「2021年から始めたバナナジュース屋は、もうすぐ3年目。その前は正社員として10年働いていました」。そう語るのは、ラッパーとして音楽活動をしながら2歳になる息子・あゆむ君の育児に奮闘中のシングルファーザー・十影さん。5年ごとに更新しているという人生の目標についてお聞きしました。(全3回中の3回)

正社員を辞めコロナ禍にバナナジュース屋を始めたワケ

── 元々は、音楽活動をしながら会社勤めをされていたのですか?

 

十影さん:そうです。36歳まで工場で働いていました。音楽で身を立てたいからバイトをしながら頑張るって人が多いけれど、圧倒的に正社員になったほうがいいと思う。そのほうが断然、活動しやすいんです。だって土日休みの正社員なら、ライブはだいたい土日だし、雑誌の取材も平日の夕方か夜にしてもらえばいいし。ちゃんと有休がとれる会社に勤めるのがベストですね。

 

ラッパーの十影さん(写真左)
ラッパーとして現在も精力的に活動する十影さん(写真左)

── 36歳で退職されたときは、不安になりませんでしたか?

 

十影さん:ぜんぜんならなかったですね。40歳からの転職なんて不安だっていう人がいるけど、それなら自分でなにか仕事を始めればいい。僕はすぐに壮大なスケールで考えてしまうクセがあって。こんな小さな星の小さい国にいるちっぽけなやつが、将来のことをそんなに悲観してどうするんだって思うんです。

 

── 2023年には、地元の砂町銀座商店街でバナナジュース店「TOKABANANA」をオープンしました。キッチンカーで始めたのは2021年だったそうですね。コロナ禍にもかかわらず、飲食店を始めようと思ったのはなぜですか?

 

十影さん:当時は、外食自体が悪、みたいな風潮があったじゃないですか。そんなときにやるならどんな商売がいいだろうっていうところからスタートしました。スマートに持ち運びができて、外で販売できる商品で何だろうって考えて。そこから飲み物に絞って、バナナジュースにしたんです。

 

キッチンカーを始めたのはちょうど緊急事態宣言が出ていた4月29日。たしか3月1日にバナナジュース屋をやろうと決めて、ほぼ2か月で開店までこぎ着けました。

 

十影さんが手がける「TOKABANANA」
十影さんが手がける「TOKABANANA」。超濃厚なバナナジュースが味わえる

── 2か月でオープンとは、すごいバイタリティですね!反響はいかがでしたか?

 

十影さん:ちょうどゴールデンウィークだったのですが、室内のカフェやレストランで買ったものをSNSにアップすると、もう悪者みたいに叩かれたりする時期で。キッチンカーは野外だったので、たくさんの人が来てくれたのは、逆にラッキーでしたね。

マイホームに社会貢献…5年ごとに目標を更新

── 音楽活動は何歳の頃から?

 

十影さん:17歳からやっています。今、40歳なのでちょうど23年目。今はソロ活動をメインにしているのですが、グループでインディーズデビューしたのが2008年。下積みからデビューまでに7年くらいかかりました。当時はHIP-HOPブームで、KICK THE CAN CREWやRIP SLYMEが注目されていて。『My Way』がヒットしていたDef Techは同期でした。デビューしてからは、グループ活動と並行してソロもやっています。

 

インディーズデビュー当時の十影さん(後列一番右)
インディーズデビュー当時の十影さん(後列一番右)

── いつ頃から、音楽活動でプロを目指しましたか?

 

十影さん:僕が20代のときは、40代でラップをしている人がまだいなくて。だから、30歳になって稼げていなかったら辞めようというのは明確に決めていました。それ以来、目標は5年周期で更新しています。

 

── 実際に30歳になったときはどうでしたか?

 

十影さん:30歳になる少し前にソロデビューしました。全国ツアーに出たりもして、音楽活動自体は順調でした。音楽でお金を稼げるようになったので、次は35歳の目標として「あと5年音楽活動を続ける」「有名になってマイホームを買う」というふたつを掲げたんです。

 

結果的には、33歳で今住んでいる一戸建てを買って、目標を達成しました。その後「音楽でお金を稼ぎたいというより、地元に貢献がしたい」という気持ちが芽生えて、それを40歳の目標に。ちょうど40歳で地元の商店街にバナナジュース屋を開店できたので、目標をギリギリクリアしたかなって思っています。

話題の楽曲『保育園神』誕生秘話

── 次の45歳までの目標も決めていらっしゃるのですか?

 

十影さん:45歳までの目標は、大口をたたくような感じになりそうですが、社会を変えたい。『保育園神』(十影&FRANKEN pro.kf13・2023年4月リリース)など、みんなの求心力になるような音楽をどんどん作っていくのが目標です。

 

『保育園神』のミュージックビデオの制作に協力してくれた仲間とラッパーの十影さん
『保育園神』のミュージックビデオの制作に協力してくれた仲間たちと

──『保育園神』のテーマはすぐ決まったのですか?

 

十影さん:息子を保育園に入園させてすぐにシングルファザーになったのですが、 保育園の存在には本当に助けられていて、“もしも保育園がなかったら、人生が終わっていた”って失望していたほど。そうしたなかで、“保育園について書いた曲を作りたい”って思ったんです。

 

保育園は、待機児童や保育士不足、給与が低いなど社会的な問題をいっぱい抱えています。僕は選挙に行くときは、マニフェストに育児対策を取り入れている候補者にいつも投票しているけれど、政治の大切さって若い世代にはあまり伝わらないですよね…。

 

── 実際に自分ごとにならないと、想像しづらいのでしょうね。

 

十影さん:だから、若者に馴染みのあるラップみたいな音楽をやっている人間が、自分が疑問に思っていることを歌っていけば、政治に興味がない若い子たちも問題に目を向けるんじゃないかって。それで社会に訴えることを意識して作った最初の曲が『保育園神』なんです。

 

── マイホームを買ったことも、歌のテーマにしていましたね。

 

十影さん:歌には自分の人生を投影したいと思っていて。家を買ったときもそうですし、1回目の結婚をしたときも、結婚の歌を作りました。それでいうと、育児はテーマが尽きないですね。おしゃぶりというテーマだけでも3分の曲が作れるほど(笑)。『おむつ替え』っていうタイトルの曲だって作れそう。この先も、感情のアップダウンの中でそのピークに達したときの気持ちを詩に書いていくと思う。だから歌う内容がどんどん変わっていくのも面白いところかなって感じています。

 

ラッパーの十影さん

── 海外のHIP-HOPは、ストリート発祥ですよね。

 

十影さん:僕も若いときには攻撃的な歌も歌っていました(笑)。それが30代になって世間に受け入れられそうな曲を作るようになって。今は社会に向かって伝えたいことを歌っています。歳を取るにつれて、マインドも変わってくるので。

 

── 今はお子さんがいるリスナーも多いのですか?

 

十影さん:圧倒的に子どもがいるリスナーが多い気はしますね。僕は『子どもたちにもう1人保育士を』という団体を支援していて、そのこともどんどん発信しています。たとえば“子どもを産むか、産まないか”というテーマひとつをとっても、“今の給料で育てられるかな”という不安も大きいんだと思うんです。

 

僕の姿を見て、今は子どもを積極的に考えられない人も、”子どもができても大丈夫“って思えるアイコンになれたらいいなと。仕事もして、音楽活動もして、家事も育児もしているけれど、なんとかなる。そうやって、若い人が”子どもが欲しい”って思えるような明るい世の中になってほしいです。

最終目標は区長「シングル世帯を孤立させない社会に」

── 息子さんをひとりで育てていくなかで、やりたいことが明確になったのですね。

 

十影さん:そうかもしれません。どんな人に対しても優しい世界を目指したいんです。

 

ちなみに50歳の目標は、シングル世帯のための施設を作ること。シングルファザーやシングルマザーが集まれる拠点みたいな場所です。情報交換をしたり、発信もできるような複合施設を考えています。

 

社会から孤立してしまったシングルの人って多いはずで。負い目を感じているから、友だちがいない。どんどん孤立化が進んで、うつになってしまった人もいるんじゃないかと思う。そんな同じ境遇の人同士が気軽に集まれる場所をつくりたいんです。シングル世帯を孤立させないことで、子どもへのネグレクトも防げるはずと期待しています。そのためには、僕自身が育児をしている者としてアイコンにならないと。

 

十影さんの原動力となっている息子のあゆむ君

── 具体的な目標ですね。

 

十影さん:実は、50代の最終目標は区長なんです。出身は江東区なのですが、今住んでいるのは葛飾区で。できればどちらかの区長になりたい。

 

息子との出会いによって、人のためになる音楽や施設がつくりたいと希望も変わってきたことを実感しています。息子が自分を大人にしてくれたんだなと思いますね。

 

【動画】保育園神 / 十影&FRANKEN pro.kf13 Official MV

 

PROFILE 十影さん

1983年東京都出身。ラップクルー『LUCK-END』のメンバー。自然体でユーモアセンスあふれる楽曲に人気が集まっている。2008年にインディーズデビュー。ソロとしても活躍。作品に『神がかり』『ネ申物語』など。

 

取材・文/池守りぜね 写真提供/十影