多くの理学療法士が医療機関に勤めると言われるなか、「陽気な課長」こと鷲巣豪さん(33)は、病院からデイサービスに働く場を変えました。自作のゲームレクリエーションをSNSで公開して話題になった鷲巣さんの思いに迫ります。(全2回中の2回)
高校の授業でバリアフリーを学んだことが転機に
── 鷲巣さんが理学療法士になろうと思ったのはなぜですか?
鷲巣さん:もともとは建築家になりたくて、高校時代は建築デザイン科に通っていました。部活ではラグビー部に所属していたのですが、あるときケガをして、リハビリに通うようになりました。
ちょうどそのころ、学校の授業でバリアフリーについて学び、車いすに乗った方も使いやすいテーブルの高さを考えたり図面を書いたりしました。
そのタイミングで、自分もリハビリを受けることになり、理学療法士の仕事に関心を抱いたんです。そこで進路を建築関係から方向転換することになりました。
── 進路を決める際、思わぬ方向転換があったのですね。一般的なイメージとして、理学療法士は病院やリハビリセンターに勤務される場合が多いと思っていたのですが、なぜ介護施設で働こうと思ったのでしょうか?
鷲巣さん:じつは、病院に勤務していた時期もありました。理学療法士の資格を取得したばかりのころに働いていたのは「急性期病院」です。患者さんは事故にあい意識不明の方や、手術したばかりで指一本動かせないなど、生命の危機と向き合っている方ばかりでした。
寝たきりだと、褥瘡(じょくそう・一般的に床ずれと言われるもの。寝たきりなどの状態で身体の一部に負担がかかり、皮膚や皮下組織が損傷されること)ができたり、足に血の塊ができたりしてしまいます。その病院での理学療法士の仕事は、患者さんの身体を動かして褥瘡や血の塊ができないようにするケアが中心でした。
緊張感の高い職場で働くうちに、自分が思っていた仕事内容とは少し違うなと感じ始めました。急性期の患者さんは回復していくと、回復期の方向けの病院に移ります。そうなると、自分が処置した患者さんが元気になる最後までは寄り添うことができません。
改めて自分が理学療法士として何をしたいのかを考えたとき、「病気予防としてのリハビリを行い、患者さんと長くお付き合いをしていきたい」と思ったんです。そこで、これまでの環境とはガラリと違う、デイサービスで働くことにしました。現在は、半日型デイホームで80代前後の利用者さんのリハビリやゲームレクを担当しています。
介護施設の人手不足が引き起こす新たな課題
── デイサービスで働く魅力を教えてください。
鷲巣さん:一番の魅力は、利用者さんと長いお付き合いができること。私の勤務するデイサービスは、8年間利用している方もいらっしゃいます。家族みたいな感覚にだんだんなって、アットホームな雰囲気のなかで利用者さんのことを考えられるのが魅力です。
利用者さん一人ひとりに合った運動を提案して、「鷲巣さんのおかげで腕が上がりやすくなったよ」などと言われると嬉しいです。
── 逆に介護施設に勤めて、問題だと感じたことはありますか?
鷲巣さん:スタッフの離職率の高さや、人手不足は大きな問題だと痛感します。理学療法士や看護師など、資格を持っている人を募集しても、半年以上応募がないこともよくあることです。
また、最近は利用者さんを送迎する送迎スタッフも集まりにくいです。もともとはタクシーの運転手さんがセカンドキャリアとしてデイサービスの送迎を選ぶケースが多かったのですが、いまはタクシーの運転手さん自体が減少傾向にあります。
それに、デイサービスの送迎は車の運転だけではなく、利用者さんの身体の様子にも気を配る必要があります。麻痺がある方の介助をしたり、車内で体調が悪くなった方の対応をしたりで、介護の知識も必要になります。本来であれば送迎に出なくてもいいスタッフまで送迎に向かう必要が出てきていて、現場に負担がかかっているのが現状です。
SNSの発信で交流が広がり「新商品」開発の依頼まで
── 大変なこともあるかもしれませんが、鷲巣さんはデイサービスに勤めていかがですか?
鷲巣さん:とてもよかったです。以前は「もし、別の道を選んでいたらどうなっていただろう」と考えることもありました。でも、いまは「これまでの経験がすべて役に立っているな」と思います。
たとえば、建築デザイン科で学んだ知識がゲームレクを作る際に役に立っています。急性期病院に勤めたからこそ、利用者さんと長くお付き合いできる喜びを実感しています。経験を積んだからこそ、自分に合った、やりがいのある仕事を見つけられたんだと思います。
── SNSにアップされたゲームレクを見ると、デイサービスで働く楽しさが伝わってきます。
鷲巣さん:そう言ってもらえると嬉しいです。ゲームレクを見た方から、「うちの施設でもぜひこのゲームを取り入れたい」など、たくさんの反響をいただきます。
「これは子どもたちも喜びそう」など子ども向けの仕事をされている方が関心を持ってくださることもあります。これは自分としては予想外でした。
── SNSでは反響が大きいそうですが、何か変化はありましたか?
鷲巣さん:これまでは他の施設との交流はあまりなかったのですが、SNSを通じて同業の方と情報交換がさかんになりました。他の職場で働く人から「こんなときはこうしている」などアイデアをもらうと、とても参考になります。
SNSがきっかけで新しい仕事も増えました。私のチャンネルを見た企業の方に声をかけていただき、新しいヘルスケア商品を考案することになりました。まだ企画の段階ではありますが、早く多くの方の手元にお届けできる日が来るといいなと思っています。
PROFILE 鷲巣 豪さん
わしずごう。理学療法士、ヨガインストラクター。介護施設で理学療法士として勤務。SNSに配信した、高齢者向けゲーム系レクリエーションは800種類以上。大きな反響を呼ぶ。
取材・文/齋田多恵 写真提供/鷲巣 豪