身体の一部をなくした人のため、本物そっくりの人工パーツ「エピテーゼ」を制作する田村雅美さん(41)。全国の外見に悩む人に寄り添い、見た目と心のケアに尽くしています。(全2回中の2回)
「群馬だと行けない」なんとしても東京で起業しようと
── 田村さんが作っているエピテーゼは、どんなものでしょうか?
田村さん:エピテーゼとは、事故や病気、生まれつきなどで身体の一部を失くされた方の外見を整えるための手足の指や耳、胸などの人工パーツです。
身体機能を補う義足や義手と異なり、本物の身体そっくりで、見た目にコンプレックスを抱く人の心のケアもできます。
── もともとは群馬県でエピテーゼを製作していたとのことですが、現在は東京で活動しているそうですね。上京したきっかけはなんでしょうか?
田村さん:2017年、個人事業主としてエピテーゼ製作を本格的に行い始めてから、さまざまなメディアから取材され、NHKなどでも紹介されて、全国からたくさんの問い合わせがありました。
でも、「群馬だと遠くて行けません」と言われることが何度もあって…。私が作るエピテーゼは、オーダーメイドでその人の悩みに合わせてフォルムや肌の色合いまでそっくりに再現しています。だから、何回か顔を合わせて打合せする必要があり、オンラインやメールのやり取りだけでは難しいのです。
お問い合わせの電話口で、「ようやくコンプレックスを解消できる方法が見つかりました」と泣いてしまう人も。それなのに、交通の便が悪いからと来ていただけず、本当に申し訳なかったです。
2018年、起業を目指す女性向けのビジネスコンテスト「女性起業チャレンジ制度」に応募したところ、グランプリを獲得し、賞金として200万円をいただきました。それを元手にして、行き来しやすい東京に拠点を移し、法人化しました。
── 東京に拠点を移したことで、変化はありましたか?
田村さん:全国からたくさんの方が来てくださるようになりました。私のモットーは「200%お客様に寄り添い、エピテーゼを作る」こと。身体の一部を欠損していることは非常にデリケートな問題です。
そのため、人に知られたくないと思うお客様がほとんどです。そこで専門サロンとして予約枠は1日2名のみ。
1対1でじっくりお話を聞く時間をとっています。外見のコンプレックスは、なかなか人に相談できません。「他人からどう思われているのか」と悩み、ひとりで抱えがちです。ですので、最初の打ち合わせでは悩んでいた場面や困りごと、エピテーゼを作ったあとの未来など、2時間ほどかけて丁寧にヒアリングします。
そのなかで、ずっと心にふたをしていた話をされる方も少なくありません。エピテーゼを通じて、誰にも言えなかった悩みを吐き出すことで、長年の胸のつかえもとれるようです。加えて、私が女性ということも強みになっているかと思います。
── 女性である強みはどんなときに感じるのでしょうか?
田村さん:たとえば、乳がんで胸を摘出した人の場合、異性に相談するよりも、同性に相談したいですし、デリケートな部分を見せたくありませんよね。
また、指を欠損された女性には、一般の人と同じようにネイルを楽しんでいただけるよう、付け爪やアクセサリー、サンダルなどのご提案なども行っています。
乳がんの妻を思いエピテーゼを知ろうとする男性も
── エピテーゼは、現在はまだあまり知られていないと思うのですが、周知活動などはされていますか?
田村さん:多くの人に知ってもらえるよう、最低、年1回はギャラリーで個展を開いています。ギャラリーでの個展をする理由は、当事者だけでなく、老若男女、誰でも来場できて、見て触ってお話ができる機会を作りたかったからです。
誰でも来場できるギャラリーで開催することで、自分には関係ないと思っている人たちにも伝えることができると願っています。
個展では実際に使用されているお客様の日常を切り取った写真やレビュー、エピテーゼのサンプル、ワークショップなどを展示しています。
装着前と装着後の写真も並べているので、「どれくらい変わるのか」もわかりやすいと思います。2024年は「胸」「指」などテーマをわけて、3回、個展を開く予定です。
── お客様もエピテーゼが実際にどんなものかを理解することで、問い合わせなど次のアクションを起こしやすくなりますね。
田村さん:以前開催した個展では、胸のエピテーゼを食い入るように見ている人も何人かいらっしゃいました。おそらく、乳がんの宣告を受けた直後だったり、今後、病気が進行したときにどんな処置をするのか、検討されたりしているのだと思います。
さまざま選択肢の情報を集め、早い段階から心の準備をしておくことで病気に向き合えるのではないかと思います。
また、奥さんが乳がんの宣告を受けたと話す男性が、胸のエピテーゼを見に来られることもよくあります。奥さんがつらそうな様子を見て、なにかいい方法はないか探しているとのことでした。
病気や事故は、本人が苦しいのはもちろんですが、支える周囲の人たちも大変だと思います。だから、当事者だけでなくそのまわりの人たちにもエピテーゼを知り、理解を深めてほしいです。
外見の「コンプレックスをなくす」支えになれたら
── 今後、どのようにエピテーゼを展開していこうと考えていますか?
田村さん:エピテーゼはデリケートなサービスです。「誰にも知られたくない」と思うお客様がほとんどなので、情報がもれないよう、相談から製作まで私が一貫して行っています。
しかし、遠方にお住まいで東京までご来店できない方も少なくありません。そういった方にエピテーゼを届ける次の方法は、人材育成かと思っております。製作にはコミュニケーションが大切ですし、デリケートな部分が多く、加えて人体そっくりに着色するのはお化粧と似ている部分があります。
そのため、女性に向く仕事と考えて、社会進出や自己実現を支援するための女性をメインとしたスクールを開講しています。
これまでエピテーゼは「医療」と考えられてきましたが、人生100年時代となった現在、医療技術が進み、事故や病気を経験されても命が助かることが多いです。社会復帰の一助としてエピテーゼが必要となるでしょう。
私がめざすエピテーゼの未来は「美容」です。外見のコンプレックスを整えることで気持ちも明るくなります。「かわいそうな人が使うもの」ではなく、「美しく健康に日々を過ごせるアイテム」として広めていきます。
多様性が尊重される時代となりましたが、すべての人が自信をもって過ごすには、多くの課題があると感じます。私はエピテーゼを通じ、外見のコンプレックスを抱く人たちに、自己肯定感を上げるお手伝いをしていきます。
これまで多くのお客様の相談を受けてきましたが、印象に残っているのは、「50年以上、指がないことを苦痛に感じて他人との接触を避けてきた。やりたかった趣味も諦めてひっそりと暮らしてきました。ようやく青春を取り戻せます」とお話ししてくださった男性です。
半世紀以上も悩む人がいらっしゃると痛感し、取り組むべきことは山のようにあると感じた瞬間です。今後、スクールでの人材育成をすることで、数年以内に海外も視野にいれて専門サロンを全国展開し、エピテーゼを通じて、お客様の美と健康のお手伝いしていきます。
PROFILE 田村雅美さん
たむらまさみ。エピテみやび株式会社代表取締役。一般社団法人日本エピテーゼ協会会長。歯科技工士として技術力向上を目的に渡米。 渡米中、エピテーゼによる「外見回復」の場に立ち会い、その効果に感銘を受ける。 帰国後、エピテーゼの技術を習得。2018年、エピテみやび株式会社を設立。
取材・文/齋田多恵 写真提供/エピテみやび株式会社