人気テレビショッピングのMCを務めていた佐藤可奈子さん。「天気」が人の消費行動に与える影響に興味を覚え、合格率わずか5%という気象予報士の試験に見事合格。そこから彼女は──。(全2回中の2回)
国家資格取得も当時はその先はまったくの未定
── 元々、ジャパネットたかたのテレビショッピングのMCとして活動されていた佐藤さんですが、なぜ、気象予報士になろうと?
佐藤さん:テレビショッピングの注文状況を見ていると、人の消費行動が「天気」に大きく左右されることに気づいたんです。たとえば、テレビ東京の放送ではエアコンの売れ行きがまずまずだったのが、関西のMBS毎日放送ではエアコンが2倍以上、飛ぶように売れていると。なぜだろうと思って調べると、西日本では今年初の猛暑日となっていました。
他にも羽毛布団は北日本から売れていきますし、暑い夏は冷蔵庫がよく売れる。MCとして活動するなか、日々の「天気」によって人の消費行動が大きく変わることにだんだん興味が湧いてきて、「もっと天気の勉強をしたい」と考えるようになっていったんです。
── とはいえ、気象予報士は合格率5%というかなり難関な国家資格です。どのように勉強をされたのでしょうか?
佐藤さん:通信講座を利用しましたが、基本は独学です。私は短期集中型のため、何年もズルズルと勉強していても受からないだろうと。まわりには「1年間で絶対に資格を取得するから」と宣言して、より集中するために転職したんです。そこでは比較的、時間に融通がきいたので、休み時間も利用しながら、1年間で気象予報士の資格を取得しました。ただ、合格してから先のことはその時点でまったく考えていなくて。
── そうなんですね…!
佐藤さん:はい。皆さん気象予報士としてどうやって仕事をしているのだろうと、調べてみると、気象情報会社に登録をされている方が多いことがわかったんです。そこで私もすぐに気象情報会社のウェザーマップに登録しました。
私が気象予報士に合格したのが3月で、一般的にテレビの番組改編が行われるのが10月のため、「最低でも、半年は気象予報士の仕事はないだろうな」と思っていたんです。そんな矢先に、所属しているウェザーマップから「7月から仙台の放送局で気象キャスターを探しているけど、オーディション受ける?」という話が舞い込んできました。
仙台は私の地元でもあるため、「こんなチャンスはない!」と思い、まだ気象キャスターのオーディションに合格もしていないのに、当時働いていた会社に「私、3か月後に仕事辞めます!」と宣言してしまったんです(笑)。
縁あって合格し、ひと安心したのも束の間、先方からは準備のため「6月には仙台に来てほしい」という依頼があって、仙台へ向かいました。気象キャスターの仕事は、最初の1年間、裏方のサポート業務から始まるのが一般的です。ところが私は運よくとんとん拍子で話が進み、何も下積みもないまま気象キャスターになってしまいました。
仙台から長野へ、より自分らしく
── そうすると、お仕事に慣れるまでかなり大変だったのでは?
佐藤さん:最初は苦労しましたね。皆さんがテレビでよく目にする天気予報の画面は、気象庁や日本気象協会などが発表している情報をテレビ局側でデザインしたものです。
そこで気象キャスターとして何をするのかというと、すでに発表されている天気や気温に対し、「なぜそうした天気になるのか?」「なぜ気温が上がるのか?」を天気図の大気の流れから分析して、自分なりの答えを原稿にしていくんです。
当時は気象キャスターの先輩に教えていただきながら、各局ではどうやって気象の説明をしているのか、他の気象キャスターの方たちを見て学んでいきました。
── 実際に手応えはどうでしたか?
佐藤さん:もう、最初はひどかった(笑)。今、思い出しただけでもみぞおちがキュッとしてしまうほど。「今日は雨は降らないでしょう」と言ったそばから小雨が降り出して「え!」って。本当に申し訳ない気持ちになることも多々ありました。
その後、少しずつ仕事に慣れはじめて、3年目ぐらいからお天気コーナー内で生活の知恵ネタを取り入れて、少しずつ自分のキャラを出すようになっていったんです。とはいえ、番組の中ではつねに先輩の2番手という立ち位置のため、どこか先輩の目を気にしていたところはあったと思います。
── 2020年11月にNHK長野局の気象キャスターになられていますね。これはどういった流れで?
佐藤さん:ちょうど産休・育休で前任者が辞められるため、気象予報士として活動できる人を探していたようです。これも縁だなと思い長野に行きました。
長野局は、こじんまりとした雰囲気で、美術スタッフさんの数も限られていたため、自分で小道具を作り始めたんです。最初は“高気圧のマーク”や“低気圧の雲”を描き始めて、徐々にさまざまな小道具を作るようになりました。どうしたら天気の面白さが視聴者の方に伝わるんだろうと、試行錯誤しながら取り組んでいましたね。
私が思うに、テレビショッピングのMCと気象キャスターの違いは、視聴者の関心度です。テレビショッピングの視聴者は興味ある方のみですが、天気予報は皆さん関心を持って見てくださるんですね。そうすると、一瞬「情報だけを伝えればいいかな…」と、そこにあぐらをかいてしまいそうになったんです。
でも、せっかく観てくださるのならば、視聴者の方が、少しでも「観てよかった」とお得な気持ちになってもらえるよう、そこを一番意識していましたね。
チャンスを掴めるよう、何でもできるようにしておきたい
── 具体的にどのように?
佐藤さん:たとえば「明日はとても寒いです」と伝えるよりも、「明日、めちゃくちゃ寒いので、絶対に一番温かいコートを着て、さらにマフラーを巻いてください。そして、そのマフラーにカイロを貼りつけてください。カイロが首に当たるようにマフラーを巻けば、より温かいですから!」と情報をプラスするんです。
そうすると、明日は相当、寒いんだなと視聴者の方に伝わりますよね。そんなふうに、より視聴者の印象に残るように心掛けていました。
── 佐藤さん自身、楽しんでいらっしゃる様子も伝わってきます。
佐藤さん:そうなんです。楽しむからこそ、視聴者の方に伝わる部分があると思っていて。以前、ジャパネットたかたに勤めていたときに上司に「一生懸命と必死なのは違うからね」と教わりました。
例えば、家でルンバを使って劇的に生活が変化した喜びを、視聴者の方にとにかく届けたいと一生懸命に伝えると響くんです。一方で、ただ緊張したり、とにかく売りたいという必死さが見えてしまうと視聴者の方は引いてしまう。
ですから、天気予報をお伝えするときも、カメラの向こうで観てくださっている方たちを思い浮かべて、「明日は寒いから、本当に気をつけてね」「今、こたつで天気予報を見ている部屋は温かいけれど、部屋を出ると10度もないから。温かくしてからお風呂に入ってね、じゃあね」と。少しお節介なくらい親身になって視聴者の方とコミュニケーションを取るようにしていましたね。
── 気持ちが伝わってきますね。そこから、現在はNHKジャーナルにご出演されています。
佐藤さん:はい。2023年4月に東京に戻ってきました。テレビとは違い、ラジオならではの難しさもあり、今は言葉を磨く毎日です。いかに、私がテレビで、身振り手振りを交えながら“こそあど言葉”を使って話をしていたか、改めて気づかされました(笑)。
── いろんな経験をされてきた佐藤さんですが、これからどういう道をお考えですか?
佐藤さん:振り返ると、私はあまり先のことを決めて生きてきたわけではないんですね。チャンスが来たら、とりあえず一歩踏み出すようにしてきました。実は絵も工作も得意ではなかったのですが、視聴者の方に楽しんでいただければという気持ちでチャレンジしてきたんです。
ですから、この先も「こうなりたい」と目標を定めずに、チャンスが訪れたときに一歩踏み出せるよう、目の前のことを楽しみながらさまざまな経験を積んでいきたい。そして、何でもできるようにしておきたいなって、今はそんな気持ちでいます。
PROFILE 佐藤可奈子さん
宮城県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。2013年、大学卒業後に株式会社ジャパネットたかたに就職。役員秘書を経て、テレビショッピングのMCとして商品紹介を担当。エアコンが売れ出す時期に夏の到来を感じたり、夜の冷え込みが厳しくなると羽毛布団が売れたりと、人の消費行動に天気が大きく影響することを生放送で体感してきた。2017年、気象予報士資格を取得。掃除スペシャリストや整理収納アドバイザーの資格も活かし、天気予報と共に快適な生活提案を行う。
画像提供/佐藤可奈子