小学生が髪を染めるのは自由なのか?判断基準はあるの?そんな疑問を、この春まで校長を務めた田畑栄一さんに聞くと、親もドキッとするような「教育や子育ての根幹」に関わる根深い問題も含まれるようでした。

「ヘアカラーを使う」以前に知るべきこと

── 小学生のヘアカラーに関する規則はあるのでしょうか。

 

田畑さん:以前勤めていた学校では、「小学生らしい髪型にする」という規則があり、あえてあいまいにして、本人や家庭に考えてもらうようにしていました。体の一部なので、繊細で難しいところがあるからです。

 

小学校は発達段階の差があるので、画一的に対応するのが難しいところがあります。ただ、多様性時代の流れからすると、本人と家庭の判断で決めて良いと考えるのが時流だと思います。

 

「児童憲章」にもあるように、人として尊ばれる。社会の一員として重じる観点から考えると、学校の規則に従わせるのではなく、本人・家庭で話し合って決めるのが筋だと思います。学校の規則のあり方も再考が必要な時代にきていると思います。

 

ただし、一方で保護者の好みで子どもの髪の毛を染めるようなことには疑問を持ちます。学校でも家庭でも、可能な限り子どもの意思が尊重されるようなアドバイスをしたいものです。とくに高学年の子どもなら、子ども自身の自己選択・自己決定の場を大事にしたいですね。この自己決定の積み重ねが生きていく「自信」になっていくからです。

 

── これまで、「地毛なのに黒染めさせる」「別室登校させる」といった対応をする学校もありました。田畑さんが勤めていた学校では、「小学生らしい髪型」をしていない子どもに、どのように対応していましたか?

 

田畑さん:保護者と話をするケースはありました。「なぜその髪型・髪染めを選択したのか」話を聞きます。親の嗜好ならば、理由によっては、小1〜小6まで発達段階の幅もありますので自省を促すこともあります。

 

親の好みで髪の毛を染めたりすることで、結果的に周りの目だったり、からかわれたり、心配ごとが発生する可能性もあるからです。矢面に立つのは子ども本人ですから。

 

しかし、「子どもがこういう理由で、みずからやりたい」という理由があるのなら見守ることも大事だと思います。ピアスをあけて学校に来た海外出身の子どももいましたが、「自国では、生まれたときにピアスをプレゼントする習慣がある」と聞いて、認めたこともあります。

 

規則に沿った髪型をしていないからとムリやり従わせたり、ペナルティを与えたりするようなやり方は、何のための校則かを問い直す必要があります。

 

一人ひとりが安心して気持ちよく学び、過ごせることが規則のポイント。地毛なのに黒染めさせるのは人権侵害に該当する可能性もあります。別室に関しては学習権の保証をする必要があります。

 

ただ、学校側もどう対応すべきか、価値観の多様化時代の狭間で揺れているところだと思います。なぜなら、学校には目指す子ども像があり、それに向かって教育活動を日々実施しているからです。時間はかかりますが、学校も子どもや保護者と話し合い、民主的な対応するのが大事です。

「髪を染めたい」は子どもの発するSOSかも

── 小学生の子どもが「髪を染めたい」と言ってきたとき、保護者はどう対応するのがベストなのでしょうか。

 

田畑さん:保護者は「いいよ」「ダメだよ」と結論を言う前に、「なぜこの子は、この段階で髪を染めたいと言ったのだろう?」と考える必要があります。「髪を染めたい」という発言の裏側には、いろんな心理的要因があるからです。

 

たとえば、「勉強で目立てないから、外見で目立とう」「ストレスがたまっていて外見を変えることで発散したい」「性格はおとなしいけど、派手な髪型にしたら明るくなれるかも」という子どもの声は、保護者や学校に対しての不満であり、SOSかもしれません。

 

理由はさまざまですから、ゆっくりと話し合ってみるのがよいでしょう。その結果、子どもの気持ちを尊重したいと思ったのなら承認するのもいいと思いますし、気持ちに共感しながらも、保護者の願いを伝えることも大事だと思います。

 

じっくり話し合い、結論を急がないこと。話し合う価値を学ぶことができます。困ったら、先生にも相談して、学校の意見も参考にするとよいと考えます。

 

悩んでいる小学生のイメージ

── 見た目を変えることで自分を表現したり、自分の気持ちを伝えようとしている場合もあるのですね。

 

田畑さん:そうですね。自分が学校で活躍できる場を確保できず、「見た目を変える」という方向にシフトする場合もあるでしょう。                                          

 

話は少し飛びますが、日本の若者の課題である「自己肯定感が低いこと」について触れておきます。2019年、日本財団が行った「18歳意識調査」によると、以下の項目が6か国中最下位でした。

 

この結果がいまの教育界に投げかけた問題は非常に大きいです(日本が最下位だった項目は、以下の6つ。「自分には人に誇れる個性がある」「自分は他人から必要とされている」「自分の人生には、目標や方向性がある」「自分の将来が楽しみである」「自分は大人だと思う」「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」)。

 

── 驚きの結果です。これからの教育はどうあるべきだと考えますか?

 

田畑さん:子どもたちの「非認知能力」を育成することが大切です。非認知能力とは、自信やコミュニケーション能力、積極性や粘り強さといった、社会で通用する力のこと。

 

これは、国語や算数などの座学だけでは不十分で、話し合い活動や、体験活動などを通して学んでいくことが大切です。

 

私が勤めていた学校では、教師中心の黒板を書き写す一斉授業ではなく、「教育漫才」「異年齢集団学習」など、自分で考えて意見を述べ、話し合う教育活動や、さまざまな人との関わりを通して、ときにはひとり学びも尊重して、多様な価値観を学べるようにしました。するとさまざまなトラブルも少なくなり、笑顔が増えました。

 

自己肯定感が低い要因のひとつは、自分で考えて表現したり、決めてこなかったりしたことに大きな要因があります。子どもたちが幸せに生きていくために、根っこの部分(非認知能力)を育てることがいまの教育には求められています。

 

だから、髪染めも本人がいま必要なのかを考える過程を大事にし、結論を急がず、見守り、話し合いを積み重ねて、メリット・デメリットを踏まえて最終的には本人が選択、決めていき、決めたら温かく見守る寛容さが大事だと思います。

※「18歳意識調査」エリア: 日本・アメリカ・イギリス・中国・韓国・インド/調査対象:各国の17歳~19歳男女/回答数:各国1000名

 

PROFILE 田畑 栄一さん

元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。

 

取材・文/白石果林