「七草食べるころには3学期が始まる」「うちは1月下旬から」地域や学校によって、変わってくる冬休みの長さ。なぜ違うの?昨年まで10年間、公立の小学校校長を務めていた田畑栄一さんに伺いました。
北海道と東京では冬休みに10日ほどの差がある
── そもそも、夏休みや冬休みのような学校の長期休みはどのように決まるのでしょうか。
田畑さん:小学校の長期休暇は教育委員会が決めています。学校が決めていると考える人もいると思いますが、学校教育法施行令で「公立学校の休業日は小学校の設置者である教育委員会が決める」と定められているのです。「学校法人」である私立学校とは違い、公立学校は教育委員会が管理運営をしているためです。
── それでは、地域によって冬休みの長さが違う理由を教えてください。
田畑さん:気候の問題ですね。寒冷地や雪が降る地域では登校自体が困難なため、冬休みが長いんですよ。私も秋田県出身なのですが、当時は冬休みが1月20日ころまであって、長かったことを覚えています。正月明けをのんびりできて良かったですし、好きな絵を描く時間が確保されて充実していました。
令和5年度の年間予定表(公立小学校)を見てみると、北海道と東京では10日前後の差がありますね。たとえば、北海道(札幌市)は、令和5年12月26日(火)~1月19日(金)で、東京都(練馬区)は令和5年12月26日(火)~1月7日(日)です。
── 冬休みの日数に差がありますが、ほかの日程で登校日数を調整しているのでしょうか。
田畑さん:はい。冬休みが長い地域は、夏休みが短くなっています。同じように、北海道と東京を比べると、次のようになります。北海道(札幌市)は令和5年7月26日(水)~8月19日(土)で、東京都(練馬区) は令和5年7月21日(金)~8月31日(木)です。
「授業時間が増える傾向」を生み出す意外な理由
── 休業日の日数は全国的に同じになるように調整されているのでしょうか。
田畑さん:いいえ。「冬休みで取らなければならない日数」に規定はありません。休業日は授業時間や行事などを決めたあとの余剰時間で設定するので、地域実態や教育委員会の判断によって異なります。しかし現状は、近隣地域との足並みを揃える意味で、大きな差はなくなってきていると思います。
ただし近年、エアコンなどの空調設備を整えた学校は「休業日」を短縮している傾向があります。近年は全国的に「学力向上」が叫ばれ、各都道府県で、たとえば「全国学力・学習状況調査」でいい結果を残したいなどの理由から、授業時間数をこれまで以上に確保しようとする動きがあります。
── 授業時間数はどの学校も一律になるよう定められているのかと思っていました。
田畑さん:標準授業時間数は定められていますが、上限は決まっていません。たとえば、小学校4〜6年生は授業時間を1015時間、確保する必要があります。
1年で52週間あるなかで、行事を含めると子どもたちが学校に通うのは40週。これが標準ですが、多くの学校はこの標準を「最低ライン」と捉えて、これを上回るように計画を立て授業時間数を確保します。
学校によっては1070時間以上、標準授業時間数から約55時間も多く授業を行うケースがあります。
── それでは、学力に差が出てしまいますよね。
田畑さん:そうですね。なぜ55時間も多く授業をしている学校があるかと言うと、先に述べた理由がひとつ。ほかにも、自然災害やインフルエンザなどの感染症による臨時休校や学級閉鎖等に備えて、余剰時間をつくっているのが大きな理由として挙げられます。
1日程度の休校なら調整するのは難しくありませんが、休校の日数が長くなればその分の授業時間を新たに確保しなければなりません。そのため、保険として授業時間数を多めに確保しておく学校があるのです。それにしても、この数字は確保しすぎです。
これは教員の過重労働にもつながりますから、今年8月に行われた文科省の有識者会議で、「標準授業時間数を大きく上回る教育課程の編成は早急に見直すべき」といった意見も出ました。これを踏まえて、文部科学大臣に緊急提言が提出されたほどです。
── いま以上に授業時間を増やしては、子どもの負担はもちろん、先生の負担も増えてしまいます。
田畑さん:はい。教員にとって夏休みや冬休みは、子どもを直接指導する場所から離れて、リフレッシュできる時間であり、研修の時間です。その時間を奪われては、教員が仕事を続けていくのは心身ともに厳しくなるでしょう。
「教師になりたい」と思う人も減少するでしょうから、人材確保もますます難しくなります。子どもたちだって、のんびりしたり、好きなことに打ち込んだりする時間が少なくなることは、意欲を削ぐことになりかねません。
教育にとって必要な視点のひとつは「余裕づくり」です。心の余裕、時間の余裕などをいかに創出できるか、ここが重要な基軸になると思います。それが、想像力や創造力を育てるのだと思います。
子どもたちにとって良い学びの環境をつくるためには、何よりも一人ひとりが笑顔になれる発想から、「教育のあり方」や「教員の働き方」を見直すことが必要だと思います。
PROFILE 田畑 栄一さん
元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。
取材・文/白石果林 イメージ写真/PIXTA