僕は息子のためにこの世に生まれてきた──。そう語るのは、元テレ東のアナウンサー赤平大さん。2023年2月、発達障害の息子とともに挑んだ受験では難関校、麻布中学に合格。その受験の裏側では何があったのか。そして現在、中学生となった息子さんに対する今の心境を伺いました。(全3回中の3回)

 

ラグビー選手 元スコットランド代表のグレイグ・レイドロー氏(中)元日本代表の真壁伸弥氏(右)
ラグビー選手 元スコットランド代表のグレイグ・レイドロー氏(中)元日本代表の真壁伸弥氏(右)

麻布中への挑戦「限界突破は息子の大きな成功体験」

── 息子さんはもともと私立中学の受験を考えられていたのですか?

 

赤平さん:はい。息子が小学校低学年の頃から、私立中学に行くことは決めていました。僕自身、発達障害について勉強をするなかで、社会の構造上問題として、公立では中学校以降、発達障害に関する支援がガクッと減ってしまうことがあることがわかっていたからです。

 

そこで発達障害に手厚い横浜の私立中学に向けて準備を進めていました。息子が徒歩で学校に通えるよう、引っ越しを前提に考えていたので、何度も下見に行き、去年の今頃(2022年11月)はまだ「ここのスーパー、買い物に行きやすいね」「ここにコンビニがあるから便利だね」といった会話をしていたんです。

 

ところが、2022年12月に、息子から「麻布中学校の受験をしたい。受かったら行ってみたい」という話がでてきて、状況は一変しました。

 

── なぜ、麻布中学だったのでしょうか?

 

赤平さん:実は、工藤勇一校長(横浜創英中学・高等学校)のひと言がきっかけでした。僕は、2015年から麹町中学校の仕事に携わっているのですが、工藤校長が2014年〜2020年3月まで同中学で行なった学校改革において、そのお手伝いを依頼されたことがご縁でした。

 

僕が息子の発達障害について工藤校長に相談したところ、工藤校長はいろんな専門家を紹介してくださったり、イベントにも招いてくださって、息子と何度も会ってくれたのです。そして、息子の様子を見て、「赤平さんの息子さんは、麻布が合うと思いますよ」とおっしゃったんです。

 

今、息子が麻布に入り、なぜ、工藤校長はそうおっしゃったのか、その意味はわかるのですが、その当時、僕自身は麻布中のことをまだよく理解していなかった。ただ、過去問などを見るに、息子のなかでは麻布中が、「頭のいい学校」「すごい学校」だという印象が残っていたようです。

 

工藤勇一校長(横浜創英中学・高等学校)のアドバイスが麻布受験のきっかけに
工藤勇一校長(横浜創英中学・高等学校)のアドバイスが麻布受験のきっかけに

そのため息子が小学校6年生の12月に願書を出すタイミングで、「麻布中を受験してみたい」という話が出てきたときは、僕は「これはいいチャンスだ」と思いました。

 

当時の息子の偏差値を考えると、麻布中の合格はかなり難しい。しかし、ダメ元で受けるのではなく、全力で受験に取り組んで受かることができれば、息子にとって大きな成功体験になるのではないか。万が一、受験に落ちたとしても自分を追い込んで限界を突破する経験は何ものにも代え難いものではないか。結果がどちらに転んでも、息子にとっては「勝ち戦」だと感じました。

 

しかし、このままでは麻布中に受からない。息子の発達特性を活かし、受かるための戦略的なサポートができれば、麻布中学受験も間に合うかもしれない。幸運だったのは、私がインクルボックスの動画を通じて自然と発達障害の学習支援方法が身についていたことでした。発達障害に関する知識から戦略を考えたところ、非常に狭い道ですが「勝ち筋」が見えました。そこで息子に「お父さんと、ギャンブルしてみる?」と提案したところ、「わかった」と彼は大きく頷いてくれたのです。

「学校が楽しい」息子の様子に安堵

── 息子さんは、中学受験のために塾に通われていたのですか?

 

赤平さん:いえ、大手の学習塾には通っていません。息子は、多動や衝動が穏やかになるADHDの薬を服用しているのですが、午後15時には効果が切れてしまい、集中力が続かないため、集団塾に通うことが難しかったのです。また、彼の知的好奇心を満たすために個別塾で難しい問題に挑戦することはありましたが、受験のためではなかった。早朝の1時間、小学校1年生の頃からこつこつと自宅学習を積み重ねてきただけです。

 

インクルボックスで得た発達障害の知識から、息子の場合、知能検査では「言語理解」と「ワーキングメモリ」が基準よりも高く、一方で必要な要素を短時間で端的にまとめる「処理速度」が苦手だということがわかっていました。そのため、記述問題の多い麻布の合格への勝ち筋があるとすれば、「受験までの2か月は暗記科目はいっさいやらない。文章の要約をひたすらやり、記述力を高めることが最も得点が伸びる確率が高い」と考え、それを延々とくり返していました。

 

── 親子ともに大変な努力をされた末、2023年2月、麻布中に見事合格されました。現在、中学校に入学をされて半年以上経ちますが、息子さんの様子はいかがですか?

 

赤平さん:「学校が楽しい」「授業が面白い」と息子は話していますね。そして、「自由なところがいい」って言うんです。実際、本人がどれほど自由さを感じているかは僕にはわかりませんが(笑)。

 

ただ、親として感じることは、麻布中にいる生徒たちは、みんな個性がバラバラなんですよ。一般的な学校では「みんな同じ方向に向かって努力すること」が好まれます。これは決して悪いことではないです。色で表すと非常に美しい単色。その中に発達障害の子の紫やピンクが入ると目立ってしまう。でも麻布に行くと、ピンクどころかショッキングピンクもいれば、エメラルドグリーンもいる。極彩色なんです。みんなと同じことをしなければならないという概念がほとんどありません。工藤校長が「息子に合う」と言ってくださったことは、本当に正しかったと感じていますね。

息子の幸せの土台をつくるために、この世に生まれた

── 赤平さんにとって、2023年は発達障害・ギフテッド支援の動画メディア「incluvox(インクルボックス)」の活動から、アナウンサーやナレーションの仕事、息子さんの受験など、大変お忙しい一年だったと思います。どのように優先順位を決めて活動をされていったのですか?

 

赤平さん:それはとてもシンプルで、優先順位は息子が100%です。タイムマネジメントは、必ず行いますが、家事を含め、子どもに使う時間を最初にすべて確保するんです。

 

今日のスケジュールでは今から学校に息子を迎えにいき、自宅で息子の勉強をみる。その後、習い事へ連れていき、その間に夕食やお弁当の食材を買いにスーパーへ。夕食の支度をしてから19時頃に僕は職場へ行き、23時頃に帰宅。そこから洗濯や掃除をして、朝4時半に起きて息子のお弁当づくりをすると。

 

振り返ると2023年は、お酒の席に出席したのは3、4回ほど。そのうち2回は学校のPTAでの集まりですからね。プライベートの時間はありません。睡眠時間もかなり削っていますね。

 

論文を読むことを教えてくれた早稲田大学大学院の恩師・入山章栄教授と
論文を読むことを教えてくれた早稲田大学大学院の恩師・入山章栄教授と

── なぜ、そこまで一生懸命にできるのでしょう。

 

赤平さん:息子が好きだからですよ。僕は、よく感じるんです。「息子に出会うために、自分のこれまでのキャリアがあるんだ」って。すべての経験が「息子のためにあったんだ」と。

 

毎日寝不足で身体はボロボロです。でも、鳥はなぜ空を飛ぶのか?と尋ねても、それは鳥の使命だからですよね。それと同じ。僕は「息子の幸せの土台をつくること」が神様から与えられた使命だと、間違いなく確信しているんです。だから迷いはありません。

 

むしろ、アナウンサー時代に、僕が苦手な競馬の実況をしていた頃のほうがツラかった。あの頃は、今よりも5万倍ぐらいゆとりがありましたけどね(笑)。

 

PROFILE 赤平 大さん

フリーアナウンサー、ナレーター(元テレビ東京)。自分の子の発達障害がきっかけで「gifted・発達障害支援者向け 動画メディアincluvox(インクルボックス)」のサービスを立ち上げ、発達障害の啓蒙・啓発を行っている。ギフテッド・発達障害講演、横浜創英中学高等学校講師、麹町中学校講師。

画像提供/赤平 大