『北の国から』で演じた蛍ちゃんの成長にともない、観る人から役柄を重ねられ、自分を否定されていると感じた中嶋朋子さん。葛藤して、向き合って、吹っ切れた瞬間がありました。

私は“蛍ちゃん”じゃないし、北海道にも住んでいない

── 1981年放送開始の『北の国から』。連続ドラマが反響を呼び、21年間、続きました。物語の進行とともに、“蛍”と中嶋さんご自身も成長します。長期間演じ続けるなかで考えたことは?

 

中嶋さん:当初は全24話の放送で終わる予定でしたが、反響がよくてシリーズとして撮影が続くことになりました。やがてドラマが進むにつれ、私自身の人格が離れていくような感覚に。

 

倉本先生は私のことをたくさんリサーチしてお書きにはなるけれど、やはり“蛍”は私ではない。けれど、テレビを観る方は「蛍ちゃんと私」を同一視することも多くて、それが一番つらかったですね。

 

── “蛍”を中嶋さんと重ねる人は多いでしょうね。

 

中嶋さん:私は東京出身なのですが、「いつ北海道から出てきたの?」とよく聞かれました。いや、ドラマの影響って本当にすごいな、と。

 

学校をしばらく休んで撮影に行って、帰ってきてから北海道土産で「白い恋人」をみんなに配っていましたが、ドラマが放送されると、クラスで”蛍“というあだ名になりました。

 

── “蛍”と重ねられてイヤだったというのは、どんな意味でしょうか?

 

中嶋さん:自分を否定されているような…、自分が不要で余計なものと思われていると、受けとめました。思春期で、自分自身を構築する時期と重なっていたので、何が本当かわからなくなってしまったんです。

 

“蛍”は私の中から出ている部分もありますが、「脚本の中の人生」を「私の人生」として歩んでいると思われるのは苦しかったです。

蛍は「できのいい姉」と思うようになって

── 中嶋さんにはご自身の人生がありますものね。“蛍”が大人になるにつれ、役柄との距離感は変わりましたか?“蛍”は恋愛や出産も経験します。

 

中嶋さん:1~2年に1回は撮影に呼ばれて脚本を渡されるんですが、どんどん暗い人になっていくんですよ。「うわー、倉本先生、どうして?」と思うくらい(笑)。そして、また私、世の中からこういうふうに見られるんだな、と。

 

彼女(蛍)にひっぱられる部分もありましたね。本当の自分はそうじゃないとしても、その役を演じるなかで「自分ならどうする?」と影響を受けることもありました。

 

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── 中嶋さんにとって、蛍は近く感じる存在だったのですか?

 

中嶋さん:“蛍”という、できのよい優秀な姉がいる感覚ですね。「私本人はこうです」と主張したい年ごろだけど、観てくださる方の思いに抗うこともできないし、そうしても意味がない。皆さんは、蛍の中に見たいものを見て、感じたいことを感じるのだな、と思いました。

 

── 役に影響を受け、悩むこともあったことがわかりましたが、その後は?

 

中嶋さん:あるところまでいくと、吹っ切れました。期待に応えることをやめたときからですね。小さいときは、「蛍ちゃん」と呼ばれ、「北海道暮らし?」と聞かれて変だなと感じていましたが、「あの人はあの人(蛍は蛍)だよね」と思えるようになり、反発が消えました。

倉本聰さんの言葉で「仕事の向き合い方が決まった」

── 役柄との関係が吹っ切れてからは、どんなふうに?

 

中嶋さん:皆さんは、私の中に“蛍ちゃん”を見ているというより、ご自身のなかに“蛍ちゃん”を持っているんだと気づいたんです。そうしたら「どうぞ、どうぞ!」という気持ちになりました。

 

私がどうこうしようとしてもしかたなくて、“蛍ちゃん”はもうその方の人生の一部になってしまってるんです。だから、必ず「ご自身の体験談」を語られるんです。

 

あ、私じゃないんだなと(笑)。私を見ているけど私を見ていない。この状態をつらいと感じた時期もありましたが、私が役柄に責任を負う必要はないんだと考えられるようになりました。

 

── 相手から 『北の国から』について、語られたときはどうするんですか?

 

中嶋さん:「そうですか~!」って聞きます。私なんかよりよくご存じなんです。私が下手にしゃべると「なんでそれ覚えていないの?」ってなっちゃう(笑)。だから、ひたすら聞き役に。

 

── ひたすら聞く!中嶋さんは、いまでも『北の国から』を観返すことはありますか?

 

中嶋さん:ほとんどないのですが、最初の連続ドラマはやはりすごく好きで観ようかなと思います。けれど、長いんですよね(笑)。

 

── 『北の国から』で倉本聰さんからの言葉で心に残っていることは?

 

中嶋さん:倉本先生からは、芝居において「大きなウソはついていいけど、小さいウソはついてはいけない」と教わりました。

 

フィクションなので、北海道で暮らしているなど、ドラマそのものは大きいウソだけど、そこでやる作業にウソがあってはいけない。だから、子どもが重たい荷物を運ぶ場面も、リアルに重い荷物を運ばせました。

 

とくに子どもってウソがつけないじゃないですか。全部ウソでいいと思っちゃうと、やはり演技が違ってきますよね。

 

「演じる側はリアルな感覚を大事にしなきゃいけない、そして撮る側はその感覚を拾い上げ、そのための準備をしなきゃいけない」と先生はおっしゃいました。

 

こういう現場で育ったので、『北の国から』とは別の現場に行っても、その作品ごとに大事にしなければいけないことを必ず探すようになりました。大事にしないといけないことって、場所や相手によって変わりますから。

 

PROFILE 中嶋朋子さん

東京都出身。2歳から劇団ひまわりに所属し、5歳の時にデビュー。ドラマ『北の国から』シリーズで、主人公の娘・蛍役。映画『つぐみ』ではブルーリボン賞助演女優賞を受賞する等、数々の映画・ドラマ・演劇作品で活躍。朗読劇にも力を入れており、この3月に本人プロデュース『カミサマノ本棚』を上演。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/中嶋朋子、砂岡事務所