「乳がんで乳房を失った」「指の一部を切断した」。命に別状はないものの、身体の一部を失って心を傷める人がいます。田村雅美さん(41)は人工パーツ「エピテーゼ」を知り、外見の修復をはかる事業にキャリアチェンジを果たします。(全2回中の1回)

 

リアルに再現されている指のエピテーゼ

「外見を整える」人工パーツで人の心を救う

──「エピテーゼ」のことを知らない人も多いと思います。どんなものか教えてください。

 

田村さん:手術や事故、生まれつきによって身体の一部を失くされた方が、欠損した部分に着け外しする人工ボディのことです。医療用シリコンでできていて、実際の身体にそっくりです。

 

私が作るエピテーゼは、特別な手入れが必要ありません。胸の場合はヌーブラのような感覚で、粘着面を肌に貼りつけ、そのまま入浴もできます。指も指サックのように簡単に取り外しが可能です。

 

お手入れ方法はとても簡単で、帰宅後に中性洗剤で優しく汗や汚れを落とす程度。経年劣化として、色落ちや粘着面が弱くなることが起こりますが、定期的なメンテナンスをしていただければ、長く使えます。

 

また、製作してから1年は無料メンテナンスがついています。起業して6年ですが、その間にまるごと作り直した方はほとんどいません。

 

田村さん自身がエピテーゼを作るため、ちょっとした修正もすぐ対応できる

エピテーゼはまだ日本での歴史が浅く、義手や義足の機能面を補助するものから、義眼やカツラ・ウイッグなどの外見を整えるものまで幅広く該当します。

 

私が定義するエピテーゼは、機能面の補助ではなく、審美を追求しています。肌の色やシワ、ホクロなど一人ひとりに合わせる世界にひとつだけのものです。

 

エピテーゼは治療とは異なるため、医療品にはなりません。ウイッグと同じ分類の雑貨扱いのため、健康保険は適応されません。医療に当てはまらないため、製作するのも特別な資格は不要です。

 

── 外見を元の形に近い状態に戻す装身具とのことですが、実際につけた人からはどんな反応がありますか?

 

田村さん:エピテーゼを求める方は、皆さん、本当に喜んでくれます。病気や事故で身体の一部を失くされるのは、当事者にとって肉体的な辛さや痛みはもちろん、精神的なショックも計り知れません。

 

生まれつき耳が小さい「小耳症」の方や、指が短い「短指症」の方などもずっとコンプレックスを抱いている場合が多いです。「ようやく皆と同じになれた」と言ってくださいます。

 

外見の悩みは、現在の日本の医療ではフォローしきれていない分野かと思います。日本の医療でもっとも重要とされるのは、命を救うこと。身体の一部をなくした人のメンタルケアにまでは、手が回っていません。

 

たとえば相談に来るお客様にお聞きした話のなかには、医療従事者から「胸はなくなっても、命は助かったんだからいいじゃない」と言われ、悲しい思いをされたというものもありました。

 

胸は再建手術でも作れますが、新しい傷ができて想像と違う仕上がりになったり、体質によっては拒否反応が出たり、胸のふくらみが作れなかったりするそうです。

 

たとえば、乳がんで全摘をされた後は体に大きな傷あとが残ります。バストエピテーゼは、その傷をカバーしつつ、自然なバストへと回復させることができるのが大きなメリットで、また心のケアにもつながると考えています。

顔の半分を失った人がエピテーゼで喜ぶ姿に胸を打たれ

── 田村さんがエピテーゼに出会ったのはいつのことでしょうか?

 

田村さん:2005年、20代前半に渡米したときです。もともと私は歯科技工士です。日本以外の歯科技工の技術を学ぼうと、アメリカにある日本企業で働くことにしました。

 

研修の一環として大学病院を見学する機会がありました。そのとき、戦争で顔の半分を失い、目も耳も頬もなくした人が受診していました。手術でも外見を元通りには治せないと言われたその人は、エピテーゼをほどこしたことで、本来の姿に近い顔を取り戻せました。

 

鏡で新しい顔を見た本人と家族が、涙を流しながら喜ぶ姿を目にして「外見を整えることは、本人はもちろん、大切な人たちも笑顔になり、社会復帰のひとつにもなる」と、心を打たれました。

 

アメリカで働いているときにエピテーゼと出合う

それがエピテーゼとの最初の出合いでした。帰国後、歯科技工士として働きながら、エピテーゼの技術を教えてくれるところを探し、少しずつ学びました。

 

── そのときは、すでにエピテーゼを仕事にしようと考えていたのですか?

 

田村さん:まったく考えていませんでした。エピテーゼを学んだのは、技術者として新しい技術を学びたい思いからです。歯科技工士が歯を作るのと、エピテーゼを作る技術は少し似た部分があります。だから「どんなふうに作るんだろう?」と興味を抱きました。

 

ちょうどそのころ、友人と会う機会があって。話をするなかで友人から「じつは乳がんで右胸を全摘出して、しばらく落ち込んで家に引きこもっていたんだ」と言われました。

 

「本物そっくりに作れる、エピテーゼというものがあるよ」となにげなく伝えたところ、「そんなのがあるの!?」とびっくりされて。医師からもエピテーゼについての説明はなかったそうです。

 

友人からは、「エピテーゼをもっと広めてほしい。私と同じように悩んでいる人たちはたくさんいるはずだから」と言われたんです。実際に胸をなくした友人の言葉だから、とても説得力がありました。

創業支援セミナーでエピテーゼをプレゼンしたら

── その後、仕事としてエピテーゼに取り組むようになった経緯を教えてください。

 

田村さん:当時働いていた歯科医院を退職し、自治体が主催する創業支援セミナーに参加しました。当時、歯科技工士としてのキャリアを継続するか悩んでいて、「自分のスキルで、何かできることはないだろうか」と考えていたからです。

 

創業をめざすためのセミナーなので、起業アイデアをプレゼンする場面がありました。そのときはエピテーゼを仕事にするつもりはありませんでしたが、講師から「そのアイデアはいいと思うよ」と言われ、発表することにしました。

 

発表後、同じセミナーの受講者のひとりから「うちの母は昔、プレスで指を挟んで失くしてしまった。母の指を作ってほしい」と依頼されたんです。

 

その後も異業種交流会などに参加してエピテーゼの紹介をすると、思いがけないほどたくさんの方から相談を受けるように。当時は群馬県に住んでいたのですが、農機具やプレスの事故で指を失った人が多かったように感じました。

 

そのときに「エピテーゼの技術を求めている人はこんなにたくさんいるんだ」と気づき、自分が習得したエピテーゼの技術を、悩みを抱える人たちのために使いたいと思うように。それで、2017年から本格的にエピテーゼを仕事にしました。

 

── エピテーゼを仕事にするようになって、どんなことを感じましたか?

 

田村さん:身体の一部をなくしたつらさを誰にも言えず、ひとりで悩みを抱える人が想像以上に多いことに驚きました。そして、エピテーゼをつけたお客様がイキイキと自分らしさを取り戻す姿を見るたびに、本当にこの仕事を始めてよかったと思います。

 

たとえば指をなくした人が「50年以上隠し続けてきた。これで人前に手を出すことができる」と、これまで指先が目立つからと、行けなかったパソコン教室に通い始めたり、フラダンスを始めたり、新しいことに挑戦される姿を何度も見ています。

 

エピテーゼが新しい人生を歩み始める一助になるのはとてもうれしいです。もっともっと広めていかなくてはいけないと思っています。

 

PROFILE 田村雅美さん

たむらまさみ。エピテみやび株式会社 代表取締役。一般社団法人日本エピテーゼ協会会長。歯科技工士として技術向上を目的に渡米。 渡米中、エピテーゼによる「外見回復」の場に立ち会い、その効果に感銘を受ける。 帰国後、エピテーゼの技術を習得。2018年、エピテみやび株式会社を設立。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/エピテみやび株式会社