自閉症の長女を育てる自身の実体験をモデルに描いた、漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』作者のみなと鈴先生が実際に経験した逃げ場のない障害児育児をどのように乗り越えてきたのか、お話を伺いました。(全4回中の3回)
「これ以上どう頑張ったらいいの」そんな日常の連続
── 漫画『ムーちゃんと~』のなかでは、家の中でも、外でも意思疎通が難しいムーちゃんと24時間向き合うことに疲弊してしまう主人公が描かれています。実体験をもとにされたのかと思いますが、これまでそんな場面をどう乗り越えてきたのでしょうか。
みなとさん:本当に毎日毎日「これ以上どう頑張ったらいいの?」という日々だったんです。体的には寝たほうがいいと分かっているけど、このまま寝て朝が来て、また戦争のような一日が始まって体は休まれど、心の休まる暇がないというのが障害児育児の定番。やっぱり、体の休養と心の休養って必要なんですよ。それぞれの休養が持てないと解決しないと実感しました。
なので、娘が寝た後、心の休養を取るために夜ふかしをするんです。体はつらいけど心を休ませる自分のための時間をつくることが私には大事でした。睡眠時間を削るって一見、体に悪そうだけど、心は満足する。夜中に自分の好きなおやつを食べるとか、見たかった録画を見るとか、本を読むとか。夜中に自分だけの1~2時間を持つようにしてるんです。それは今も続いてます。寝たほうがいいのはわかってるんですよ、でもそれがないと心が疲弊しちゃうんです。「何のために生きてるのか?」みたいな。
子どもが小さい時には夜中に暗闇で携帯ゲームとかしていましたね(笑)。地味なゲームをすることで何も考えず時間を過ごすことがすごく貴重でした。それがストレス解消法だったんです。努力しなくていい、頑張らなくていいそんな自分だけの時間を持つ。当時は疲れているから本を読む気力もないんですけど、そういう時間を今は穏やかにとれるようになりました。
あの当時、穏やかな時間が来る日など想像できませんでしたから、同じように今、日々を頑張っていらっしゃる方も希望を捨てないでほしいです。その子なりに成長しますから。もちろん、手は相変わらずかかるんですけどね。
── 時間が取れるようになるというのは、とても大きいですね。
みなとさん:本当に。たとえば最近は、娘をお風呂に入れて22時くらいになってホッとするんです。とはいえ家事はまだ残ってるんですが、あとは娘を寝かせればいいだけというところで、娘はタブレットで動画を見て、お茶を入れて自分もおやつを食べたりできるようになって。
お互いが同じ部屋の中で、我関せず…ではないけれど、それぞれの時間を過ごすことができるようになったことで、だいぶ楽になりました。私自身、年を取ってきて無理もできないし、娘との時間でそういう時間を持てるようになったのは進化ですね。昨日なんかは先にお風呂から上げて着替えさせてお茶も飲ませて「ママは今から風呂に一人で入ります」と言って好きな音楽を流しながら風呂に入れた贅沢な日でした(笑)。
私に構われなくても娘が一人で楽しむ時間を持てるまでに成長したかなと感じたのが中学に入る頃でした。娘の場合、中1でやっと小1って感じでしょうか。本当にゆっくりの成長ですが、定型児のお子さんが小学校に行くと少し楽になる感覚と同じ感じですね。
でもそういう子なので本当にちょっとした成長に大きな喜びがついてきます。「ええーーっ!!(泣)」ていう喜び(笑)。例えば、今までは自分の歯磨きが終わると一方的に洗面所の電気を消して、私は暗闇に残されるなんてことばかりだったけど、先日は、私の存在に気がつけるようになって、電気を消さないようになった(笑)。本当にちょっとしたことを喜べるのが障害児育児の楽しみ方でもありますね。
笑顔で子育てするための手の抜き方も大事
── 漫画の中で、ムーちゃんが睡眠中に突然目覚めて悲鳴をあげるなどの恐怖症状「夜驚症(やきょうしょう)」が出て夫婦とも睡眠がとれず、いろいろ試すも不発でボロボロになり、病院の先生が「お母さん、十分頑張ってこられましたよ」と睡眠薬を使用することを提案されたシーンがありました。真面目な親御さんほど無理をしすぎる方もいますよね。
みなとさん:これもまさにリアルな体験をそのまま描きました。当時の先生がお父さんもお母さんもそんなに頑張らなくていいんですよと言ってくれたことで本当に救われたんです。娘の夜驚は連日続いて、寝かせるために昼間いつも以上に体を動かせて疲れさそうと努めたり、夫婦ともに体力も限界で倒れるという結局、悪循環してしまうという事態に。
先生が「お薬に頼れるところは頼りましょう」と。「もっと長い目で見てお薬に頼って、親子で寝て、次の日に笑顔で子育てができるようにするという考え方もあるよ」と言われてハッとしましたね。一生懸命になりすぎて「笑顔で家族が過ごす」という大切な目的を見過ごしていました。
薬でも人でも頼れるところは頼る。「楽をする」という言葉に置き換えて罪悪感を感じてしまいがちなのですが、最終的に「笑顔で過ごす」という大きな目的のために、どのルートでいくかなんです。手段が目的になっちゃいけない、どこを目指したいのかだってことです。私も上手な手の抜き方が成功への近道になることも学びました。一生懸命、障害児育児を頑張っている人にそういう経験も漫画を通して知っていただけたらなと思います。
PROFILE みなと鈴さん
漫画家。自閉症の長女と定型発達の次女を育てる2児の母。1995年ソニー・マガジンズ『きみとぼく』よりデビュー。2006年コミックス『おねいちゃんといっしょ』(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術審査委員会推薦作品に。現在、自閉症の長女をモデルに描いた作品『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』(秋田書店)をエレガンスイブで執筆中。
取材・文/加藤文惠 画像提供/秋田書店、みなと鈴