自閉症の娘を育てる自身の実体験をモデルに描いた、漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』作者のみなと鈴さんに障害児育児の始まりとともに経験してきたことについてお話を伺いました。(全4回中の1回)

「自分の子どもが自閉症」受け入れるのに時間が必要だった

── 漫画では1歳6か月検診で周りの子と発育の差に気づき、医師からは「そういうタイプの子」と言われたシーンがありました。これは実際に言われたことだったのですか?

 

みなとさん:まさにあのシーンは検診で言われたことをそのまま描いています。医師から「そういうタイプの子」と言われて、その時は先生が言わんとしていることがさっぱりわからなかったので「自閉症」という言葉も思い浮かばなかったんです。あとから本などで調べて「治ることがない」と知って愕然としたこともそのまま描きました。

 

漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』第2話より
漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』第2話より

1歳6か月検診では1人だけ個別指導もあり、ほかのお母さんたちとは対応が違って。自分だけが長時間残されて、誰もいなくなった待合室を最後に出て、子どもを自転車のシートに乗せながら呆然としたのを覚えています。ちょうどその頃に再放送で自閉症を取り扱ったドラマ『光とともに』を観ていたこともあり「そういうことなの?」と、ハッと気づいてからはどうやって家に帰ったか記憶がないくらい。ショックとかそういう感情の前に、ただただ異世界に来てしまったという感じで、今まで生きてきた世界とは違う別の世界に来ちゃって呆然とする感じでした。

 

── なかなかすぐには自分の子どもが「自閉症」であるということを受容するのは難しかったのではないでしょうか?

 

みなとさん:当時住んでいた東京都では自分から動かなくても行政からいろいろ連絡が来るんですね。保健センターや保健士さんとか向こうからお知らせが来たり、療育の施設でこういう遊びの会があるので来ませんかとか。それは今思えばすごくありがたくてラッキーだったんですけど、当時はそれ自体がストレスだったり、ショックでした。

 

異世界に来てしまった感覚のままの流れで「療育」に通い始めるわけですけど、そこでようやく置かれている状況に気づき始めて、そこから「あれ?うちの子、幼稚園って行けるの?小学校はどうなる?」とか、先のことが見えてきて「もう元の世界に戻れない」というあきらめがついて、やっと将来のことをみつめ障害児育児に向き合い始めましたね。

 

── どこか受け入られないまま、物事だけ先に進んでいくような時間だったんでしょうね。

 

みなとさん:やはり受け入れるのに時間がかかりますね。どこか信じられないんですよ。療育に通う他のお母さんとも「頭ではわかっているんだけど、でも心のどこかでうちの子は普通なんじゃないかと思う瞬間がある」って、心のどこかであきらめがついてないんだって話が出たこともありましたね。私も「その気持ちすごくわかる」って。頭ではわかっていても腑に落ちるには年単位で時間がかかるんだと思います。

障害の受容にかかる時間が異なる夫婦。一時は離婚もよぎった

── 漫画の中では夫も「ムーちゃんがほかの子と違う」ということをなかなか受け入れられない様子が描かれてましたね。実際ご主人はいかがでしたか?

 

みなとさん:ありましたね。主人は子どものことがかわいいんですけど、やはり接してる時間が物理的に短いので、私以上に受け入れるのに時間がかかったと思います。なんでも普通の子と同じようにやろうとするんですね。「コミュニケーションを取ることが難しく、言っても怒ってもわからないから療育に行ってるんだ」ということが、なかなか主人には理解できなくて、「甘やかしたらダメだ」とか、「ちゃんとやらなきゃだめだ」とかになってしまう。でも、そうじゃなくてこの子は支援が必要なんだよと。

 

私と違い、頻繁に主人が療育に行く機会もないので先生たちに会ったり、よそのお子さんを見る機会も少ないわけですよ。そこでやはり「離婚」という言葉もよぎるような、分かり合えない時期がありました。ただ主人は少ないながらも子どもと公園行ったり買い物行ったり、できる限り手伝ってくれる人ではあったので、私より時間がかかったけど、受け入れて行ったんでしょうね。受け入れるまでには主人なりの努力や葛藤があったと思います。かなり時間だけはかかりました。

 

── 同じような自閉症の子を育てるご家庭で、夫婦間がうまくいかなくなってしまうというお話も多いと聞きます。それくらい逃げ場も無く、追いつめられる状況が漫画でも描かれていました。自分だけが疲弊して夫が理解してくれず、子どもを連れて夜の海へ行くというシーンには胸が痛みました。実生活でもこのように追い詰められるような場面はあったのでしょうか。

 

みなとさん:そのシーンは創作ですが、子どもと海に入っていけば楽になるのかなって頭で思うことは実際何度もありましたね。今振り返ると、私も当時は軽い鬱状態だったんだと思います。毎日気がついたら真っ暗な部屋で子どもと二人だけ。日常生活がままならなくなってきて、子どもを外に連れ出すこともなくなったり、公園に行く気力が出てこない。

 

これではだめだと、用事や気分転換をするべく子どもを預かってもらおうと子育て支援センターに行くわけです。でも、一時預かりは当日の朝に行って抽選で外れたら預かってもらえなかったり、そもそも娘を預かってもらうことの難しさが顕著に出てきて、一時預かりも利用できなくなったりで、ある意味孤独で体力的にも精神的にも限界でしたね。一人で抱え込まざるを得なくて確実におかしかったなと思います。

 

漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』第5話より
漫画『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』第5話より

── 打つ手がなく、でも目が離せない子どもの世話はしないといけない逃げ場のない子育てはとてもつらかったですよね。

 

みなとさん:でも、そんな私の様子を見た主人がこれはやばいなと思ったんでしょうね。弁当はつくらなくていいよとか、自分がやるよとか、これまでのルーティンを変えることを主人が許容していってくれたんですね。私もそれで、やるべきことがやれないというストレスが減り、それから自分の精神状態が徐々によくなっていって、自然とそういうことを考える頻度が減り解決していきました。もし主人が変わってくれてなかったら、完全にダメだったと思います。味方がいるというのは、障害児育児にはとても大切なことだなと思いましたね。

 

PROFILE みなと鈴さん

漫画家。自閉症の長女と定型発達の次女を育てる2児の母。1995年ソニー・マガジンズ『きみとぼく』よりデビュー。2006年コミックス『おねいちゃんといっしょ』(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術審査委員会推薦作品に。現在、自閉症の長女をモデルに描いた作品『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』(秋田書店)をエレガンスイブで執筆中。

 

取材・文/加藤文惠 画像提供/秋田書店、みなと鈴