長崎と鹿児島で開催しましたし、7月には熊本で開催します。なので直近の目標としては、今まで行ったことない都道府県など、いろんな場所で開催したいというのがあります。

 

また、接客の分野をカフェ以外に広げることも始めています。カフェに参加したスタッフから、「ファッションに興味あるからアパレルの接客をやりたい」という意見があり、それを高島屋の方に相談したらぜひやりましょう、と言ってくださって。4月に高島屋大阪店で「接客に時間がかかるアパレルショップ」を開きました。カフェ接客以外でも挑戦したい人がいれば、いろいろとやってみたいと思っています。

 

PROFILE 奥村安莉沙さん

おくむら・ありさ。「注文に時間がかかるカフェ」発起人。幼少期から吃音に悩み、友人関係や就職活動に苦戦する。2016年オーストラリアに語学留学し、吃音治療を進める一方で念願だったカフェでの接客業を経験。2019年に帰国後、会社員のかたわら吃音啓発活動を開始。2021年に吃音のある若者たちが接客に挑戦できる1日限定カフェ「注文に時間がかかるカフェ」を実施。現在は吃音理解を深める活動に専念し、全国各地を飛び回る。

取材・文/富田夏子 画像提供/奥村安莉沙