何度も入退場をしたり、校歌を歌ったり。同じことが繰り返される卒業式の予行練習。その理由とは?昨年まで10年間、公立の小学校校長を務めていた田畑栄一さんに、練習を含めた卒業式のあり方について聞きました。

「厳粛な卒業式」のために予行練習は行われる

── 小学校では、卒業式の予行練習に相当な時間をかけている印象があります。必ず行わなければいけないものなのでしょうか。

 

田畑さん:定められてはいませんが、習熟度を高めるために予行練習は行われます。「儀式的行事」が学習指導要領「特別活動」で、以下のように位置づけられているからです。

 

「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」。ここに、「卒業式」が該当します。「厳粛」な式にするために、何度も練習するのが慣例になっているのでしょう。

 

卒業証書のイメージ

── 時間をかけて練習をしなければ「厳粛な卒業式」にはならないのでしょうか?

 

田畑さん:そう考える学校や教員は多いと思います。卒業式はいわば小学校生活6年間の集大成。担当学年の教員は子どもたちの素晴らしい感性や成長を見せるべく式を創り上げます。「卒業式には涙がふさわしい。感動的な式にしよう!」と意気込むのです。教員人情です。

 

そのため、卒業式は証書授与、式辞、来賓の言葉、答辞、送辞、合唱と盛りだくさんになり、2〜3時間も行われる。詰め込みで授業をしてまで、予行練習の時間を捻出している場合もあると思います。

 

── 田畑さんは卒業式の予行練習について、どうお考えですか?

 

田畑さん:担当する指導者にもよりますが、何度もやり直しをしたり、「声が小さい!」「整列して!」といった厳しい指導が入ったりするのが練習中の風景ですよね。

 

子どもは練習する意味をなかなか見出せないまま厳しく言われるから、教員との信頼関係が場合によっては、崩れる可能性もあると思います。苦痛に感じている子は少なくないでしょう。

卒業式は「証書の授与」をすれば行事として成立する

── 練習もそうですが、卒業式自体とても長いですよね。答辞や呼びかけ、合唱など、すべて行わなければならないのでしょうか?

 

田畑さん:いいえ。行わなければならないのは、学校教育法施行規則第二十八条 の「校長が卒業証書を授与すること」の1点のみです。つまり、証書授与以外は省いてもいいのです。そのためコロナ禍を経て、卒業式の形も変わりつつあります。儀式の転換期です。

 

── どのような変化があったのでしょうか?

 

田畑さん:以前勤めていた小学校では、令和元年度のコロナ禍で送辞や合唱、PTA会長や来賓の挨拶などをなくし、4クラス30分で終わる卒業式を行いました。臨時休業で練習を一度も行わずに、ぶっつけ本番で式に挑みましたが、子どもたちは立派に卒業式を終えましたよ。

 

子どもたちは練習をしなくてもできますし、そもそも卒業証書の受け取り方を多少間違ったって、たいした問題ではないですから(笑)。

 

それよりも、予行練習に費やしていた時間を授業や、学年・学級のお別れレクリエーション、中学校へ希望が持てるような教育活動などにあてた方が有意義です。子どもの大切な学校生活は、さまざまな価値観を学ぶことに費やすべきです。

「涙」より「笑顔」の式を行う大切さに気づいた

── 田畑さんも、コロナ禍がきっかけで「卒業式」への意識が変わったのですか。

 

田畑さん:はい。私自身、保護者が感動する式にしたいと考えていたし、在校生に伝統を伝えたいと思っていました。それが日本全国共通の「あるべき卒業式」で、なんとなく感覚的に疑問を感じていましたが、イメージがつきにくかったですね。

 

学校は「ビルド」は得意だけれど、「スクラップ」ができなかった。コロナ禍では「スクラップ」することを学びましたね。

 

── しかし、伝統として行われてきたことを「スクラップ」するのは、簡単なことではないですよね。

 

田畑さん:そうですね。しかし、コロナ収束に伴い元の式典に戻る学校があるようでは、立ち止まって再考したほうがいいと思います。

 

教育の本質は何か、卒業式の狙いは何かをコロナによって見直せたと思います。儀式を始め、教育活動もどんどん進化していくときに来ていると思います。

 

私は、子どもたちに大切にしてほしい思い出は卒業式より「日常」です。「みんなでレクリエーションして面白かった」「みんなが提案して実施できたあの行事が楽しかった」「あの授業が好きだった」「みんなで笑ったことが忘れられない」と、これまでの学校生活を振り返ってほしい。

 

これからの卒業式には「涙」ではなく「笑顔」が似合う、そんな卒業式にしてほしいと思っています。

 

コロナ禍の3年間は、卒業生からの希望で卒業式終了後に再入場してフランクな形で合唱をしました。保護者も立って笑顔で聞いています。子どもたちは、自分たちで決めたことには一生懸命やります。こうやって子ども主体の、明るく楽しい卒業式に変わっていってほしいと思います。

 

PROFILE 田畑 栄一さん

元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。

 

取材・文/白石果林