高齢世代にとって、デジタル化がもたらす未来とは?そのために子世代ができることとは。81歳でスマートフォン向けのゲームアプリを開発し、アップル社CEOティム・クック氏から「世界最高齢のアプリ開発者」と称された若宮正子さんにお話を伺いました。
デジタル化は不幸にするものじゃない
── 高齢世代のデジタル化は、なぜ求められているのでしょうか。
若宮さん:第一に、命を守るためです。災害があったとき、スマートフォンやスマートウォッチを持っていれば、早い時期に安否確認ができますし、情報を得ることができます。緊急速報や避難情報は、固定電話には届かないことも多いですよね。インターネットを活用すれば、人手をかけるよりも一人ひとりに手厚く寄り添うことができるんです。
第二に、これからの生活にITリテラシーは欠かせません。日本では、70代からインターネットの利用率がガクッと低下します。理由を聞くと「自分の生活には必要ないと思っている」という声が多いのですが、そんなことはありませんよね。高齢者の割合が増えて働き手が減ると、出かけたくてもバスやタクシーなどのアシがないということが起こります。移動手段を必要とする人と、車を出せる人をインターネットでつなぐ共同送迎システムを作っても、ITリテラシーがないと申し込みすらできません。
今後、街へ出て買い物や外食をするにも、セルフレジやロボットによる接客があたりまえになりますしね。
第三に、人と交流することができます。デジタルを活用すれば、オンラインでクラス会を開くこともできますし、高齢者自身が地域活動の担い手になることもできます。私は趣味で俳句を詠むのですが、理事を務めているオンラインサロン「メロウ倶楽部」には俳句の部屋があって、毎月投句された作品の中から選句発表をしています。家のこたつにいながら、同じ趣味を持つ人と交流できるのはいいですよね。
── ただ、高齢の方の中にはデジタルに苦手意識がある方も多いですよね。
若宮さん:そうですね。でも、環境によって人って意識や行動が変わります。
2年前にデンマークへ行ってきました。電子社会では世界の最先端を走っている国です。日本では、マイナンバーのこともそうですが、デジタル化を窮屈なものと感じる人が多いようですが、デジタル化は国民を不幸にするものではありません。デンマークは2023年の「世界幸福度ランキング」(世界幸福度報告)で、フィンランドに次ぐ2位に入っています。
デンマークでは、年金の通知やワクチンの接種案内などが、紙では届きません。日本では「高齢者が多いからデジタル化が進まない」といわれますけれど、デンマークにもおじいちゃん、おばあちゃんはもちろんいらっしゃる。それでも、ぼすべての世代と性別で、8〜9割の人が電子サービスを自分で利用することができているんです。
そして、高齢者が自立することで、年間3億ユーロの経費を削減することができたという報告があります。
── 8〜9割の方が電子サービスを利用できるまでになったのは、サポート体制が整っているからでしょうか?
若宮さん:そうですね。家族だけでなく、老人ホームの介護スタッフやヘルパーさんも、電子手続きを教えてくれるそうです。デンマークには自立を尊ぶ空気があって、若い人が代わりにやってあげるのではなくて、あくまで高齢者が自分でできるようにサポートをするそうです。
「かわいくない嫁」でいる方が親切
── 子世代としては、どのようなサポートを心がければいいのでしょうか。
若宮さん:「やってあげる」のではなくて、「手伝ってあげる」くらいがいいでしょうね。日本の高齢者も、心身ともに自立することが求められています。デジタル化することで、自分で自分を守らなければいけません。
ワクチンの申し込みにしても、「あそこのお嫁さんは全部やってくれたのに、うちの嫁はやってくれない」などという人がいますけれど、むしろ子世代は「かわいくない子や嫁」でいるほうがいいんですよ。
「やりかたを教えてあげるから、自分でやってください」というほうが親切です。まがりなりにも自分でできれば、達成感がありますよね。おじいちゃん、おばあちゃんをハッピーにさせてあげたかったら、自分の力でやらせてあげるのがいちばんです。
デジタル化を進めるには、操作手順よりも本質を知ることが大事です。スマートフォンは、電話だけでなくて、お財布にもなるし、調べものもできるし、世界中の人とつながることができる「万能電脳小箱」です。手順がわからなくても、とにかく触ってみて、わからないことはなんでも周りの人に聞けばいいんですよ。
主体性を持って、アタマを柔らかくして、新しい時代を学ぶのはワクワクしますよ。
── 若宮さんのように歳を重ねたいと憧れる人は多いと思います。ご健康のために気をつけていらっしゃることはありますか。
若宮さん:体にいいことは何もしていないんですよ(笑)。なにしろ年間150回講演に出かけていて、仕事に合わせて寝起きしていますから、朝が早い日もあれば、帰りが遅い日もあって、不規則な生活です。食べるものも、食べられるときにそこにあるものをいただけばいいと思っています。
今年から政府関係の仕事が増えて、やることはたくさんありますけれど、旅行もしたいし、本も読みたいし、俳句も作りたい。好きなことがたくさんありすぎちゃってヒィヒィいっています(笑)。
「趣味を持ちましょう」というと、「お金も時間もありません」という人がいますが、俳句はお金が1円もかかりません。お買い物をしたレシートの裏にだって書けるんですから。
パソコンに「圧縮」と「解凍」ってあるじゃないですか。俳句というのは、いろいろな思いを17文字に圧縮するようなものなんです。読む人は、それを自由な解釈で解凍すればいいんです。
たとえば、「この道や行く人なしに秋の暮」という句は、芭蕉がどんな思いを込めたか知りませんけれど、後継者がいない職人さんや、過疎地の村長さんが読んだら、また違う思いがわいてくるでしょう。その人それぞれの気持ちで読んだらいいと思います。
私は昔から、周りのことはあまり気にしないんです。みんなが黒っぽい服を着ていても、一人で派手な服を着て歩いていますしね。この歳になったら、やりたいことをやればいい。そのせいで、少しくらい寿命が短くなったとしても、自分が満足して死ねたらいいと思っています。
PROFILE 若宮正子さん
1935年生まれ。高校卒業後、当時の三菱銀行に就職。定年後、高齢者も楽しめるゲームアプリを開発する。現在は一般社団法人メロウ倶楽部の理事などを務めるほか、首相が主催する「デジタル田園都市国家構想実現会議」内閣府の「高齢社会対策大綱の策定検討会」など、政府関係の仕事にも携わる。著書に『昨日までと違う自分になる』(KADOKAWA)『88歳、しあわせデジタル生活 もっと仲良くなるヒント、教えます』(中央公論新社)ほか。
取材・文/林優子 画像提供/若宮正子