38歳のときに夫から腎臓を移植した、もろずみはるかさん。28歳で結婚するも、36歳で末期の腎不全に。人工透析か腎臓移植か、人生の選択に向き合った2年間の話を伺いました。(全2回中の1回)

フルなら今だよと思いながら

── 中学1年生の健康診断で慢性腎臓病と診断がついたそうですが、特に自覚症状はなかったそうですね。

 

もろずみさん:まったくなかったですね。中学生の頃はバスケットボール部でハードに練習していたし、腎臓が悪いと言われてもピンとこなかったです。ただ、腎臓病が悪化したら透析の可能性があるとか、将来子どもが産めないリスクがあるかもしれないと聞いたんです。世の中が今以上に「女性は結婚したら子どもを産むもの」といった雰囲気があった時代なので、どこかで私は不良品なんじゃないかと思う部分はありました。

 

── 定期受診を続けながら大学卒業後は会社員に。新卒で入った会社で旦那さんと出会ったそうですね。

 

もろずみさん:入社式で夫の姿を見たときに「まぁ、なんてスマートで都会的な方な人なんだろう」と思いました。入社式が終わるとそのまま千葉で1か月の研修合宿があり、そこで徐々に会話を重ねているうちに「彼とお付き合いしたい」と思いました。研修が終わると私は広島に、夫は東京に配属されましたが毎日、連絡をとりながらGW明けくらいに付き合うことになりました。なんとしても夫に振り向いてもらいたい。やれることはなんでもやろうと当時は必死でした。

 

── その後、遠距離恋愛を続けながら28歳で結婚されました。もろずみさんから結婚の話をされたとか。

 

もろずみさん:お互いアラサーになり、このままいくと自然と結婚する流れになるんだろうなと感じてはいたものの、私の持病についてちゃんと話をしないまま流れに身を任せるのはフェアじゃない気がしたんです。二人で歩道橋を歩いているときに「私、将来子どもが産めんかもしれないけど、それでも結婚してくれる?」と自分から言いました。かしこまった感じにせずにあえてラフに。フルなら今だよ、という気持ちも込めて聞いたと思います。夫は優しい人ですから、情に流されることなく冷静に、将来のことを考えてほしかったのです。けれども夫は、「第一優先が子どもではなくて、二人で一緒に居たいからいるんでしょ。おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒に温泉とか行けたらいいね」と言ってくれました。

 

夫には新人研修のときには腎臓病のことは伝えていましたが、お付き合いしている時も特に症状が出ていなかったのと、私いつも声が大きくて明るくニコニコ笑っているから、腎臓病と言っても元気に見えるみたいなんです。ただ将来のこともあるので、改めて体のことは伝えておきました。

まさか病院で修羅場に

腎移植前のドナー検査に同行。移植する3か月前

 

── 結婚から1年後には妊娠されたそうですが、少し大変な思いをされたとか。

 

もろずみさん:妊娠期間の途中までは順調だったんです。でも、ある日、赤ちゃんの様子をエコーで見せてもらうために夫婦でワクワクしながら病院へ行ったら、まったく予想外のことが起きたんです。

 

その日、病院には初めて見る婦人科医がいました。すると、その医師は急に厳しい顔でこう言ったんです。「妊娠中毒症になっているし、この状態で出産をするなんて考えられない」と。赤ちゃんの様子を見に楽しみにきたはずが、まさか考えもしなかった言葉を投げかけられてパニックになりました。

 

私と医師は「なんとしても産ませてほしい」「賛成できない」と押し問答になりました。「私の命は惜しくない。子どもを絶対守りたい」と言うと、その医師が「あなたはそれでいいでしょう。ただ、旦那さんはどうなるの。最悪あなたが亡くなって、旦那さんと子どもの二人で生きていく可能性もある。このままでは、あなたの体力もどんどん低下して、命の保証もできない。そうまでして妊娠を継続するのは医師として考えられない」と。今思えば、あえて現実を知るために厳しいことを言ってくれたんだと思います。

 

ただ、医師と押し問答している間にハッと夫を見たら、夫がその場でショックで倒れ込んでいて、一時的ですが耳が聞こえなくなっていました。

 

── かなりの衝撃で。その後、体調が回復すると旦那さんは何と仰っていましたか?

 

もろずみさん:一番大切なのは妻である私だと言いました。結局、家族とも話し合い、腎臓の炎症を抑えることにいったん注力し、母になることは叶いませんでした。

 

それからしばらくは精神的ショックが大きくて、2年くらい心から笑うことができなかったですね。病院は、この先の妊娠も考慮しながら新たな病院を紹介してくださって変更することにしました。また、仕事は以前から興味があったフリーライターのお仕事に就いて、日常を徐々に取り戻していった感じです。

 

── しかし、通院を重ねながら徐々に状態が悪化していき、36歳のときに末期の腎不全と診断がついたと。

 

もろずみさん:2020年の東京オリンピックまであなたの腎臓は持たないだろうと医師に言われ、選択肢として人工透析か腎臓移植について説明をされました。

 

── 腎臓移植について、どのような説明を受けましたか?

 

もろずみさん:まず、移植は何千万円も掛かるイメージがあったので、私のような一般庶民が腎臓移植をできるのかと疑問に思いました。しかし、医師から「健康保険が適用されるほか、医療費助成制度を利用することで患者さんの負担は数万円程度だ」と説明されました。同時に腎臓の生着率やドナーさんの状態、手術後の具体的な結果の数字も示してくれて、今は安全に腎臓移植ができると仰ってくださいました。

 

さらに腎臓移植は血縁関係のある家族だけでなく、夫婦でも大丈夫なこと。日本は慢性的にドナー不足を抱えており、日本では9割以上が健康な方からの腎臓移植をしている。さらに親子間より夫婦間での移植の方が多いとも聞きました。

 

また、移植をすることによってまた妊娠出産が望めるかもしれないと先生から示唆されました。当時36歳でその話を聞いて、結果的に38歳で腎臓移植しました。移植後1年間は空けないと妊活できないと聞いて、年齢的に出産は最後のチャンスかもしれないとも思いました。

夫がドナーになったわけ 

腎移植の前日に父が撮影

 

 

── 旦那さんがドナーになりましたが、どのような経緯で決めたのでしょうか。

 

もろずみさん:母はすでに亡くなっていたのですが、父と姉が自分の腎臓をひとつ提供すると言ってくれました。ただ、父は糖尿病の可能性があるから難しいだろうと。姉もアメリカに住んでいたので、手術前後の検査や手術後の通院、状態観察を行うことを考えると、現実的に厳しい。そこで夫が「僕の腎臓をあげるよ」と言ってくれたんです。

 

医学的には大丈夫だと説明されましたが、私の病気に夫を巻き込んでいいのか。体にメスを入れる以上、夫に何が起きるかわからないですし、夫がショックで心の病になったらどうしようと、前向きな気持ちにはなれませんでした。日本の透析医療は世界トップレベルの技術を誇っていると医師から聞いていましたし、透析治療をしている親戚に会いに行くと、「私には透析がうまく機能していて生活も安定している。恐れることはないんだよ」と実体験に基づく話をしてくれました。透析か腎移植か。結論を出すまで2年くらい悩みました。

 

── 腎臓移植後に、腎臓の状態が悪くなる可能性もありますか?

 

もろずみさん:すべての移植腎が永遠に元気でいてくれるわけではありません。数年移植腎が機能した後に徐々に機能低下する場合もあると聞いています。生着率は年々上がっていますし、手術前に病院で夫の腎臓をくまなくチェックした結果、状態がとてもいいとわかって。私との相性は「金・銀・銅のうち金メダルだ」と医師からお墨付きをいただいています。

 

── 移植をすることによって、夫婦の関係性も変わるのではないかと気にされたそうですね。

 

もろずみさん:すごく不安でした。夫を信じてないわけじゃないですけど、人である以上、感情は変わると思うんです。夫から腎臓という壮大なギフトを提供してもらった代わりに、「はるかさん。僕がせっかく腎臓をあげたのに、その態度はなんだ」とか、「僕が腎臓をあげたのに、そういうことをしてほしくない」とか。万が一そういうことを言われたらどうしようと。

 

また、提供した側ともらった側で主従関係ができたら…。元々、夫婦の関係性がよかっただけに、夫婦のバランスが壊れてしまうことも怖かった。移植をきっかけに夫が私を女性として見られなくなるのではという不安もありました。

 

── 2年間悩んだそうですが、最終的に腎臓移植を選んだのはなんだったのでしょうか。

 

もろずみさん:もう一度、夫婦で妊娠出産にトライしてみたい。ダメだったとしても「あのときああすればよかった」と後悔するくらいなら、ベストを尽くしたいと思いました。

 

また、迷っているときに泌尿器科医に「腎臓移植みたいなよくわからない恐ろしいことをやってもいいんでしょうか」と私が聞いたんですよ。すると医師が少し困った顔をして、「そう言われちゃうとなあ。私たち医療者は、そのよくわからないことに人生を掛けてることになっちゃうよ」と。その言葉に「あぁ、なんて失礼なことを言ってしまったんだろう」と。先生方が真摯に向き合ってくださってる。私も人生をかけてこの医療にかけてみたいと覚悟が決まった瞬間でもありました。

 

腎臓移植をするタイミングも迷いましたが、「世の中、何が起きるかわからない。医療体制も整っている。もろずみさんの手術ができる体制も旦那さんの体も完璧な状態で何も阻むものがないこのタイミングでやるのも選択肢のひとつ」という医師の言葉にハッとさせられました。当時は2018年でしたが、その後コロナ禍に入ったので、タイミングが揃った時にかけてみるという医師の言葉は、後になってから納得感がありました。

 

PROFILE  もろずみはるかさん

1980年生まれ。福岡県生まれ。広告会社を経て2010年独立。中学1年生のときIgA腎症を発症。2018年3月、38歳のときに夫の腎臓を移植する手術を受けた。

 

取材・文/松永怜 写真提供/もろずみはるかさん