タレントのいとうまい子さんは、学び直しで40代になって大学へ。大学院では学ぶ領域を変える決断もします。未知の不安に勝った、学ぶ希望の光。キャリアについて考えさせられました。(全5回中の4回)
「前代未聞?」学ぶ領域を変えて大学院へ目指す
── 早稲田大学人間科学部e-スクール4年生のときに制作した、ロコモティブシンドローム防止装置が企業の目にとまったのをきっかけに、大学院へ進学したいとうさん。その後は?
いとうさん:声をかけてくださった企業とは、後からコラボして「ロコピョン」という介護予防ロボットを開発しました。高齢者と一緒にスクワットをする卓上型ロボットです。
皆さんの反応がよくて「発売されないんですか?」「実家に送りたいんですけど」と、お電話をいただいたりしました。
──「ロコピョン」、すごくかわいいですね。商品化されていないのが残念です。その後もロボット研究を?
いとうさん:「ロコピョン」をもっと進化させて、違う形にできたらと考えました。博士課程に進んで研究を継続しようしたのですが、博士課程にはロボット研究できる研究室がなかったんです。どうしようとずいぶん悩みました。
そのころ、修士課程2年間で基礎老化学のアンチエイジングの授業を履修したこともあり、高齢者の健康寿命を延ばすためなら、細胞レベルのアンチエイジングをやってみるのもいいのではないかと思いついたんです。
基礎老化学を教えてくれた教授に相談をしたら、修士から博士課程に進学する際の領域(研究分野)変更の可否を、教授会にかけてみてもいいよと言われて…。
── ふつうは修士から博士課程に進む際、領域を変えることはありえないですよね。教授会の反応は?
いとうさん:審査の場である教授会に私も出席し、「修士課程でロボットをやってきた学生が新たに生命科学をやって、細胞を扱うなんて、知識がないからできるはずがない」と言われて、厳しく質問を受けて追及されました。
でも、2年間基礎老化学の授業を受けていたので、知識があってすべての質問に答えられたんです。「あれ、意外と知っているんだね?」「そこまで勉強しているなら担当教授もOKしていることだし」と、領域を変えて博士課程に進むことを認めてもらえました。
研究の目標は「死ぬ直前まで幸せ」の解明
── その後、現在に至るまで、基礎老化学でアンチエイジングの研究をされていますが、どんな内容を?
いとうさん:食品に含まれる成分を分析して、老化予防や肥満防止、アンチエイジングに役立つ化合物を探し続けています。細胞を培養して、試薬を添加して、分離した上清液という上澄み液の中の数値をはかって…。
世界中の研究者たちが、「この食品成分のこの化合物ならもしかしたらいけるんじゃないか」と日々研究しています。私も膨大な成分の中から宝探しのように化合物を探しています。
── そういった分野の研究にはかなりの時間が必要な印象がありますが、ご苦労などはありますか?
いとうさん:それが楽しくて、楽しくて!ストレスなんか感じません。時間を忘れて研究できるので、自分の家に研究室が欲しいくらいです。うっかりすると夜中の2時、3時まで続けちゃう(笑)。最近はルールが厳しくなり、あまり遅くまで研究室にいられないのがすごく残念です。
── 本当に楽しそうです!研究をとおして実現したいことは?
いとうさん:私は基礎研究なので、直接、皆さんに成果を届けられるかはまだわかりません。ただ、人が幸せに健康寿命をのばして、死ぬ直前まで自分らしく生きられる、そんなところを目指したいですね。死の直前まで、心と身体両方が幸せ。そこまでいけたら理想です。
「思いきり」が想像もつかない未来につながった
── 目指す理想は高いですね。最近「リスキリング」の必要性が強調されていますが、いとうさんは先がけともいえます。
いとうさん:私が大学に入ったころは、リスキリングなんて言葉は使われていませんでした。「ものすごい勢いで世の中の仕組みが変化しているので、取り残されないように学び直そう」って言われていますよね。そうか、私は世の中の動きより少し早めに「自分を進化させるために学び直したんだ」とあらためて思います。
── いとうさんの場合は、学び直したいテーマをご自分で見つけ、やってみたら大当たりという感じでしょうか?
いとうさん:結果的にはそうですね。でも、そんなに順調にテーマにたどりついたわけでもありません。予防医学をやりたくて入ったら、ゼミの先生が退職されてゼミがなくなり、途方に暮れました。
そこで、仲良くなった通学生に「すごく人気のあるロボット工学のゼミがありますよ」って勧められて、行ってみました。一瞬「どうしよう」って迷ったのですが、わからないなりに進んでみたのがよかったみたいで。
芸能界に入るとき、業界の荒波には流されないぞってすごく頑張っていたけれど、ミスもしたし、仕事がなくなる苦労も経験しました。だから、あまり頑固になったらいけない。新しい環境ではもっと素直に人の話を聞こうと思い、大学でもそのつもりでいました。
── かつての経験から、柔軟に対応する姿勢を大切にされているわけですね。
いとうさん:思いきって進んでみたら、いろんなことが起きます。「ちょっとイヤだな」「ためらうな」と思うことがあっても、足を踏み入れたら、自分が想像もしていなかった出会いがあるかもしれない。やってみたら意外と楽しいことって、けっこうありますよ。
もし本当にイヤだったらやめればいいだけ。自分の経験値の中だけで選ぶって、とても狭くて小さなことしか選べないものなんですよ。
── もし大学で学び直さなければ、いとうさんはどうなっていたでしょうか?
いとうさん:まったく違う方向にいっていたでしょうね。浮き沈みの波はあっても、芸能界でぬくぬくと生きていたかもしれません。私の場合は、学び直しをきっかけに自分が想像もしていなかった未来がやってきたと強く感じます。
PROFILE いとうまい子さん
1983年アイドルデビュー。女優として活躍しながら、2010年早稲田大学入学。修士課程では高齢者のための医療・福祉ロボットの研究に携わる。博士課程進学後は基礎老化学を研究。現在は早稲田大学大学院に研究生として抗老化学を研究中。自身で会社経営も行う。2021年より内閣府の教育未来創造会議構成員。2021年(株)タスキ、2022年(株)リソー教育の社外取締役に選任。
取材・文/岡本聡子 写真提供/いとうまい子、株式会社マイカンパニー