手羽先で有名な「世界の山ちゃん」代表取締役・山本久美さん(56)。中学時代からバスケに打ち込み、全国大会も経験。教員時代はクラブチームの監督として全国優勝へと導きます。長いバスケでの経験が、会社経営にも役立っているといいます(全3回中の3回)。

中学からバスケ一筋「人を思いやる気持ちを学んだ」

── 山本さんは中学時代からバスケットボールに打ち込み、全国大会も経験されているそうですね。

 

山本さん:私が通っていた中学校のバスケットボール部の顧問の先生が、のちにバスケの強豪校・桜花学園高等学校の監督となる井上眞一先生でした。中学3年間はバスケットボール一色でした。

 

練習はハードですごく厳しかったのですが、あの3年間で人を思いやる気持ちを学んだし、自分の精神性みたいなものを身につけたと思います。人生において、本当に大切な3年間だったと思います。

 

中学、高校、大学とバスケを続け、愛知教育大学に入学して、1990年、小学校の教員になりました。教員になったのは、教育大学に進学したこともありますが、井上先生みたいになりたい気持ちが根底にあったと思いました。

 

小学校の教員になってから、学校のバスケットボールチームの顧問をするかたわら、地域の小学校男子のミニバスケットボールのコーチにもなり、全国で3度優勝しました。

指導者としての信念「レギュラーこそ思いやりある行動を」

── 子どもたちを指導するうえで気をつけていたことはありますか?

 

山本さん:バスケットボールはチームプレーです。上手な子だけを優遇するのではなく、チーム全体を大事にし、レギュラー以外の子を尊重するよう意識していました。

 

よく口にしていたのは「レギュラーになるのはすごいことかもしれない。でも、みんな同じだけ苦しい練習をして、努力をしている。それでもレギュラーになれなかった人たちは、くやしくて悲しい思いをしているんだよ。その子たちの気持ちを思いやれないようだったら、レギュラーになる資格はない」ということでした。

 

レギュラーは、メンバーの代表として試合に出ています。とはいえ、子どもだから試合に負けるとふてくされてしまうこともあります。でも、それは一番いけないことだと伝えていました。くやしい思いを抱える補欠メンバーに対して、失礼なことですよね。

 

教員時代の山本さん

チームを代表して試合に出場するからには、レギュラーやキャプテンは、まわりに気を遣わなければいけない、電車に乗るときも立っているくらいの気持ちでいるべきと伝えていました。試合に出ない子たちにボールを持たせたり、片づけをさせたりは絶対にしてはいけないことだと教えていました。

 

── そういった教えは、山本さん自身はどこで学んだのでしょうか?

 

山本さん:子どもたちに教えながら学んだのかもしれません。チームをまとめるためには、何が必要かと考えたら、トップに立つ人間が最初に動くべきだと思ったんです。

 

子どもたちを指導していて、忘れられない思い出があります。全国優勝するまでに、何試合かあるなかで、補欠の子たちも全国大会の試合に出すことができたんです。それで、補欠の子たちもシュートを入れることができました。

 

指導者としてはそれだけでもうれしかったです。さらに、決勝が終わったとき「何が一番うれしかった?」とメンバーに聞いたら、レギュラーだった子たちが「レギュラー以外のみんなが全員シュートを入れられたのが、すごくよかった」と答えたんです。

 

── 自分自身の活躍よりも、仲間ががんばったことを喜ぶなんて、素晴らしいですね。

 

山本さん:試合中、補欠の子が試合に出るとあえてパスを回し、シュートするチャンスを作ることもありました。補欠の子も、レギュラーの子に「試合前なんだから」と電車内の席をゆずることもあって…。メンバーを思いやるチームに成長したんだなあとしみじみ感じました。

 

この経験は、経営者になってからも私の土台になっていると思います。

「バスケのチーム」と「会社の組織」は似ている

── 会社の組織づくりでも、ご自身が率先して動いた部分はあるのでしょうか?

 

山本さん:そうですね。トップに立ってからも「いばらない、驕らない、欲張らない」は意識しています。あとは性格的にサボれないんです。だから、率先して社員と同じことに取り組んできました。

 

だからといって、みんなを引っ張っていくタイプでもないんです。本当に部活みたいに、みんなと同じことをする感覚です。だから特別なことはしていません。

 

── きっと、そうした姿勢が社員にも伝わっているのだと思います。

 

山本さん:適所に人を置くことも大事だと思います。どんなに素晴らしいことを言っても、部下がついてこない人もいるんです。それは、人に対して愛情があるかどうかではないかと感じます。

 

とはいえ、愛情だけでもダメで、間違ったことをしっかりと正す力があるかも大切です。愛情と厳しさ、両方を持ち部下をついてきてもらうために大切なのは、やっぱり「自分が率先垂範すること」なんです。

 

厳しさは大事だけど、ちゃんと愛情を持ってコミュニケーションをとることで組織は変わっていくと、ずっと言い続けています。

 

今後は店舗にこだわらず、外販販売などにも力を入れていきたいです。社員と力を合わせて、アイデアを出し合って会社を守っていきたいですね。

 

PROFILE 山本久美さん

やまもと・くみ。株式会社エスワイフード代表取締役。中学時代、バスケットボールで全国優勝を果たす。愛知県教育大学卒業後、小学校教諭を務めるかたわら、小学生男子ミニバスケットボールクラブチームの監督としても活躍、指導者としてもチームを全国大会優勝に導く。2000年「世界の山ちゃん」創業者の山本重雄氏と結婚し、専業主婦に。2016年8月、重雄氏の急逝によって代表取締役に就任。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/株式会社エスワイフード