32歳のときにお子さんを出産した俳優の芳本美代子さん。舞台復帰後、30代以降は演出家として「人に教える」立場に。さらに現在は、「大学教授」の肩書きを増やしました。多忙な芸能活動と育児の両立や、キャリアの幅を広げた理由について伺いました。(全3回中の3回)

産後すぐに舞台復帰「両親からのバックアップに助けられ」

── 産後すぐに仕事に復帰されました。「早く復帰したい」という思いがあったのでしょうか。

 

芳本さん:産後のスケジュールも組まれた状態で産休に入ったため、「復帰するしかない」という感じでした。ただ、デビューしてから長期間休んだことがなかったので、産休中は本当にのんびり過ごせました。

 

産後2か月で復帰してすぐに、舞台『ピーターパン』の稽古がスタート。育児と稽古に奮闘する毎日で、「何がなんでも体調を崩すことはできない」という感じでしたね。ただ、両親が近くに住んでいたこともあり、かなりバックアップしてもらいました。娘を両親に預けて稽古に向かうなど、助けてもらっていました。

 

両親のバックアップを得て育児と仕事に奮闘
両親のバックアップを得て育児と仕事に奮闘

── 子育てにおいて、大切にしていたことはなんですか?

 

芳本さん:子どもを「個人」として接することを意識していました。幼少期も、赤ちゃん言葉で話しかけることはなく、「今日はこういうお仕事をしてくるね」と話しかけ出かけていました。対等に話をすることで、本人の意思を尊重できるようになり、いい親子関係が築けたのではないかなと思っています。娘はすでに成人していますが、一人の人間として尊重しつつも私の中ではいつまでも「娘」。わが子の手本となるような生き方をしたいなと思っています。

演出を手掛けて体得した「演技を客観視する力」

── 30代以降は、演出家としても活動の幅を広げましたが、きっかけはあったのでしょうか。

 

芳本さん:2009年、当時お世話になっていた事務所で、後輩の演技指導をしつつ、演出をさせてもらうことになったんです。

 

舞台の仕事で、演出家の方とご一緒することは多かったのですが、いざ自分が演出をするとなるとなかなか難しくて。「こうしてほしい」という思いを役者さんに伝えるときに、つい自分が動いてしまうんです。そうすると、私の演技を相手に押しつけてしまうことになりかねません。反省を繰り返しながら、「よりよく見せるならこんなふうに」と、言葉で指導ができるように徐々になっていきました。

 

── 演出をしてみて、ご自身の演技に変化はありましたか?

 

芳本さん:演技を客観視できるようになり、稽古中に演出家の方が向けてくる言葉の意味が、より深く理解できるようになりました。自分が演じているとき、演出家の目線で捉えることができるようになり、指示の意図を正しく汲み取れるようになった気がしています。

 

── 人に教えることで、新しい学びを得たのですね。

 

芳本さん:そうですね。「人に教える」って子育てに似ているなと改めて感じました。子どもに教えながら自分も教わるという感じ。「こう伝えないと理解してもらえない」ということが、はっきり見えてくるんです。

 

以前は、芝居をやっているときに世界観に入り込みすぎてしまい、客観視することが難しかったのですが、演出の経験を通して、客観視することの大切さを学びました。役者としての見せ方と演出家としての考え方への認識が大きく変わった機会となりました。

 

幼い頃の娘の葵さんと
幼い頃の娘の葵さんと

コロナ禍を経て感じるコミュニケーションの大切さ

── 2023年4月から大学教授に就任されましたが、その経緯について教えてください。

 

芳本さん:以前から大阪芸術大短期大学部の教授を務めていた、加納竜さんからお誘いを受けたのがきっかけです。正直、この私が大学教授になるなんて、一番私が驚いています(笑)。「私のこれまでの経験が何かの役に立てるのなら」とお引き受けしました。

 

── 授業ではどのような内容を指導されているのでしょうか。

 

芳本さん:「身体表現」をテーマにし、自分の思いを人に伝えるための表現を教えています。受講している生徒は、必ずしも役者志望というわけではありません。しかし、表現のスキルは演技だけにとどまらず、社会に出たときのコミュニケーションにも役立つと考えています。これから社会人になる子たちに向けて、自分の思いをよりよく伝える方法を教えるのが私の役割。短期大学ということもあり、2年間という制限時間の中でスピーディーに授業を構成する難しさはありますが、やりがいのある仕事だと感じています。

 

── 生徒たちにはどのような思いで接しているのでしょうか。

 

芳本さん:言葉で指導するのと同時に、「心への寄り添い」も必要だなと感じています。特に現代の子たちは、コロナ禍に人と距離を取る生活が続いたせいか、人との関わりを躊躇する様子が多く見られます。ひとりでいることが当たり前で、コミュニケーションがうまく取れなくなっているんです。

 

私が子どもの頃は、ご近所さんとの交流も活発でしたし、親以外の大人から叱られることもしょっちゅうでした。しかし今はコミュニケーションが希薄な時代。これから社会に出ていく若者たちが、より良い人間関係を築き、人との助け合いができるようになれるよう、私なりにサポートしていきたいと思っています。

 

配信中のYouTubeチャンネル「みっちょんINポッシブル」では、娘の葵さんとの親子出演も!
配信中のYouTubeチャンネル「みっちょんINポッシブル」では、娘の葵さんとの親子出演も!

「地道に進んだ先に、素敵な景色が見えるはず」

── さまざまなキャリアを積むなかで、大切にしてきた信念や思いがあれば教えてください。

 

芳本さん:「ツラいなかでも楽しみを見つけること」が、人生において大切だと思います。新しい環境や仕事、初めての試みには失敗や困難がつきものです。でもそれを否定していては得るものはありません。ツラいなかでも楽しさを見つけることができれば、学びへの姿勢も変わるし、成長の伸び高も変わってくると思うんです。楽しみながら困難を乗り越えて、一段でもステップを登ることができれば、自分が得たものに気づけるはずです。そうやって一歩ずつ地道に進んでいけば、いずれきっと素敵な景色が見えてくると思います。

 

人生と登山は似ています。登っているときは苦しくても、頂上に着いたときは「くじけなくてよかった」と心底思えるはず。今後の人生においても、楽しみを見つけながら歩み続けていきたいと思いますし、今、不安や迷いを抱えている人にも、「苦しみの中の楽しみ」を見つけてもらいたいと願っています。

 

PROFILE 芳本美代子さん

女優、歌手。1985年に「白いバスケット・シューズ」で歌手デビュー。「みっちょん」の愛称で親しまれ、1990年には初舞台となるミュージカル『阿国』で演劇新人賞を受賞。その後、舞台や映画、ドラマなどで活躍。現在は大学教授の肩書きも加わり、大阪芸大短期大学部で教鞭をとる。YouTubeチャンネル「みっちょんINポッシブル」ではさまざまなゲストとのトークに加え、生歌、鼻歌なども披露している。

取材・文/佐藤有香 画像提供/芳本美代子