中学1年生で慢性腎臓病を発症し、38歳で夫から腎臓移植した、もろずみはるかさん。移植によって夫婦の関係性は変わるのか…夫婦の本音とは。(全2回中の2回)

彼の日記はホラーだった

── 38歳のときに旦那さんの腎臓を移植。腎臓移植を決断してから手術まで半年間あったそうですが、その間に夫婦でそれぞれ日記を書いたそうですね。

 

もろずみさん:夫は優しい人なので、本当はドナーになることを我慢しているのではないか。医師は夫にドナーになるのが嫌になったとか、途中で気が変わったらいつでも辞めていいと言ってくれましたが、夫の本音が知りたいと思いました。

 

夫には日常のたわいないこと、手術への思いも忖度なく書いて欲しい。5年後、10年後にお互いの日記を見返して当時を思い出す記録になるからと日記を書いてもらうようにお願いしました。これを「未来交換日記」と名づけました。

 

── リアルタイムではお互いの日記は見ずに、何年か後に見返そうと。

 

もろずみさん:ただ、そうは言っても夜な夜な毎日コッソリと夫の日記を読んでいました。

 

夫がちょっとでも腎臓移植が怖くて嫌だとか、前向きではないことが書いてあれば、手術は辞めるべきだと思ったんです。しかし、実際日記を読んでみると、まさにホラーでした。

 

── ホラー?

 

もろずみさん:なんだかんだと「はるかさん好き」みたいなことが書いてあるのかと思っていたら、私に対する嫌悪感が本当に忖度なく記されていて。震えあがりましたね。

 

たとえばある日、私が家で夜遅くまで仕事をしていて、机に座ったまま寝てしまった日があったんです。翌朝、夫が私の部屋に入ってきて「はるかさん大変だったね」と声をかけながら、肩を揉んで笑顔で出勤していきました。でもその日の日記を見たら、「はるかさんの肩に触れてみた。思った以上に嫌悪感がなくてホッとしている」とか、「なんでこんなに夜遅くまで仕事をしているんだ。こっちはドナーになるために腹を括っているのに」と、私に対するクレームがたくさん書いてあったんです。さっきまで笑顔だったのに…と震えながら読みました。

 

ただ、私に対する辛辣なことがいっぱい書いてある中で、ドナーになるために毎日マスクをしよう。風邪をひいたらいけないから会社の飲み会には参加せず帰ろうなど、ドナーになるための決意を固めてくれていることもわかりました。ここまでしてくれる人に私も覚悟を決めようと思いました。

 

── 旦那さんも手術前にやっておいたことがあったそうですね。

 

もろずみさん:夫は市民ランナーとして定期的にマラソン大会に出ていましたが、腎臓が二つある状態で最後にベスト記録を出しておきたかったようです。大会は手術の10日前でしたが、医師から出場の許可がおりたため、そのときに記録を出したいと練習を重ね、当日はベストタイムを更新しました。また、大好きな鰻を食べに行ったし、万が一戻って来られなくなったことを考えて、家の中を綺麗にして、すべて整えた状態で病院に来てくれたようです。

腎移植した翌日。HCUから一般病棟に戻された直後

── 旦那さんはドナーになることについて、どのように考えていたのでしょうか。

 

もろずみさん:手術前には僕の腎臓でよかったらと言ってくれましたが、手術後にも改めて聞いてみたんです。夫はドナーになって周りから「ボランティア」「自己犠牲」「偉かったね」などと言われることがあるそうですが、「自分はボランティアでやったわけじゃない。自分にメリットがあるからドナーになった」と自分の言葉で伝えるようにしているんだそうです。

 

夫婦って暮らしじゃないですか。もし人工透析で二日に一回透析の日があるとしたら、単純に夫婦の時間が減ってしまう。家に帰ってきても電気がついてなかったら「今日ははるかさん、透析の日か…」と、自分のQOL(生活の質)が下がる可能性もある。夫いわく、私が元気になることで夫自身のQOLを上げることに繋がるし、二人で生きていくと決めているなかで、パートナーの元気のない姿を見るのがツラい。腎臓をひとつ提供して一日でも長く二人で元気に暮らせるのなら自分にとってもメリットがあると夫は考えたようです。

手術が終わって夫と再会したとき

手術室に行く直前に撮影したもの

── 2018年3月に腎臓移植をされました。手術当日はどのような気持ちでしたか?

 

もろずみさん:私は完全に腹が決まっていて、朝からゾーンに入った感じですごく集中していました。中1からずっと抱えてきた腎臓病がある種ここでひと区切りつく。しかも、それを解消してくれるのが誰でもない夫であり、人生最高に整った日だったと思います。

 

夫の両親に感謝の手紙を書き、夫とは病院の談話室で集合して記念写真を撮ったり励まし合ったりしていたら、看護師さんが呼びに来ました。夫と手を繋いでオペ室まで歩いていると、病棟で仲良くなった患者さんたちが「頑張れ!頑張れ!」と応援してくれて、まるで花道を通るような感じ。「行ってきます!」とすごくポジティブな気持ちでそれぞれの手術室に向かいました。

 

── 数時間後に手術を終えて。

 

もろずみさん:目が覚めると看護師さんが「もろずみさん、無事に終わりましたよ。旦那さんからもらった腎臓からジャンジャンおしっこが出ていて、こんなに早く生着するんですよ」と声を掛けてくださって心底ホッとしました。同時に夫も無事だと聞いて、安堵と感動が入り混じったような気持ちでした。

 

手術が終わった翌日に夫が頑張って歩いて私の病室まで来てくれました。「はるかさーん」って名前を呼びながら、お互いに大丈夫?大丈夫?と確認しあい、夫の姿を見て心底ホッとして。

 

ただ、手術が終わって1か月くらい経ってから。夫から実は手術台に登る時にすごく怖くなって、ガタガタ震えながら手術台に上がったと聞いたんです。夫は私と別れてオペ室に入るまで終始笑顔でした。どんな気持ちで気丈に振る舞っていたのかと思うと、自分が情けなくなります。また、夫が腎臓を私にひとつ提供したので夫の腎機能も一時的に50%近くまで低下していて、わかってはいたけどもの実はすごくショックだったと、すべてが落ち着いたときに教えてくれました。手術が無事に終わったことは嬉しいですが、そこには複雑な思いもあったのも確かです。

 

── 退院後、体調や日常生活はいかがですか?

 

もろずみさん:私はびっくりするくらい顔色がよくなりました。むくみも取れて、疲れにくくなって、希望に満ち溢れていたと思います。しばらくは術後の痛みも残っていたはずですが、それ以上にポジティブな気持ちが大きかったですね。回復も早くて術後6日で退院できたことにも驚きました。

 

一方、夫は健康だった体にメスを入れているので、通常よりも痛みを感じやすかったと思います。その後も徐々に体力を回復させながら、手術から7か月後に筑波マラソンに復帰しました。腎臓をひとつ取ったことでタイムも落ちているだろうと覚悟していたそうですが、結果は手術直前のタイムから15秒程度しか差がなかった。夫はまだ自分の体はやれるんだ…!と衝撃を受けて、帰りの電車の中でこっそり泣いていたそうです。私は隣にいたのに、またしても気が付かず。本当に情けないですね。

女として見られない? 

── 移植後は、夫婦でどんなことをお話されましたか?

 

もろずみさん:夫が「移植前も幸せだったけど、移植後はもっと幸せになったね」と言ってくれました。私も夫から腎臓をいただいたからには、夫よりも1日でも長生きさせていただきたい。最後に「僕の人生面白かった」と夫を見届けてから…、というのが最大の恩返しになるような気がしています。

 

また、手術前は腎臓を提供してもらうことで夫婦が対等な関係じゃなくなるのではと心配しましたが、これも私の勝手な思い込みでした。夫が私にそのようなそぶりを見せたことは1秒もなかったです。夫がいつも言ってくれるのは、あげた以上はその腎臓ははるかさんのものだから、よきようにしてくれと。だからと言って怠惰なことはしないよう心がけていますが、お互い日常生活も無理なく過ごせています。

 

── 手術前は、自分が女性として見られなくなる不安もあるとお話しされていましたが。

 

もろずみさん:手術が終わって1か月くらいは、夫は私のお腹を見るのが怖かったようです。20㎝ほどの手術痕がありますから。私もこのまま女性として見られなくなってしまうのではと本気で悩みましたが、術後1か月くらい経ったとき、夫がナチュラルに自分のベッドに招き入れてくれて、あぁよかった…と心底思いました。

 

そもそも夫もドナーになってしばらくは余裕が無かったと思います。退院して1週間は仕事もリモートにしてもらいましたが、翌週から出勤すると途端にハードな日常に戻りました。仕事をこなすのが精一杯で、妻が女かどうかなんて考える余裕はないというか。それなのに夫の気持ちを確認しようとしてみたり、なんて私は身勝手だったんだろうと今は思います。

 

── 改めて、腎臓移植を経験してどんなことを思いますか?

 

もろずみさん:圧倒的に孤独の解消に繋がりました。中学1年生のときから腎臓病を患って、人に話してもなかなか深いところまではわかってもらえないだろうし、腎臓病患者だから諦めなければならないこともたくさんありました。

 

でも、夫がドナーになってくれたことで、たとえば病院の定期受診にしても同じ感覚で報告しあえる。今までそうしたことって無かったし、ましてや夫の腎臓がどんなときも私の右のお腹にある。そういう意味では移植医療って数値だけでは語られないものがあって、満足度の高い人生に切り替わりました。

 

最近気づいたんです。夫婦って悲しみは半分に、喜びは2倍とよく聞きますよね。悲しみは兄弟や友だちとも共有できるけど、些細な幸せや日々の喜びは一つ残らず夫と共有したい。たとえば今日は月が美しいと思った時は夫に伝えたいし、感覚を分かち合いたい。夫の存在によって喜びも美しいものも10倍になると思っています。

 

一方で夫の優しさに甘んじてはいけないとも。夫より1日でも長く生きて、夫の最期を見届けるのが私のミッションだからです。「僕の人生面白かった」と言ってもらわないことには、私の人生も終えられない。これからも、夫婦仲良くいけるところまで歩いていきたいと思っています。

 

PROFILE  もろずみはるかさん

1980年生まれ。福岡県生まれ。広告会社を経て2010年独立。中学1年生のときIgA腎症を発症。2018年3月、38歳のときに夫の腎臓を移植する手術を受けた。

 

取材・文/松永怜 写真提供/もろずみはるかさん